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世界のM&A事情 ~タイ~
日系企業のM&A動向とトレンド
本稿では最近のタイのM&Aを数字面で振り返りつつ、いくつか見られるトレンドをピックアップして解説を加えていきます。東南アジアの中で「成熟している」と言われることが多いタイにおいて、どのようなM&Aの機会があるのでしょうか。
I. 直近のタイにおける日系企業のM&A動向
本稿では直近のタイにおける日系企業のM&A動向およびトレンドを振り返りつつ、その中からいくつかトレンドをピックアップして解説していきたい。
図表1の通り、日系企業のタイにおけるM&A(含むJV設立)件数は2018年の53件をピークに減少傾向となっていた中、新型コロナウイルスによる海外渡航制限の影響等もあり、落ち込みが続いている状況である。
また、同M&A件数比率の変化を業種別に分析したものが図表2であるが、これを見ると全体として業種別の比率のトレンドが変わってきており、不動産/建設やITといった業種の比率が増えていることが分かる。この内、不動産については数年前からの不動産市場の相場上昇を受けた日系企業とタイ企業のJV設立案件がメインであるため、純粋なM&A案件は多くはない。
他方、ITについては従来からの技術革新に伴う市場拡大に加えてコロナ過においてリモートワーク/非接触型サービスが世界的に広まったこと等を背景にタイでも市場が急拡大しており、そういった市場成長を取り込むための日系企業によるプロアクティブなM&Aの動きが起きていると考えられる。
(サービス業についてはコロナの影響を大きく受け、大きく落ち込んだ業種の代表となっている。)
II. 最近のタイにおけるM&Aのトレンド
直近のM&Aのトレンドを見てみると大きく3つの領域がある。①IT等の新興企業への投資 ②BCG (Bio, Circular<循環>, Green)領域への投資 ③組織再編の増加 の3つである。それぞれ概略について触れていきたい。
IT等の新興企業への投資
タイにおけるITの市場規模は21年でUSD 26,396m(約3.7兆円)であり、24年にはUSD 40,570m(約5.7兆円)まで拡大することが予想されている。製品/サービス別の内訳をみると、Digital Serviceが最も成長率が高く、Softwareがこれに次いでいる(図表3)。
Digital Serviceについては、特にコロナ禍でECやフードデリバリーが大きな伸びを見せた。今後は伸び率は鈍化するものの、引き続き高い成長率を維持するものと想定される。また、ソフトウェアをさらに分解すると、図表4の通りCloudの伸びが24.2%(2020年から2021年)と最も高いが、この背景にはAmazonの提供するAWSやMicrosoftの提供するAzureといった大手クラウドプレイヤーの台頭に伴うデータサービスセンター市場の拡大が考えられる。そして、データセンターの整備に伴いSaaSを提供するスタートアップもタイにおいて増えてきている。
タイにおいては、いくつかの財閥企業はCVCを保有しており、新規事業を行う場合は自社で立ち上げるというよりも、そういったCVCを通じて新興企業に投資し事業を取り込むようなケースが多いといわれている。前述のDigital ServiceやSaaS系の企業に対し、財閥系企業の投資が集まっているというような構図が見られる。日系企業もSaaS系企業に対し投資を行っており、最近でも会計やCRMのSaaSを提供するタイ企業に対し日系企業が投資するようなケースが見られた。
BCG領域への投資
タイにおいては、政府がBCG領域への投資を推し進めている。日本企業もこの領域に対しての投資意欲が高まっており、特にグリーン領域では再生可能エネルギーが注目を集めている。タイでは特に、最近、日系企業は屋根置き太陽光の領域での投資が目立っている。タイ政府も18年に作成した代替可能エネルギー開発計画 (AEDP 2018) において将来的に屋根置き太陽光の導入量を10GWに増やすことを計画しており1 、外資企業が当該領域に投資する際の税制面等における恩典を用意している。
また、循環型経済の領域においても穀物等の残留物を用いて製造した再生可能な容器などが注目を集めており、そのような領域で事業拡大するためにM&Aを行った日系企業も出てきている。
組織再編の増加
タイにおいては、2023年2月に改正民商法が施行されて吸収合併の制度が利用可能となった。これまで複数企業を統合するためには新設合併もしくは事業譲渡を行う選択肢しか存在しなかったが、選択肢が増えたことで今後日系企業の組織再編が増加することが見込まれる。タイは東南アジアの中でも早くから日系企業の進出が始まった経緯があり、M&Aや投資恩典取得目的での会社の新規設立を行ってきたが、間接部門の効率化等により収益性を高めたいと考える日系企業が多く存在すると考えられる。そのような企業にとって、組織再編を行う好機である。
また、地政学リスクの高まりや、長く日系企業が活動していた中国やタイ以外の国の製造拠点としての魅力度の向上等により、全世界的に製造拠点を再編するような動きも出てきている。そのような潮流を受けて、タイに製造拠点を集約する、また逆にタイから撤退するといった動きもかつてより活発化してきている。10年ほど前は、特に自動車関連企業を中心にタイに地域統括拠点を設置するケースが多く見られたが、改めてタイにおける拠点の位置づけを検討し直す企業が出始めていると感じる。
III. 最後に
タイ経済は人口(2022年の人口増加率は+0.1%2 )やGDP成長率(22年の実質GDP成長率は+2.6%3 )の観点では、他の東南アジア諸国に比較し成熟しつつある。また、タイの自動車業界はBEV(Battery Electric Vehicle)のシェアが少しずつ高まってきている。昨年BEVの販売台数が1.6万台程度であったものが、今年は5万台程度までに増加すると見込まれている4 。EVは中国メーカーのシェアが高く、日系の自動車メーカーが支配してきた市場にも変化が生まれつつある。
ベトナムは今年に入り人口が1億人を超え、またインドネシアも新たな自動車の製造拠点として存在感が高まってくる中で、タイは東南アジアの中でのリーダーとしての地位を守るべく様々な取り組みを行っている段階に来たと感じる。特にEVにおいて中国の存在感が高まってきているものの、日系企業に対する期待は引き続き高い。私もそのようなタイ国に対し日系企業がより貢献できるよう、サポートしていきたいと考えている。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
1 Energy Regulatory Commission
2 World Bank Population growth (annual %) - Thailand | Data (worldbank.org)
3 JETRO 概況・基本統計 | タイ - アジア - 国・地域別に見る - ジェトロ (jetro.go.jp)
4 Kasikorn Research Institute Domestic BEV sales set to reach 50,000 units in 2023 (Current Issue No.3384) - KASIKORN RESEARCH CENTER
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
タイ駐在員 柴 洋平
(2023.10.19)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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