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クロージング価格調整

ビジネスキーワード:ファイナンシャルアドバイザリー

ファイナンシャルアドバイザリーに関する用語を分かり易く解説する「ビジネスキーワード」。本稿では「クロージング価格調整」について概説します。

クロージング価格調整の概要

クロージング価格調整とは、M&A最終合意契約書締結時(Share Purchase Agreement、以下SPA)の買収価格に、クロージング時点までにおける財政状態の変化を反映することを指す。買収価格決定の際に基礎となった価値算定は、それがDCF法、マルチプル法、純資産法のいずれの手法を用いた場合においても、一定のロジック(通常は貸借対照表項目の変動)を用いて算定されることが通常である。

SPAで基準であると定義された貸借対照表と、クロージング日の貸借対照表の差における買収時の買収価格の調整を合意したものがクロージング価格調整となる。

クロージング価格調整は、前提となる貸借対照表の変化を価格に反映するという本来的な効果のほかに、売り手側に前提となる貸借対照表の金額を維持するインセンティブをもたらす効果がある。すなわち、クロージング価格調整を設定することにより、不要な配当や支出によって、対象会社の価値が毀損することを防ぐ牽制効果があるといえるのである。

具体的な調整項目と方法

通常、クロージング価格調整の調整項目となるものは貸借対照表の一部であることは上述のとおりであるが、具体的な調整項目として

(1) Net Debt(純有利子負債、有利子負債から余剰現預金、非事業用資産を控除したもの)

(2) Net Debtおよび運転資本(Working Capital、以下WC。一般的には棚卸資産+売上債権-仕入債務、対象会社の特性に応じて種々の定義が考えられる)

(3) 純資産

等が考えられるが、主要な算定方法としてDCF法との理論的な整合が高いことから、(2)を用いることが合理的といわれている。これはNet Debtと運転資本の変動額の合計が、当該期間におけるフリーキャッシュフローと近似するためであり、当該期間のフローキャッシュフローを包括的に捉えることが出来ると考えられるからである。また、(1)よりも売り手が恣意的な調整を行いにいくこと、(3)よりも調整範囲が狭く売り手と合意に至りやすいことも(2)が頻繁に用いられる理由であると考えられる。

上記以外にも案件の特性や当事者のニーズ等により、種々の方法が考えられるが、クロージング時点でのトラブルを避けるため調整項目、調整方法、基準となる金額等はSPA上で明確にすることが必要であるといえるであろう。

図表1:NetDebtおよびWCを調整項目とする場合のクロージング

主要な論点-その1

(1) WCの範囲

運転資本をクロージング価格調整の項目に含める場合、運転資本に含める項目が買収価格に重要な影響を与えることとなる。そのため、対象会社のビジネスおよびこれに関連する資産・負債の性質を見極め、運転資本に含めるべき項目およびその正常な水準を特定する必要がある。

主要な論点-その2

(2) Net Debt

一般的に、株式価値の算定はDCF法などで算定した事業価値にNet Debt、非事業用資産(余剰現金除く)を加味して行うことが通常である。Net Debtの構成要素は余剰現金、有利子負債が通常であり、M&Aプロセスを進める過程において事業上の最低必要資金の水準、有利子負債およびこれに準ずるものを特定し、買収価格の調整項目とする必要がある。

事業上の最低必要資金の水準の決定における、確立した一般的な算定方法はないとされている。一般的には(1)貸借対照表上のWCの水準、(2)対象会社の過去の資金需要(資金繰り)、(3)同業他社の水準、等を総合的に勘案することが望ましいと考えられる。

また、有利子負債に準ずるものとしては設備関連債務、流動化債権、リース債務、退職給付債務、偶発債務等が考えられる。これらの性質、重要性、蓋然性や発生タイミング等を勘案し、Net Debtに含め買収価格に反映させるか否かを決定することになる。

非事業用資産とは、対象会社の事業と直接関連しない資産のことであり、有価証券、遊休資産(売却予定資産含む)、賃貸不動産等が含まれる。これらの価値(時価)は、対象会社の事業から発生する価値とは別個で捉える必要があるため、事業価値に加算する必要がある。

主要な論点-その3

(3) デューデリジェンスとの関係

クロージング価格調整の構成要素については上述したとおりであるが、当該項目の適切な把握には各種デューデリジェンスが非常に重要な意味を持つことになる。具体的には資金繰分析および運転資本残高推移分析を行い、事業の季節性や事業上必要な資金等を把握する。また、デューデリジェンスにおいて検出された事項がNet Debtに含めるべき性質を持つべきなのかを見極めることが必要となる。

本文中の見解にかかわる部分は、いずれも筆者の私見であることをお断りします。

参考文献

デロイト トーマツ FAS株式会社(現、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)編(2010/02)「M&A統合型財務デューデリジェンス」

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