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産業メタバースの探求
Deloitteと製造業リーダーシップ評議会(Manufacturing Leadership Council)による2023年産業メタバース調査では、製造業の企業にはスマートファクトリーの勢いに乗って産業メタバースに乗り出す機会があることを明らかにした。
目次
- 産業メタバースの導入に向けて動き出しているように見える製造業の企業各社
- ユースケースの定義
- ユースケースの実例
- 産業メタバース:潜在的なメリットと価値の実現
- メタバースの導入を主導しているとみられる先導者
- 課題の克服とリスク管理
- 産業メタバースのためのサイバーセキュリティアプローチ
- データと知的財産の保護
- 近い将来、製造業に変革をもたらす可能性のあるパラダイムシフト
- 産業メタバースの力を解き放つ
- 最終的な考察
日本語版発行に寄せて
メタバースはインターネット上に構築された3次元の仮想空間およびその場所での活動を指すが、特にビジネスへの活用については、これまで「コンシューマメタバース」(消費者主体のメタバースは、現実の街などを再現した世界とゲーム等の架空の世界に二分される)、「産業メタバース」(企業主体のメタバースでは、リアルとメタバースを連動させ、シミュレーションを通じた生産活動などを行っている)への活用があった。
近年、特に「産業メタバース」においてデジタルトランスフォーメーションを通じたスマートファクトリーのソリューションにより、POCの段階からより具体の成果を企業レベルで追及する動きが活発になってきている。ユースケースも生産、人材、サプライチェーン、顧客と幅広い領域にわたっている。
企業は自社のプロセスや製品、資産、オペレーターから重要なデータを収集し、高度な分析を行って貴重な洞察を生み出し、人間の知能を機械の知能で補強して大幅かつ持続可能な改善を行うことが一般に可能になった。こうした進歩が、資産効率の向上や製品品質の向上、コスト削減、安全性と持続可能性の向上につながり、特に産業メタバースでの活用が進んできている。
経営における産業メタバースの活用領域として「高付加価値な製品・サービス」「生産性向上」「強固な経営基盤」があるが、特に「高付加価値な製品・サービス」が重要となる。
- 高付加価値な製品・サービス
- 生産性向上
- 強固な経営基盤
また、産業メタバースの活用における重要課題として「サイバーセキュリティ」「学習データのアップデート」「テクノロジー人材の育成」がある。特にサイバーセキュリティは、産業メタバース導入における最大のリスクであり、実施するメタバースの取り組みごとに最初からサイバーセキュリティに投資し、メタバースそのものと同レベルの戦略的取り組みを行うべきである。(サイバーセキュリティアプローチを後付けで導入することは避ける。)
製造業の経営幹部は産業メタバースが業界に大きな可能性をもたらすと確信しているだけでなく、一部の経営幹部は既に、次に何が起こるかを理解し、それを現実へと変えようとしているようだ。多くの場合、彼らはメタバースのユースケースを推進し、組織全体で大きな価値を得ている。製造業の企業が実施したユースケースは、産業メタバースが今ここに存在し、生産プロセス・設備のモデリングやシミュレーション、バーチャルプロトタイピング、トレーニング、設計、さらには世界中のチーム、サプライヤー、顧客とのコラボレーションにおいて、新たな能力と効率性を発揮できることを示している。
今後は、最先端のテクノロジーを複合的に活用(デジタルツイン、AI、xR)して複数のユースケースをカバーし、グローバルでのより付加価値の高い活用が増え、業界の発展が促進されることを期待している。
津端 清
執行役員
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
エグゼクティブサマリー
Deloitteと製造業リーダーシップ評議会(Manufacturing Leadership Council:以下「MLC」)は2023年5月、製造業における産業メタバースとその活用について理解を深めるための調査に着手した。その結果、5つの主要な調査結果が明らかになった(図1)。
本稿では、人材、サプライチェーン、顧客、および生産の各エコシステムにおいて価値を創造するために、一般的な製造業の企業がどのように自社の産業メタバースの取り組みを活用しているのか、その詳細を掘り下げるとともに、各社の投資計画を探り、様々な戦略を提示し、次に何が起こり得るかを論じる。
産業メタバースとは何か、なぜ今がその時なのか
人によってはサイエンスフィクション(Science Fiction:以下「SF」)のように聞こえるかもしれない産業メタバースだが、これについて変革の可能性を秘めながらもデジタル進化の賢明な次のステップと捉える見解が今回の調査結果では示されている。
産業メタバースは個々のテクノロジーの融合であり、それらを組み合わせて使用することで、没入型3Dの仮想産業環境や仮想/物理産業環境を作り出すことができる。テクノロジーの進化に伴い、産業メタバースによって仮想現実(Virtual Reality:以下「VR」)や拡張現実(Augmented Reality:以下「AR」)のデバイスだけでなく、スマートフォン、タブレット、ラップトップ、その他の機器など、インターネットに接続されたあらゆるデバイスから世界中のどこからでもこうした没入型3D環境にアクセスできるようになるだろう。
製造業は、産業メタバースを導入するのに有利な立場にあると思われる。調査対象となった企業の大半は、デジタルトランスフォーメーションに継続的に注力し、スマートファクトリーに向けた取り組みを進めていることから、多額の投資を行って産業メタバースを支える基盤技術を既に活用している。製造業の企業各社は一般的に、データアナリティクス、クラウドコンピューティング、人工知能(Artificial Intelligence :以下「AI」)、5G、モノのインターネット(Internet of Things:以下「IoT」)といったテクノロジーを複数のプロジェクトやプロセスに導入しているか、あるいは現在単発のプロジェクトにおいて実験中である(図2)。産業メタバースの没入型3D環境の構成要素として機能するデジタルツインや3Dモデリング、3Dスキャニングについても同じことがいえる。
DeloitteとMLCによる2023年産業メタバース調査について
DeloitteとMLCの委託により、独立系調査会社が2023年5月、米国製造業のシニアエグゼクティブ350人以上を対象にオンライン調査を実施した。調査結果は、2023年6月に同業界のテクノロジーリーダーを対象に実施した一連のエグゼクティブインタビューによって補足されている。
匿名の調査データを分析した結果、我々が「先導者」と呼ぶ企業の集団が明らかになった。先導者の回答は、メタバース実現技術の導入レベルが競合他社と比較して平均を超えるか、大きく上回っていることを一貫して示している。この集団は、サンプルの約30%を占めている。
MLCについて
2008年に設立され、現在は全米製造業者協会(National Association of Manufacturers:以下「NAM」)の一部門であるMLCの使命は、変革の技術的、組織的、およびリーダーシップ的側面に焦点を当てることで製造業のデジタルモデルへの移行を支援することである。MLCは、世界有数の製造企業から2,500人以上の経営幹部を会員として擁し、先進デジタル技術とビジネスの接点に焦点を当てるとともに、製造業が「マニュファクチャリング4.0」への取り組みを追求する中で、そのオペレーション、組織、リーダーシップにおける成長と改善の機会を明らかにしている。
現在、エッジコンピューティング、ウェアラブル、拡張現実(Extended reality:以下「ER」)、複合現実(Mixed Reality:以下「MR」)、ブロックチェーンなどのテクノロジーの導入率は比較的低いが、産業メタバースの活用が工場の内外で拡大するにつれて、これらのテクノロジーの統合が重要になる可能性が高い。
調査の結果、ほとんどの製造業の企業が強力な技術基盤を備えていると思われるだけでなく、調査対象の回答者の多くが、現在既にこれらのテクノロジーを組み合わせて活用し、産業メタバースのユースケースを導入して価値を創造していることが明らかになった。
スマートファクトリーの勢いに乗る
デジタルトランスフォーメーションを通じたスマートファクトリーのソリューションにより、企業は自社のプロセスや製品、資産、オペレーターから重要なデータを収集し、高度な分析を行って貴重な洞察を生み出し、人間の知能を機械の知能で補強して大幅かつ持続可能な改善を行うことが一般に可能になった。こうした進歩が、資産効率の向上や製品品質の向上、コスト削減、安全性と持続可能性の向上につながった1。
製造業がスマートファクトリー技術から価値を引き出す方法に焦点を当てたDeloitteの以前の調査では2、生産(品質センシング、工場資産インテリジェンス、製品開発など)、サプライチェーン(サプライネットワークマッピング、デジタル倉庫、コントロールタワーなど)、顧客(アフターマーケットサービス、バーチャル製品体験など)、人材(採用、トレーニングなど)の4つの主要なエコシステムを紹介した3。生産エコシステムについては、製造業者が実用化しているスマートファクトリー技術のユースケースの中で最も普及しているものして、「グレート8」というふさわしい名称が付けられた8つのユースケースを紹介した。
インダストリアルメタバースが提供できる範囲は広範で、ブロードバンドインターネット接続があればどこからでもデータリッチな没入型3D環境に接続できるため、その潜在的価値は、生産エコシステムやグレート8のユースケースをはるかに超えている。今回の調査では、製造業が全般的にスマートファクトリーの勢いに乗り、4つのエコシステムすべてにわたってインダストリアルメタバースのユースケースを導入していることが示された。
産業メタバースの導入に向けて動き出しているように見える製造業の企業各社
調査対象のほぼ全ての経営幹部(92%)が、自社で少なくとも一つのメタバース関連のユースケースを実験中または導入していると回答しており、平均して現在6つ以上のユースケースを実行している。スマートファクトリーへの取り組みをベースに、既に導入している基盤技術を活用できる生産エコシステムがユースケースの導入として最も一般的で、回答者の3分の1以上が既にメタバース技術を統合しており、次いで顧客エコシステム、サプライチェーンエコシステム、人材エコシステムの順となっている(図3)。
次に、回答者にメタバース技術を使って導入している主なユースケースを挙げてもらった(図5「ユースケースの定義」を参照のこと)。生産エコシステムに重点を置いていることから、全体的にプロセスシミュレーションとリアルタイムモニタリング/デジタルツインの2つが最も一般的なユースケースであったが、その他の生産に特化したユースケースも多く見られた(図4)。没入型トレーニングが3位、次いでサプライチェーンマネジメント、没入型顧客体験の順となっており、人材、サプライチェーン、顧客の各エコシステムにユースケースがバランスよく分布していることがわかる。
ユースケースの定義
調査対象の経営幹部に、各ユースケースの導入によって得られる主なメリットを挙げてもらった(図6)。全てのユースケースにおいて、コスト削減が主なメリットとして挙げられた。バーチャル採用/入社時研修、バーチャル工場見学、および没入型トレーニングでは、従業員の獲得率・維持率の向上を挙げる回答が最も多かった。プロセスシミュレーション、ファクトリーシミュレーション、およびサプライチェーンマネジメントでは、生産効率の向上やサプライチェーンパフォーマンスの向上といった業務上のメリットが最も多く、バーチャルアフターマーケットサービスのような顧客向けのユースケースでは、収益の拡大が最も一般的なメリットとして挙げられた。
ユースケースの実例
本稿では、製造業の企業が既に様々な産業メタバースのユースケースを導入していることを紹介しているが、分析では、これらのユースケースの実例を掘り下げて調査した。(図7)では、今回の調査で取り上げたいくつかのユースケースについて企業が実施している産業メタバースの取り組みの例を、実現したメリットとともに説明している。
調査結果に基づき、将来を見据えた6つの産業メタバースのユースケース事例も特定された。これらの事例の説明には、仮想の重機メーカーであるJakruv Heavy Equipment Inc.(Jakruv社)が、直面する一般的な問題を解決するために産業メタバースのユースケースをどのように採用しているかという状況設定が用いられている。
各社が挙げたユースケースや事例から、製造業が産業メタバースの取り組みを実施することで価値を引き出していることがうかがえる。次のセクションでは、産業メタバースのリーダー企業がどのように価値を生み出しているかを探る。
メタバースの導入を主導しているとみられる先導者
調査対象企業のうち30%が「先導者」(メタバースの導入を主導しているとみられる企業)として特定されている。先導者は他の企業と何が違うのか。メタバースの取り組みにどのように投資しているのか。また、導入を成功させるためにどのような戦略やアプローチをとっているのだろうか。
先導者はイノベーションマインドを持ち、デジタル成熟度が高く、投資に熱心な傾向がある
テクノロジーに関するビジネスイノベーションについて言えば、先導者は通常、「最初にイノベーションを起こす」リーダーであることを自認しており、競合他社に比べてデジタル成熟度が高い傾向にある4。また、産業メタバースにまつわる変革が一度に起こるわけではないことを理解していると考えられ、高い投資収益率(Return On Investment:以下「ROI」)が最も期待できるメタバースのユースケースを特定して導入し、拡大することに注力する傾向がある。平均して、先導者は合計8件以上のユースケースに投資している割合がその他の企業に比べて著しく高く、メタバースの取り組みに大規模な投資を行っている(図8)。
先導者は一般的に組織全体の多様なステークホルダーのコミュニティを活用している
先導者は、メタバースの取り組みを成功させるには機能領域を超えたステークホルダーとの社内コラボレーションが重要であることを理解していると考えられる。導入の成功には、生産/オペレーション、情報技術、リーダーシップ、エンジニアリングなど、複数の分野からの広範な知識が必要となる。また、リーディングプラクティスを統合して標準化し、包括的なガバナンスルールや手順を作成する上で、社内コラボレーションも重要になる傾向がある5。先導者では一般的に、組織全体の多様なスキルと視点を持つ複数のリーダーをこうした取り組みに従事させている。
あるリーダーが説明しているように、デジタルへの取り組みは包括的なものであり、組織内のほとんど全ての部門の関与が必要となる6。また、別の経営幹部によれば、メタバースの取り組みの推進には社内の機能領域と技術領域の両方が関わっており、そのようなコラボレーションを実現するために、デジタル革命を通じて製造業をリードするセンターオブエクセレンスを自社で構築したという7。
先導者は社外との連携やパートナーシップを構築する傾向がある
通常、産業メタバースの取り組みを実行するために必要な知識、経験、および適応学習には複数の社外パートナーを関与させる必要がある、というのが先導者の一般的な認識である。今回の調査では、先導者は他の企業よりもエコシステムアプローチをメタバースの取り組みに活用している傾向があり、戦術的に主要パートナーを特定していることが浮き彫りになっている(図9)。
インタビューに応じた何人かの経営幹部は、自社がソフトウェアプロバイダーやシステムインテグレーター、さらには顧客との外部連携を積極的に模索していると述べた8。エコシステムアプローチを活用することで、組織はデジタル環境におけるニーズや機会の変化に対応し、発生しうるリスクや課題を軽減するためのベストプラクティスを学ぶこともできる。
先導者は適切なリーダーシップを確立している
先導者は、産業メタバースの取り組みに組織全体のリーダーを関与させているようだ。多様なリーダーが議論に参加することで、早期の賛同とバランスのとれた意思決定を促進することができる。さらに、テクノロジーリーダーがメタバースの取り組みの旗振り役となってリードすることで、オーナーシップを確立できるだけでなく、新たな活用法を調査し、プロジェクトを成功へと導き、導入ペースを加速させるために必要な知識と集中力を提供することができるだろう。
ある経営幹部は、最高情報責任者(Chief Information Officer: 以下「CIO」)の下に、製造業に関連するデジタルトランスフォーメーションのあらゆる技術的側面をリードするリーダーを任命したと説明している。このリーダーは、他の部門と連携してビジネスが必要とする方向性を決定するが、ソリューションの実施に向けてテクノロジーを特定し、技術的基盤とパートナーシップを整えることについて最終的な責任を負う9。
先導者は組織変革を通じて産業メタバースを受け入れる傾向がある
先導者は、他の企業と比較して、産業メタバースの導入を促進するために組織変革を受け入れる割合が高いと回答している(図10)。先導者の回答者の半数以上が、メタバースの取り組みの実施に向けたロードマップを策定しており、必要なデジタルスキルや知識を持つ人材を積極的に採用していると回答した。つまり、先導者は、破壊的な変革に向けて組織体制を整える方向に軸足を移すことの重要性を理解しているようだ。これが、先導者が急速な導入曲線を描き、価値実現を早期に達成している主な理由かもしれない。
課題の克服とリスク管理
多くの製造業の企業が産業メタバースの取り組みの成功を祝う一方で、依然として産業メタバースの完全な導入に向けて克服すべき課題やリスクがあると感じている可能性がある。
コスト、人材、相互運用性が重要な課題とされる
一般的な設備投資の場合と同様に、産業メタバースの導入においてもコストとROIが主な考慮事項となっている。調査回答者の51%が、メタバース実現技術の導入を妨げる主な要因として「導入コスト」を選択している(図11)。ある経営幹部は、コストに見合う価値があることを証明しなくてはならず、改善を測定するためにベースラインコストに徹底的に注意を払わなければならないと指摘している10。
2番目に多く挙げられた課題は、「適切なスキルと知識を持つ従業員の不足」である。この点については、デジタルへの投資で一般に見られることで、産業メタバースも他と何ら変わりはない。ある経営幹部は、「テクノロジーを導入したとしても、それを効果的に使用するための適切なスキルを持った人材を企業はどこで見つけるのだろうか」という懸念を示している11。
3番目に重要な課題として、「既存のテクノロジーやシステムとの統合」が挙がっている。産業メタバースの没入型・協調型の仮想環境や仮想/物理環境を構築するには、人、プロセス、データ、およびシステムが連携し、製造環境全体で効果的なコネクションを確立する必要がある。複雑なワークフローにまたがるデータの準備と変換は、統合の重要な課題であることが多い。ある経営幹部は、自社が複数の工場にまたがる既存システムの統合に既に課題を抱えていると述べている12。産業メタバースの取り組みでは、類似したテクノロジーとの融合および異質なテクノロジーとの融合という双方に対するニーズとその複雑性が今後ますます高まることが予想される。
先導者は、テクノロジーの高度化とデジタルの成熟が、製造業において産業メタバースの取り組みを実施する能力と自信を向上させる基盤となりうることを実証している。調査対象となった企業は、産業メタバースへの移行に伴い、多数のユーザーをサポートする仮想環境を構築するために、ハードウェア、ソフトウェア、およびデジタルインフラへの投資を継続する必要があることを概ね理解している。
サイバーセキュリティとデータ保護は管理すべき重要なリスクである
サイバー脅威は蔓延しており、適切な緩和策を講じなければ企業に甚大な影響を及ぼしかねない。産業メタバースは、部品、製品、設備などに関する専有の3Dデータを様々な社内ユーザー、顧客、サプライヤーが利用できるようにすることで独自の力を発揮するため、その導入には新たな課題が伴う可能性が高い。メタバースは、ユーザーがAR/VRデバイス、タブレット、電話など、数多くのインタラクション技術を通じてインターネット経由でデータにアクセスできるようにすることでその能力を発揮する。
ある経営幹部は、メタバースでは大規模なデータ管理が必要になるため、データ保護、プライバシー、およびセキュリティが懸念事項であると述べている13。実際、回答者の70%以上は、サイバーセキュリティがメタバース実現技術の導入に伴う最大のリスクの一つであると考えている(図12)。回答者が懸念するリスクとして挙げた上位4つには、これ以外に、データや知的財産、ブランド、個人情報の保護があり、これらは全てサイバー攻撃で危険にさらされる可能性がある。
デジタル化により、製造業の企業は情報技術(Information Technology:以下「IT」)と運用技術(Operational Technology:以下「OT」)のコラボレーションを推進して効果的なサイバーセキュリティアプローチを構築することが求められている14。各社は、IT/OT/インタラクション技術(Interaction Technology:以下「ET」)の環境におけるリスクを特定し、対処する能力を高める必要がある。ある経営幹部は、OTセキュリティの能力や自社のITポリシーに沿った効率的な機器のレビュー方法の基準を確立することで、オペレーションチームとエンジニアリングチームがより迅速に新しい機器を試験的に導入できるよう取り組んでいると説明している。これにはETも含まれるが、その理由として、ETが一般的に低コスト(5,000米ドル未満)であり、IT部門にとって、例えば数百万ドルのソフトウェアパッケージほどレビューの優先順位が高くないことが特に挙げられる15。
産業メタバースによってサイバーセキュリティのリスクが高まる可能性がある一方で、製造業の企業は一般的に、特にリスク緩和戦略が適切に整備されている状況では、産業メタバースがもたらす価値がリスクを上回ると考えていることが今回の調査からうかがえる(サイドバー「産業メタバースのためのサイバーセキュリティアプローチ」を参照)。
産業メタバースのためのサイバーセキュリティアプローチ
- 実施するメタバースの取り組みごとにサイバーセキュリティに投資し、メタバースそのものと同レベルの戦略的取り組みを行う。サイバーセキュリティアプローチを後付けで導入することは避ける。
- IT–OT–ETのアプローチを用いてサイバーセキュリティとメタバースの導入を連動させるための基準とリーディングプラクティスを開発する。
- メタバース導入の取り組みにおいて社外のパートナーと連携し、先行導入プロジェクトからサイバーセキュリティのリーディングプラクティスを学ぶ。
- 製造業におけるランサムウェアに対する脆弱性の増加を踏まえ、IT–OT–ETの構成要素全体で脆弱性を検出し修正する。メタバース環境を細分化または階層化することで、単一障害点(Single Points Of Failure:以下「SPOF」)を回避するようにする。
- 社内外のネットワーク全体にわたって多要素認証を含むIDおよびアクセス管理(Identity and Access Management:以下「IAM」)のアプローチを検討する。
- サプライヤーや顧客などのパートナーと連携して、共有データに関する標準化されたセキュリティポリシーやリスク管理戦略を策定する。機微データや知的財産の漏洩を最小限に抑え、レジリエンスを強化するために、アクセスを階層化したスタック型アプローチを開発する。
- より広範なアクセスや情報共有をサポートしつつ、機微データに対する拠点・国固有のセキュリティ保護措置を組み込んだ、データの分類と管理の枠組みを開発する。
産業メタバースによって、社内外の多様なプレイヤー間で、より多くの専有情報、機密情報、および機微情報の共有が可能になると見込まれる。グローバルな事業展開、広範な顧客・サプライヤー基盤、およびマルチモーダルなコミュニケーション技術のために、サイバー攻撃だけでなく、データや知的財産の盗難・損失を招く新たな道が開かれる可能性がある。契約や知的財産契約、ライセンスは、社外とのコラボレーションにおけるデータ管理の点で重要な役割を果たすことができる。製造業の企業は、産業メタバースの取り組みにおいてデータを保護し、ROIを最大化するために、いくつかの基本戦略を検討してもよいだろう(「データと知的財産の保護」を参照のこと)。
データと知的財産の保護
- 特許、商標、著作権、企業機密などを適切な当局に申請することにより、適切な知的財産保護を確立し、パートナーの国・地域で保護が維持されるようにする。
- 機微データや規制データ、知的財産に対する脅威を特定するための包括的な調査を実施する。
- 知的財産やその他のデータを盗難や不正アクセスから保護するために、プライバシー、セキュリティ、および機密保持に関するポリシーを段階的に実施する。
- 従業員がデータや知的財産を保護する価値を受け入れ、侵害を発見して報告できるようにするために、組織内に一連の基準、方針、統制、およびセキュリティ文化を構築する。
- 必要な国・地域で機微データや機密データを保存し続けるために、国別データ居住要件の遵守を管理する。
- 産業メタバースにおける機微情報の保護やマスキングを強化するためのツールや技術を特定し、導入する。
近い将来、製造業に変革をもたらす可能性のあるパラダイムシフト
調査対象となった製造業の経営幹部の大多数は、近い将来産業メタバースがもたらす可能性について強気の姿勢を示している。回答者の3分の2近くが、今後5年間で産業メタバースが組織のビジネスや交流、コラボレーション、付加価値のあるバーチャル体験のあり方に根本的な変革をもたらすと回答している(図13)。これらの産業メタバースの支持者は、メタバースが社内、顧客、生産現場、さらにはサプライヤーやパートナーとの成果をどのように向上させるかについて、より肯定的な見方をしている。
調査対象となった経営幹部全体の70%以上が、今後5年間で製造業における産業メタバースの導入率が高まると考えている。また、80%近くが、メタバースは研究開発、設計、およびイノベーションに変革をもたらし、新製品戦略を可能にすると確信している16。
調査対象となった経営幹部は総じて、優秀な人材の獲得・維持、サプライチェーンの可視化とレジリエンスの構築など、当面直面する様々な喫緊の課題を解決する新たな方法を産業メタバースがもたらすと考えている(図14)。彼らは、産業メタバースを、新製品導入率の向上や新たな顧客体験・サービスを通じて将来の価値を実現するための道筋とみなす傾向がある。回答者はまた、ビジネス全体に広範なプラスの影響が及ぶと予想しており、産業メタバースが競争力、市場シェア、収益、コストなどの主要なビジネス成果を向上させると確信している。
回答者に、今後1~3年の間にメタバースの取り組みによってもたらされると考えられる具体的なメリットを予想してもらった。経営幹部は、品質、生産効率、労働生産性などの重要な業績評価指標(Key Performance Indicators:以下「KPI」)の伸び率が平均12%以上になると予想している(図15)。
しかし、この調査結果は、製造業の企業が単に未来に賭けているのではなく、未来を築こうとしていることを示している。回答者の中には、メタバースの取り組みに既に多額の投資を行っていると回答した企業もあり、4分の3近くが今後1~3年間で投資を拡大することを計画している(図16)。また、回答者の10人中約4人の割合で、4つのエコシステム全てにおいてメタバーステクノロジーの利用を大幅に拡大予定であると回答している(図17)。
経営幹部は総じて、産業メタバースが今後5年間、製造業に豊富な機会をもたらすと考えており、調査対象者の多くは、産業メタバースが持つ潜在的な価値を獲得するために大規模な投資を計画している。しかし、製造業の企業各社が産業メタバースの取り組みを進める上で、どのようなアプローチが有効なのだろうか。
最終的な考察
DeloitteとMLCによる2023年産業メタバース調査によると、製造業の経営幹部は産業メタバースが業界に大きな可能性をもたらすと確信しているだけでなく、一部の経営幹部は既に、次に何が起こるかを理解し、それを現実へと変えようとしているようだ。多くの場合、彼らはメタバースのユースケースを推進し、組織全体で大きな価値を得ているものと思われる。製造業の企業が実施したユースケースは、産業メタバースが今ここに存在し、生産プロセス・設備のモデリングやシミュレーション、バーチャルプロトタイピング、トレーニング、設計、さらには世界中のチーム、サプライヤー、顧客とのコラボレーションにおいて、新たな能力と効率性を発揮できることを示している。
発行人
鈴木 淳
執行役員
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
津端 清
執行役員
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
本稿は、デロイト ネットワークが発行した原著をデロイト トーマツ コンサルティング合同会社が翻訳・加筆し、2023年12月に発行したものである。和訳版と原著「Exploring the industrial metaverse」の原文(英語)に差異が発生した場合には、原文を優先する。
著者
Paul Wellener
Deloitte Global, United States
John Coykendall
Deloitte Global, United States
Kate Hardin
Deloitte Global, United States
John Morehouse
Deloitte Global, United States
David R. Brousell
Deloitte Global, United States
文末脚注
- Deloitte, “Smart factory for smart manufacturing,” accessed September 1, 2023.
- Paul Wellener, Ben Dollar, Stephen Laaper, Heather Ashton, and David Beckoff, Accelerating smart manufacturing: The value of an ecosystem approach, Deloitte Insights, October 21, 2020.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Insights gleaned from manufacturing executives’ interviews conducted in June 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
- Deloitte analysis of the Deloitte and Manufacturing Leadership Council (MLC) Industrial Metaverse survey, 2023.
謝辞
著者はDeloitte Industrial Metaverse Advisory Boardの以下のメンバーに謝意を表する。
Heather Ashton Manolian、Stephen Laaper、Aaron Parrott、Lindsey Berckman、Andrew Blau、Brian Wolfe、Frances Yu、Diana Kearns- Manolatos、Scott Pobiner、Stavros Stefanis、Chris Arkenberg、Eric Kaese、Asi Klein、Rick Perez
本レポートの作成にあたり、調査・分析の専門知識を提供してくれたKruttika Dwivedi、Anuradha Joshi、Visharad Bhatiaに感謝する。
本レポートに関連するリソースを取りまとめてくれたClayton Wilkerson、調査に関する専門知識を提供してくれたSatish Kumar Venkata Nelanuthula、Sanjay Vadrevu、Rohit Reddy Alluri、ストーリーを実現するためのマーケティング戦略と関連資産を推進してくれたKimberly Prauda、Neelu Rajput、広報をリードしてくれたAlyssa Weir、そして本レポートの発行をサポートしてくれたDeloitte InsightsチームのRithu Thomas、Aparna Prustyに感謝する。
また、本調査を支援してくれたFY23 US IP&C Fellows Cohort VのTrilok Chand、Libby Grace、Reetu Singhに謝意を表したい。
表紙担当:Manya Kuzemchenko、Jim Slatton
その他の記事
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