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大学の統廃合と経営計画
入学者数が減少し続けたり、学生数を確保するために入学水準を実質的に落とさざるを得ないなど、大学を取り巻く経営環境は厳しいです。
執筆者: 公認会計士 栗井 浩史
はじめに
厳しい経営環境下におかれた大学は相当数あって、学生募集の停止に至るような大学も出てきています。また、そこまでの意思決定には至ってはいないけれども、入学者数が減少し続けていたり、組織を改組しても教育の中身がステークホルダーにわかりづらく期待どおりには学生を確保できず苦戦している大学があります。
経営不振からの再生
(1)ミッションと採り得る財務戦略
大学の存在意義は、建学の精神に基づきますが、社会の価値観が時代と共に変化する中で、建学の精神を守ろうとすることと大学を存続させようとして新たに受入れようとする現代の価値観が相反する可能性があります。例えば、女子大を建学したルーツをたどれば、共学化を受け入れることは容易ではないと考えますし、宗教上の理由から容認されないこともあります。
そのような中で、学生確保に伸び悩む大学は、将来の財務戦略をどのように考えているのでしょうか。金融資産等、日々の保有残高の把握に加えて将来予測が益々重要になっていると考えます。大学を存続させるために採りうるオプションは、現実的には多くはないため、使えるお金が足りないと感じてからでは遅い可能性もあります。 伝統と改革の狭間で、経営方針を曖昧にしたままで、年々財務状況が厳しくなっている大学があるのが現実です。将来にわたってステークホルダーとの期待ギャップというニーズの不適合が続くことによって、学生数が減少し続けて経営が悪化していくと、経営の採り得る選択肢は少なくなり、行き詰まってしまいます。
(2)事業継続の循環モデルとは
好循環モデルは、意思決定を適時適切に行うことで、業績の悪化による損失を食い止め、選択肢が多いうちに、新規投資を効果的に行い、将来のビジネスリスクを抑えると共に利益を拡大させます。
一方で、悪循環モデルは、業績が悪化しているにも関わらず意思決定が遅れてしまい、整理すべきことが後手のままで、今後の新規財源は足りなくなることでビジネスリスクが解消されないまま、損失が拡大していくという負のスパイラルです。
(3)将来シミュレーションを行う
好循環モデルを作り出すためには、将来の学生数はどう推移するか、金融資産の水準はどうなるのかについて、ステークホルダーのアクションをヒントに(エビデンスに基づいて)シミュレーションを行うことが考えられます。将来の学生数の推移は複数の経営シナリオを想定されることになると思いますが、いくつかのシミュレーションの結果によっても損失を回避できないかもしれません。損失が膨らみ続け、法人の金融資産を取り崩した後で、経営のリカバリー策を講じても、既に時すでに遅し、という状況に至る可能性があるため、将来のストック情報にはこまめに注意しながら、今後の方針を事前に準備しておく必要があると考えます。
大学では、在籍する学生第一で考える必要があります。学生数が減って減収しても教育の質保証において必要な支出は続けなければならないため、金融資産を保有していなければ、大学の継続は厳しくなります。もしも、赤字が続く場合には、財政状態に十分に気を付けると共に、将来にわたって金融資産の残高の見通しを立てておく必要があるため、過去の財務諸表分析に留めず、将来に向けたシミュレーションが重要です。
(4)教職員の意識改革
厳しい経営状況を立て直すためには、教職員の意識改革も重要になると考えます。意識改革には時間を要します。良い教育をするためにカネに歯止めをかけなければ学生の満足は上がるかもしれませんが、サステナブルでなくなるかもしれません。全ての教職員が財務の専門知識を身につける必要はありませんが、中長期に財務が安定する範囲で教育の水準を維持しつつ、コストを節減していく行動が早期に求める可能性があります。
大学の統合の可能性
(1)引き受けてくれる相手は見つかるか
将来シミュレーションによって、自力で損失を回避できず、他大学と連携しても経営再建にはつながらないと考え、どこかの法人が救済してくれないかを考えてもそのような相手を見つけることは容易ではありません。統合後の姿が当事者や社会にとってより良くなることを具体的にイメージできなくてはならないため、相手先が引き受けの決断に至るまでのハードルは高いです。仮に大学の強みが明確にあったとしても、大学の財務体質が良くなければサステナブルに教育の質を確保し続けることが難しいとし、大学間の合意は見送られてしまうかもしれません。
(2)大学を引き受ける側の条件(同一性の保持)
大学を引き受ける側は、大学譲渡後すぐに組織を自由に改編することはできません。学校の設置者を変更する前後で学校等の組織・校地・施設・設備の同一性が保持されていることが必要となります。学生募集の停止前に入学していた学生が卒業するまで同一性を保持していることが必要で、学生が全員卒業しなければ、新学部の設置申請も難しいと考えます。このように組織を即時撤廃することはできないため、人件費や物件費のある程度は固定的に発生し、大学を引き受ける側の財務負担はある程度続くことは見越した検討をする必要があります。
(3)設置者変更時(大学譲渡)の条件
大学の譲渡の範囲は、契約によって決まるため、法人内に複数の学校が設置されている場合の共有資産等が争点になりうる場合には、譲渡の範囲を個別に決めていく必要があります。また、譲渡の条件は理事会で意思決定し、契約合意後の中途解約の場合に備えて損失補填の違約金の設定なども盛り込んだ方が良いと考えます。
会計上の公正な評価額が明らかでなくとも当事者間で資産の引き渡しの合意がなされる可能性はありますが、財産の状態がわからないままに合意されることは考えづらく、目的に応じてデューデリジェンスが行われることは想定されます。なお、各大学の置かれた状況やタイミングによって異なりますが、デューデリジェンスの作業は、相応の時間を要しますし、外部の専門業者に対するフィーの必要性も検討しておく必要があると考えます。
(4)保有する土地や施設設備
大学の引受先にとって土地は大きな魅力かもしれません。立地次第で、学生確保、教職員の雇用、産業界との連携等に影響してきます。
学生に対する魅力を上げるために設備投資を積極的に行ってきていても、将来の固定資産の財政負担のリスクを見込んでいなければ、大学を引き受ける側にとってはかえって財務的な負担につながります。大学の引き受け側は、学校用地の視察や固定資産台帳の確認を行い、中には売却できる資産の収入を見込んだりしながら、総合的に大学の価値を評価すると考えられます。
大学の撤退の可能性
(1)大学の引き受け先が見つからない場合
いよいよ大学の引受先が見つからず、大学を廃止する場合には、学生の募集停止に向けてプレイブックを作成します。複数の選択肢について、メリットデメリットを想定し、財務上の定量評価やステークホルダー別に考えられるリスクの定性評価も行います。大学の廃止は容易ではありません。学生募集の停止以降も在籍した学生が全員卒業するまでは、教育研究等の経営を継続させる必要があります。
(2)学生募集停止の意思決定の時期
学生が一人でも在籍している状態で大学を廃止できません。学生を一人でも確保することは学生に対する教育等の責任を伴うと共に、財務負担も続くため、学生の募集を停止するかどうかは、適時に意思決定する必要があります。また、早期に意思決定をすれば、広報等のコストの発生も抑えられると考えます。学生を募集し続けて確保できる収入によって経営を続けるか、学生の募集を停止するか否かのシミュレーションは重要になります。
(3)学生の募集停止をした場合の財務の影響
大学設置基準の制約により、教職員数を自由に減らせないため、人件費の将来負担も注意を要します。また、学生数が減少すれば、設置基準上で過剰となる教職員の退職は可能かもしれませんが、退職勧奨は法的にも慎重に対応する必要があると考えます。そのため、退職する教職員が少なく人員を維持する予算を当初想定よりも要する場合もあれば、逆に大学が引き留めても退職してしまう教職員が出て、一時的に教職員を補充する予算を要する場合も考えられます。その他、元々想定していた施設設備の改修を抑えるとか契約を見直して節約するなど財務負担を減らす必要があるかもしれません。
(4)学生募集停止時のステークホルダーへの説明
学生をはじめとして、学生が卒業するまで安心かつ丁寧な対応、教育の質を落とさない、就職支援の充実、転学支援などを十分に行うことを説明する必要があると考えます。また、教職員に対しては、雇用の考え方を整理して、配置転換の可能性、再就職支援、退職金の確保、訴訟リスクなども想定して丁寧な準備をされると良いと考えます。その他、保護者、取引先、協定校、文部科学省等ステークホルダーは様々ですが、各ステークホルダーから想定される疑問に丁寧に回答できるよう事前に検討します。
(5)職員の再配置
職員に何の業務をお願いするかを検討しないと財務シミュレーションは難しいです。しかし、将来の業務量を正確に検討することは容易ではなく、大学の思惑とは異なり退職する職員も想定されますので、事前対策も必要です。また、大学の撤退期という非常時における人事評価を適切に行うことは効果的であるものの一様ではありません。
おわりに
今後より一層厳しくなる大学の経営環境を考えますと、大学はどこに向かおうとしているのか、どうなりたいのか、何ができるか、何をすべきか、現実に顕著になった人口減少のリスクを想定して財務シミュレーションと共に大学の将来を考える場面が多くなると考えます。大学は受け身の経営ではなく、将来の姿を自らの意思で選択できるよう将来を見越した先手の経営をして頂くことを願ってやみません。