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M&A会計 日本基準と国際会計基準との主な相違 第4回

のれんの会計処理

今年1月から始まった連載「M&A会計‐企業結合編」では、第三者間の企業結合、すなわち「取得」と分類された企業結合の会計処理について考えてみたいと思います。第4回は「取得」と分類された企業結合の会計処理のうち、のれんの会計処理について、日本基準と国際会計基準(IFRS)の取扱いの違いを比較しながら、Q&A形式でわかりやすく解説します。

1.のれんの会計処理

―日本基準は20年以内で償却、IFRSは非償却

Q:のれんは、日本基準では20年以内の効果の及ぶ期間で規則償却しますが、IFRSでは非償却となります。日本基準とIFRSとの差異は幾つかありますが、その中でものれんは償却すべき、と日本は強く主張しています。のれんの償却は損益的には不利に思えますが、なぜ償却すべきと主張するのでしょうか。

A(会計士):のれんの本質を超過収益力と考えれば、競争や時の経過により価値は徐々に減ると考えることが自然でしょう。この見方は国際的にも同じです。ただ何年でその価値が無くなるのか(償却年数)、どのようなパターンで価値が無くなるのか(償却方法)を見積もるのは、有形資産や無形資産よりかなり難しいといえます。日本では、のれんの価値は徐々に無くなるのだから、償却期間等の見積りは難しいとしても、20年という上限を決めたうえで償却する方法は合理的だし、償却しなければ、結果として、その後の経営努力により獲得した自己創設のれんを計上することと同じなので、非償却の方がより問題があると考えているわけです。

Q:経営者とお話をすると、自分の時代に投資した際ののれんを、そのまま次の経営者に残したくないと聞くことがあります。それは気持ちの問題ともいえますが、経営者の感覚として、償却が実感にあっているともいえますね。

 

2.差額として算定されるのれんの範囲

―IFRSでは無形資産の識別がより厳格で、のれんの額が小さくなる傾向にある

Q:次に、のれんの償却負担がある日本基準は、IFRSより不利という見解についてはいかがでしょうか。

A(会計士):確かにそのような面もあると思います。しかし、単純には比較できない点が大きく分けて3つあると思います。1つ目は、そもそものれんの金額が日本基準よりIFRSの方が小さくなる傾向があります。買収価額が100、被取得企業の(無形資産を除く)資産・負債の純額が70であれば、のれんは30となります。ここでもし、無形資産を20計上すればのれんは10になりますね。つまり、無形資産をどれだけ識別するのかにより、のれんの金額が異なるわけです。そして、IFRSでも無形資産は原則として償却しますので、結局、このケースでは非償却となるのれんは10になりますね。

Q:無形資産を識別する要件は、法律上の権利または分離して譲渡可能、ということで、これは日本基準もIFRSも基本的には同じように思うのですが。

A(会計士):確かに同じように見えますが、IFRSではのれんは非償却、無形資産は原則として償却(例外的に耐用年数が確定できない無形資産は非償却)となる、つまり償却/非償却という重要な差が生じるので、無形資産の識別は厳格で、先程の要件のいずれかを満たした場合には、その金額が常に信頼性をもって測定できるとしています。言い換えれば、IFRSののれんは、原則として償却対象となる無形資産を識別した後の、まさに「配分残余」といえます。
他方、日本基準では、取得企業が被取得企業の無形資産の取得を目的としているようなケースでは無形資産を識別することは必須ですが、それ以外のケースでは、そこまで厳格には識別を求めていません。のれんと無形資産はいずれも償却するということもあり、実務上の運用も、IFRSを適用する場合により緩やかなのではないかと思います。もっとも最近は、日本基準でも、無形資産を厳格に識別するケースは増えてきているとは思いますが。

3.減損テストの頻度

-IFRSはのれんを毎期減損テスト、日本基準は兆候のあったとき

Q:それでは2つ目の差異はどのようなものでしょうか。

A(会計士):IFRSでは、企業結合の結果、のれんと耐用年数が確定できない無形資産が生じた場合には、それを非償却として扱う代わりに、減損テストをより厳しく行います。具体的には減損の兆候の有無にかかわらず、毎期減損テストを実施することが求められます。もちろん、減損の発生可能性が乏しいといえる状況では、簡便的なテストも容認されていますが。他方、日本基準では、減損会計基準で定められている減損の兆候があった場合のみ、減損テストを行います。つまり減損テストの頻度がIFRSの方が多いわけです。

Q:IFRSでは、減損テストに係る負担が大きいと聞きますが、このことを指しているわけですね。

 

4.減損の認識

-IFRSは帳簿価額と回収可能価額(割引後CF)との比較、日本基準は割引前CFとの比較

Q:3つ目の差異はなんでしょうか。

A(会計士):減損は対象となる帳簿価額と回収可能価額、すなわち、売却価値(処分費用控除後)と使用価値のいずれか大きい方と比較します。話を簡単にするために、ここでは売却価値は無視して、回収可能額=使用価値とします。帳簿価額が100、回収可能額(使用価値)を80とすれば、その差額20を減損損失として認識します。ここで、減損を認識すべき場合として、日本基準では割引前の将来キャッシュフロー(CF)が帳簿価額を下回る場合とされています(実際に計上される減損損失は使用価値(割引後CF)との差額)。他方、IFRSでは、当初から帳簿価額と使用価値(割引後CF)とを比較します。割引前CF>割引後CFという関係になりますから、IFRSの方が、減損損失を認識すべき場合が多くなりますね。

Q:割引前と割引後のCFは大きな影響があるのでしょうか。

A(会計士):事業は長期にわたるものですから、割引前CF(日本基準)は100のものが割引後CF(IFRS)では80になるなど、CFの期間と割引率によっては大きな差となります。このケースでは、日本基準では減損不要、IFRSでは減損損失が20認識されることになりますね。

Q:確かに日本基準からIFRSに移行した会社の中には、移行に伴う財務諸表への影響額として、減損損失の認識による差異が記載されているケースもありますね。

 

5.おわりに

Q:これまでのお話を伺うと、のれんの償却負担のないIFRSは有利で、償却負担のある日本基準が不利とは一概にいえないかもしれませんね。

A(会計士):そうですね。そして、現在、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)では、のれんの評価をさらに厳しくする方向で検討しています。2008年の金融危機のとき、IFRSの下で認識された減損損失は、そのタイミングは遅すぎるし、その金額も小さすぎるのでは、との批判があったためです。この点については次回のテーマにしたいと思います。

Q:本日はありがとうございました。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
M&A会計実務研究会 萩谷和睦 森山太郎

(2018.5.29)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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シリーズ記事一覧

M&A会計 日本基準と国際会計基準との主な相違

第1回 全部のれんと部分のれん、株式報酬の取扱い、他
第2回 取得原価の算定、条件付取得原価、段階取得
第3回 取得原価の配分(無形資産の識別、リストラ引当金、偶発債務など)
第4回 のれんの会計処理
第5回 IASBにおけるのれんの減損に関する新しいアプローチの検討状況

 

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