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遺伝性血管性浮腫(HAE)日本・アジア諸国の患者団体代表との座談会
共に実現したい未来・国を越えた患者団体コラボレーションの可能性について
デロイトのライフサイエンス&ヘルスケアユニットは、希少疾患である遺伝性血管性浮腫(HAE)の患者団体との座談会を行いました。座談会には、日本(HAEJ理事長)の松山真樹子さん、インドネシア代表のRudy Purwonoさん 、タイ代表のSuchitta Kengtanyagarnさんをお招きし、1) 各国での現状・課題、2) アジア諸国協同で推進したい活動、3) 治療環境改善のための継続的な努力の重要性、等について議論しました。
本座談会は英語にて実施され、こちらには日本語に翻訳した内容を掲載しています。
原文をご確認されたい方はページ右上の「English」をクリックください。
<はじめに>
デロイトはあらゆる疾患の患者さんが自らの健康をマネジメントできる世界、すなわち、患者さん自身が医療従事者とともに主体的に意思決定し、迅速に治療に辿りつくことのできる世界の実現を目指しています。この目的に向けて、デロイトのライフサイエンス&ヘルスケアユニットは、様々なステークホルダーと共に、患者中心の取り組みを推進しています。
その取り組みの一つが遺伝性血管性浮腫(HAE)の患者さんへの支援です。HAEは患者数が5万人に1人1),2)といわれる希少性ゆえに一般的にあまり認知されておらず、また診断が難しい疾患であるため、多くの患者さんが適切な治療を受けられずに長い間苦しんでいます。そうした背景から、2021年にデロイトは医薬品業界のステークホルダーと共同で、HAEの診断率向上を目的としたコンソーシアム「DISCOVERY」を設立しました。このコンソーシアムを通じて、医療従事者、学会、患者団体、民間企業などが連携し、適切な早期診断および診断率向上のためのエコシステムを構築しました。
今回、ライフサイエンス&ヘルスケアユニットの患者団体コラボレーションチームは、毎年5月16日のHAEの日(HAE DAY)を前にアジア各国のHAE患者さんや介護に携わる方、患者会の方との座談会を開催し、各国の患者さんを取り巻く状況や課題、国を超えたコラボレーションの可能性について討議しました。
<座談会>
大澤 朋子
本日は日本、インドネシア、タイからHAEの患者会の方々にお集まりいただきました。ありがとうございます。まずは自己紹介からお願いいたします。
松山 真樹子
松山真樹子と申します。2023年7月に日本の遺伝性血管性浮腫患者会(NPO法人HAEJ)の理事長に就任しました。その前はHAEJの理事を10年ほど務めていました。
HAEJはHAEインターナショナルの国別組織として2014年に設立され、現在、患者さん、ご家族、医師を含めて100人以上のメンバーが登録しています。メンバー同士の交流や最新の医療情報の取得といった機会を設ける一方で、HAEに関する研究の推進や日本における治療薬の承認と導入を後押ししています。
Rudy Purwono
インドネシアのRudy Purwonoです。私自身HAEの患者で、2015年に診断されました。私の場合は、頻繁に腹部に発作が起き、時には手や足にも浮腫が出ることがあります。現在はHAEインターナショナルのインドネシア支部担当者ですが、インドネシアでのアドボカシー活動はまだごく初期段階です。
Suchitta Kengtanyagarn
タイでHAEの患者会の代表を務めているSuchitta Kengtanyagarnです。私は患者ではなく介護者です。私の母親がタイで初めてHAEと診断されで、弟も5年前にHAEと診断されました。タイでHAEのことが本当の意味で認知されるようになってきたのはこの5~6年のことで、HAEの可能性がある患者さんについて、HAEの診断に繋がる「C1インヒビター」を検査するラボがタイにできたのは2年前のことです。
大澤 朋子
デロイトのライフサイエンス&ヘルスケア部門の患者団体コラボレーションチームからは、私、シニアコンサルタントの大澤朋子、同じくシニアコンサルタントの津崎美央、コンサルタントの今井康明が出席しています。
まずは、RudyさんとSuchittaさん、インドネシアとタイのそれぞれの国でHAEの患者さんが置かれた現状や課題について、お話しいただけますか?
Rudy Purwono
インドネシアのHAE患者にとって最も大きな問題は、適切な診断を下せる医師や治療薬へのアクセスがないことです。医師に話を聞いてもらうことも難しく、長期的な予防薬や発作時の治療薬を手に入れるのはほとんど不可能です。私は香港にいる医師に診察を受けており、薬剤はシンガポールや香港から購入しています。さらに、治療薬は非常に高額であり、インドネシアの公的な医療保険制度ではカバーされていません。
Suchitta Kengtanyagarn
タイのHAE患者が直面している課題は2つあります。1つはインドネシアと同様に医療アクセスの問題、もう1つは医療制度改善に役立つ患者データがないという問題です。
医療アクセスという点では、タイには治療薬そのものは存在しています。ただし、政府機関に勤務している人向けの医療保険制度に加入していなければ、手の届く価格ではありません。タイに3種類ある医療保険制度の中で、患者さんの約9割は一般向けの健康保険制度に加入しており、現時点でその保険では治療薬はカバーされていません。また、治療薬はタイの人の平均的な月収3か月分近くの値段であり、手の届く価格でありません。どの健康保険制度に加入していてもHAEの薬が手に入るようになれば、と思っています。
2つ目の課題は、HAEの患者さんに関するデータの入手です。患者数、診断率、治療状況などについて、医療機関は情報を非公開としており、病院間や医療機関同士の連携も進んでいません。一方で、HAE治療薬をあらゆる医療保険制度の対象にする検討を進めるために、保険規制当局はこうしたデータを必要としています。私たち患者会は、複数の組織とともにアドボカシー活動を続け、すべての医療保険制度でHAE治療薬がカバーされるように働きかけていく必要があります。命を救う薬を誰もが手に入れられるようにすべきだと思います。
大澤 朋子
患者会としてどのような想いをもとに活動され、どのような活動に注力していますか?
Suchitta Kengtanyagarn
タイのHAE患者会は5年前に立ち上げられ、特にこの2年ほどで積極的に活動を展開するようになっています。現時点ではボランティアの自助団体として、HAEの患者さんに対する精神的なサポートや医療分野以外のコンサルティングを提供しています。HAEと診断されても、この疾患について全く知識のない患者さんもいます。症状があっても診断してもらえる医師がどこにいるのか分からない患者さんもいます。そういった患者さんに病院や医師を紹介したり、精神的なサポートをしたり、自分でできるケアの仕方についてアドバイスしています。
また、患者さん向けのイベントも企画しており、毎年5月16日の「HAE DAY」にあわせたイベントも開催しています。今年のイベントでは患者さんと対面形式で顔を合わせる予定で、患者さんをはじめ、医療従事者や規制当局の人にも参加してもらい、セミナーなどを通して知識を共有していくつもりです。
さらに、タイのさまざまな患者アドボカシーのイベントにも積極的に参加しています。特にタイ希少疾患財団とコラボレーションしていますので、同財団が開催するイベントを通して医療関係者や規制当局の間でHAEの認知度を高めていけるよう努めています。生きるために治療薬を必要としている患者さんがいる、ということを知ってもらうために何でもするつもりです。
松山 真樹子
現在、タイのHAE患者会に所属している人はどれぐらいいますか?
Suchitta Kengtanyagarn
介護者や家族を含めて20~30人程度です。そのうち、患者さんは15人程度でしょうか。
患者会の存在そのものを知らない方もいれば、患者会の必要性を感じていない人もいることが問題です。さらに、個人や家族の生活に大きな影響がある遺伝性疾患ですから、HAEの患者であることを人に知られたくないと考えて登録したがらない人も相当数いると思います。
松山 真樹子
HAE患者である、遺伝性疾患がある、ということを人に知られたくない、という思いがあることについては非常によく分かります。日本においても、特に地方においては遺伝性疾患を「家族の恥」として隠したいと思われる傾向はありますから、アジア各国でも状況は似ているのかもしれないですね。
津崎 美央
遺伝性疾患と聞くと、ネガティブなイメージや誤った先入観を持たれる人も少なからずいるため、特に希少疾患をもつ患者団体の方々は、「何に困っているのか」「どんなニーズがあるのか」、積極的に声を挙げることが難しくなっている側面があると思います。我々デロイトのライフサイエンスチームは、患者さんがただ単に医師の提案する治療方針に対して首を縦に振るだけでなく、自分自身の健康を主体的に管理し、自身の望む治療方針・ライフスタイルを積極的に選択、そして実現することのできる世界になるべきだと考えています。
そのため、私たちは患者団体に対して、自身のニーズや疾患に関する情報を広く発信し、世界中の他の患者団体や様々なヘルスケア業界のステークホルダーと協働していくよう後押ししています。そういった活動が、「患者中心の医療」を実現するための一助になると考えています。
大澤 朋子
Rudyさん、インドネシアのHAE患者会の状況はどうですか?
Rudy Purwono
残念ながら、インドネシアでは患者同士の交流はほとんどありません。患者会に所属しているのは私の家族だけです。私としてはもっと仲間を増やして、交流していきたいと考えているのですが…。タイで開催されるHAE DAYのイベントに参加して他の患者さんと話をしたいぐらいの想いです。
さきほど申し上げたようにインドネシアにはHAEを診てくれる医師はいませんし、薬剤へのアクセスも簡単ではありません。しかも、医師はなかなか近づきがたい存在で、医師に対して認知向上の啓発活動をするのは容易ではありません。特にシニアな医師はなかなか話を聞いてくれないのです。実際、私は腸に症状があったのですが、医師はHAEではなくガンだと診断して腸を摘出してしまいました。ですから、医療従事者の間でHAEに対する理解を高めるためには違うアプローチが必要です。現在、我々は医学部の学生への働きかけから始めていこうとしています。医学生にHAEについて知ってもらうことで、将来の状況が改善することを期待しています。
Suchitta Kengtanyagarn
タイでも5年程前まではRudyさん話してくれたインドネシアの状況とまったく同じで、私の家族の数名が気道の腫れや不適切な手術によって亡くなりました。彼らがHAEだとはわからなかったためです。しかし、理解のある医師や私たち患者会のアドボカシー活動もあり、状況は少しずつ改善しています。
特に2023年3月に開催されたHAEインターナショナルのAPACのカンファレンスが大きなきっかけとなり、医療従事者とHAEの患者さんに大きな変化が生まれたと感じています。このカンファレンスは、HAEインターナショナルが企画したものです。HAEインターナショナルは患者会を強力に支援してくれており、タイの医療当局者と協働している医師に積極的に働きかけてくれました。そうした支援のおかげで、タイのアレルギー・喘息・免疫学会からの協力を得られるようになってきました。
また、学会が率先して大学の医学部や病院と協力して取り組んでくれたおかげで、学術的なサポートやHAEの研究が前進しました。この協働があったからこそ、決定権を持っている政府機関の中でHAE治療薬をすべての健康保険制度の対象とするための承認プロセスが始まったのです。今ではHAE患者会とアレルギー科の医師がパートナーとして協力し、HAEの患者コミュニティがより良い生活を送れるように取り組んでいます。
Rudyさんは今、インドネシアで孤軍奮闘されていますが、HAEインターナショナルやアジア各国の患者会といったパートナーと連携していけば、前向きな変化が生まれると信じています。
松山 真樹子
Suchittaさんのおっしゃる通り、HAEインターナショナルのカンファレンスをアジアで開催したのはひとつの大きな節目だったと私も思っています。これまでこういったカンファレンスは米国や欧州で開催されることが多く、アジアのステークホルダーはあまり積極的に発言することができませんでしたから。
日本にもまだまだ課題はありますが、アジア各国と比較すると状況はまだ良いほうかもしれません。発作が起きた時にそれを止めるオンデマンド治療薬も、長期予防薬も入手でき、患者さんには治療の選択肢があると言えます。しかし、お話を伺っているとタイやインドネシアにはあまり選択肢はないようですね。インドネシアでは基本的な医薬品へのアクセスさえも難しいことがよく分かりましたし、何かすべきだと感じます。特に、アジア各国とのコラボレーションが必要です。
先ほどRudyさんは「タイで開催されるHAE DAYのイベントに参加したいぐらい」とおっしゃっていましたが、実際に参加されてはいかがでしょうか。アジアの患者会の中でもこれからもっと頻繁にお会いする機会を設け、お互いを理解してコラボレーションの輪を広げていきたいと思います。
また、HAEインターナショナルの次回のAPACカンファレンスをインドネシアで開催するというのもひとつのアイディアかもしれません。先ほどRudyさんはインドネシアではシニアの医師がなかなか聞く耳を持たない、とおっしゃっていましたが、国際的な学会であれば関心を持たざるを得ないのではないでしょうか。聞いてもらえるようなアクションを仕掛けてみたいですね。
津崎 美央
医療アクセスの改善には、医療関係者を巻き込むことが不可欠だと思います。Suchittaさんが先ほど話されたように、医療者に良い影響を与えることのできるオピニオンリーダーが1人でもいると状況は変わります。HAEJは、患者団体の中でも専門医の方々と良好な関係を築かれているため、医療アクセスの改善や医療従事者の認知向上に向けて、学会発表や講演を積極的かつ効果的に実施されています。そういったHAEJの知識や経験は、アジア諸国のHAE団体や他の患者団体にとっても良い道標になると思います。
Rudy Purwono
成人の患者に加えて、子供たちの世代のことも私は非常に心配しています。遺伝性疾患ですから、一生のあらゆる出来事に関わってきます。この疾患を持って生まれた子供たち、特にその中でも治療薬にアクセスできない子供たちは非常に弱い立場に置かれています。遺伝子治療などの根本的な治療がない中で、子供たちの将来のパートナーはこの疾患を受け入れてくれるでしょうか。若いうちからサポートするプログラムも必要です。一人で苦しむ必要はない、HAEを抱えていても充実した人生を送ることができる、ということを知ってもらう必要があります。
松山 真樹子
その通りですね。HAEJは今年か来年を目標に、若者を対象にしたヤングスターキャンプを開催する予定です。患者向けのイベントはどうしても大人たちに目が向いていて、限られた時間の中で子供たち同士が仲良くなってお互いの状況を話し合える機会はなかなか持てません。ですから、キャンプイベントを通してスキルや知識を身に着けてもらうと同時に、「自分は1人ではない」という思いを持ってもらい、友達を作ってもらいたいと考えています。子供の患者さんに自信を持って、自分自身の健康を主体的に管理していけるようになってほしいのです。
Suchitta Kengtanyagarn
私自身は母親がHAE患者であったため、HAEの発作で死ぬほどの痛みを経験しているのを頻繁に目にしてきました。ですから、Rudyさんのその気持ちはよく分かります。タイにはHAEの一次治療はありますが、手の届く価格ではなく、保険や医療保険制度の対象でもありませんし。よって、間接的な治療薬を使わざるを得ない状況なのですが、これには副作用があり、特に子供には大きな影響が出るおそれもあります。
大澤 朋子
デロイトは日本におけるHAEの診断率向上を目的とした「DISCOVERY」と呼ばれるコンソーシアムを支援するなど、HAEの患者さんに積極的に関わってきています。この取り組みの概要をご紹介いただけますか。
今井 康明
医療従事者に対してHAEに対する啓発を推進し、医師間のコンサルテーションを進めてきました。また、HAEの可能性のある方々やその家族向けのウェブサイトを立ち上げ、HAE治療の選択肢、症状、そして診断や治療のできる病院を調べられるようにしています。さらに、アルゴリズムを構築して潜在的なHAEの患者さんを特定するAIによる診断のムーンショット型プログラムもあり、このアルゴリズムの適用に向けて複数の病院と交渉しているところです。我々は、今でもHAEの発作に苦しんでいる患者さんを助けるために、全力を尽くしています。
今までお話にあがっていたアジア地域のコラボレーションについても、デロイトから支援できる可能性があります。
津崎 美央
デロイトとして、アジアのHAE患者会を支援し、例えばインドネシアでHAEの国際的なカンファレンスやセミナーを開催することも可能だと考えます。HAEの患者さんとその家族、医療従事者、患者団体の活動に関心のある方々と共に、HAEに関する情報提供や患者団体の活動等に関する事例紹介及び意見交換を行うことで、インドネシアでのHAE認知向上のきっかけになると思います。
松山 真樹子
HAEという遺伝性疾患をネガティブに捉えるのではなく、もっと前向きに捉えていく取り組みも必要だと思います。治療の選択肢がある、発作を抑制する長期予防のための医薬品がある、ということをアジア各国の医療従事者や患者さん、ご家族の方に知っていただきたいと思います。
アジア各国の患者会と比較するとHAEJは比較的大規模ですから、私たちの活動やキャンペーンを皆さんに共有していくこともできます。専門的な医師をご紹介することもできるでしょう。
Suchitta Kengtanyagarn
コラボレーションを成功させるには、優先的に解決すべき課題があります。患者さんやご家族、医師に患者会というアドボカシー団体にどうやったら参加してもらえるでしょうか。どうすれば患者さんに信頼してもらい、HAEの認知度を高め、患者さんのウェルビーイングを向上していけるでしょうか。患者会に参加する人が増えることで、アジア地域の中でのコラボレーションも成り立つようになると考えています。
今井 康明
日本やアジアでは、HAEやその患者会に対するイメージはポジティブではないのかもしれませんが、欧米では疾患も個性としてみなされています。患者会のイメージを変えてメンバーを増やし、一般においてもHAEの認知度を高めていくことで、治療環境の改善を目指していく必要があります。デロイトとしても、アジア各国の様々なヘルスケアステークホルダーとの交流やコラボレーションを通して、これからも変化を起こしていくサポートを続けていきたいと考えています。
出所
1) Zuraw BL. N Engl J M ed 359 :1027-1036, 2008.
2) Lang DM, et al . Ann Allergy Asthma Immunol 109 (6) :39 5-402, 2012.
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