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投資基準(株式、権益等の投資審査基準)
ビジネスキーワード:ファイナンシャルアドバイザリー
ファイナンシャルアドバイザリーに関わる用語を分かり易く解説。本稿では、株式、権益、設備等の資産取得の意思決定の際に、実行の可否を判断するため社内的に定められた基準である「投資基準」について概説します。
投資基準の概要と効果
投資基準とは、株式、権益、設備などの資産取得の意思決定を行う際に、実行の可否を判断するため社内的に定められた基準であり、投資の経済性を測る拠り所となるとともに、社内的な説明責任を果たす上で有用な基準である。会社によっては、「投資審査基準」や「審査基準」と言われる場合もある。設備など個別資産の取得意思決定判断指標として一定の投資利回りを用いている会社も多いが、M&Aの場合には事業の取得であるため、投資判断基準も複雑なものとなりうる。M&A戦略の策定、ターゲットの選定、基本合意、デューデリジェンス、最終合意、クロージング、PMI(Post Merger Integration:投資実行後の統合)という一般的なM&Aプロセスの中で、投資基準は主に最終合意までの段階において検討されるものである。
投資基準は各企業それぞれの経営戦略から導かれるものであり、定量面・定性面それぞれでどのような項目を設定し何に重点を置くかは各企業の価値観や経営判断に依存する。従って、どの企業にも当てはまる標準的な投資基準というものは存在しないが、投資基準を考える上でのひとつの枠組みとして、経済的基準・技術的基準・その他定性基準の三つを考えることができる。それぞれの基準の内容は以下のように整理される。
基準の内容整理
基準(1) 経済的基準
投資実行において、一定のIRR(internal rate of return:内部利益率)のハードルレート(hurdle rate:投資案件に最低限求められる収益率)、投資回収期間、NPV(正味現在価値)等の定量基準を社内的に設定し、当該基準をクリアーした場合には投資実行を採択される等のように用いられる。これら指標は単一で用いられることも、いくつかの指標により複合的に用いられることもある。例えば、IRRハードルレート10%を上回り、投資回収期間は10年以下、NPVは1億円以上等、投資実行を判定するための複数の目安が設けられることもある。IRRを基本とし、回収期間やNPVを補完的に組み合わせる事例が多いようである。
基準(2) 技術的基準
投資実行により期待される効果・恩恵がどの程度か技術的・専門的な側面から調査するための基準である。なお当該基準に関連して、事業計画の変動要因として考慮すべきものは経済的審査基準にも反映されるため、経済的審査との連携が重要となる。
例えば資源系の会社であれば、油田・鉱床のポテンシャル、品位・埋蔵量、ボーリングの本数等といった内容が技術者により検討され、製薬会社であれば、新薬開発のパイプラインや、製品上市のポテンシャル等が検討されることとなる。
基準(3) その他定性基準
経済的・技術的な側面以外にも、投資実行が企業の経営戦略・ブランドイメージ・ミッションステートメントと合致しているかといった側面や、環境への配慮等が検討される。経済的・技術的な観点からは企業にとって旨味のある投資案件であっても、当該投資実行が企業の目指すべき姿・ビジョンと大きく相違する場合や、環境破壊への影響が大きい場合には、当該投資は採択されない可能性が高くなる。
投資基準を設定することによる効果
適切な投資基準を設けることの主なメリットとして、以下3点が挙げられる。
1つ目として、投資判断の理由説明がスムーズとなる点が挙げられる。M&Aや権益取得を行う場合は一定の守秘性を維持しながらも、経営企画・役員・財務経理・法務・技術・人事・審査部等、案件に関与する担当者が多くなる。投資基準が設けられていない場合には、投資実行の尺度・基準が各担当者により異なり、場当たり的なものとなりやすい。しかしながら統一的な投資基準を経営戦略と整合的な形で社内に設けることで、各担当者の判断が定まるとともに社内説明がよりスムーズになり、意思決定が迅速になるという効果がある。これは対外的に投資判断の理由を説明する際にもあてはまることである。
2つ目として、投資実行後の投資評価・モニタリングを行いやすくなり、PMIに資するという点が挙げられる。投資実行前の段階で、改善を期待しているKPI(重要業績評価指標)(例えば、一人当たり売上高・営業利益率・顧客数等)を明確化しておくことで、投資実行のモニタリングが行いやすくなる。投資実行前にあまりに多くの目標を設定すると管理が複雑になり形骸化する恐れがあるが、投資基準と関連したKPIをモニタリング対象としてある程度焦点を絞る事で、PMI段階でのモニタリングが行いやすくなり、投資実行の成否が判断しやすくなるためである。
最後に、投資意思決定に関する経験及び知識を、組織的に蓄積できるという点が挙げられる。例えば過去に実行した案件のノウハウを踏まえ投資基準を定期的に見直すことで、過去の経験・知識が組織知として蓄積されるというメリットがある。
投資基準の見直し事例
商社は積極的に投資基準を設定している業種として知られる。ここでは近年攻めの投資を実行している企業として、総合商社の事例を挙げたい。
2012年1月23日に新聞報道された内容によると、当該商社は1990年代後半では低効率・不採算資産や巨額の有利子負債を抱え苦境に立たされていたが、2000年度からリスクアセットという指標を導入しリスク資本の管理を行った結果、財務体質が改善した。財務体質が改善されたことを踏まえ、優良資産を積極的に積上げるべく2年で総額8,000億円の新規投資を中期経営計画の中で計画している。従来は全業種一律のハードルレートを採用していたが、巨額な投資になりやすい資源事業と他部門とで同じ基準を採用すると商機を逃す可能性があるため、業種ごとに異なるハードルレートを用いるといった投資基準の見直しに着手している。
このような取り組みは、投資基準の意義を踏まえ、積極的に投資基準を利用している一例と言えよう。今後M&Aや権益取得を自社の成長戦略の一つとして検討している企業で、社内の投資基準が整備されていない状況であれば、複数の部署と連携して社内的に投資基準を見直すことが有用と考えられる。また基準の設定にあたっては必要に応じて、外部のコンサルティング会社やM&A専門家等も活用することを推奨したい。
なお、本文中の見解にかかわる部分は、いずれも筆者の私見であることをあらかじめお断りしておく。
参考文献
【注目/財務体質改善、計画に勢い】23 January 2012 日刊工業新聞