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地域課題解決に向けたプレイヤーの広がりと連携の必要性

地方創生の実現に向けた「産官民連携」の必要性とその方向性 第3章

地域課題解決に向けたプレーヤーの広がり

地域課題解決に向けた民間企業による地域を事業フィールドとした事業開発等、官民連携の動きは今後も強まっていくだろう。ただし、この動きは自治体と民間企業にとどまらず、地域コミュニティや地域に根差すNPO団体等にもその連携の枠組みは広がっていくことが考えられる。これは、地域課題が多様化すると共に、それぞれの問題が複雑に絡み合うことで、課題は単独では解決し得ず、地域の住民の状況や経済、文化といった様々な実情等に合わせて幅広い取組にしていく必要があることを示している。

Collective Impactによる社会課題の解決

社会課題の解決に向けて、より成果を高めていくためのアプローチとして、「Collective Impact」という協働の取組が注目を集めている。この取組は、2011年、スタンフォード大学が発行する専門誌Stanford Social Innovation Reviewにおいて、ジョン・カニア氏とマーク・クラマー氏が発表した論文で示された考え方であり、「異なるセクターにおける様々な主体(行政、企業、NPO、財団等)が、共通のゴールを掲げ、互いの強みを出し合いながら社会課題の解決を目指すアプローチ」として定義され、個別にアプローチするだけでは解決できなかった社会課題を解決するための試みである。

官民連携は今後も活発化していくと思われるが、連携の幅が狭まり、単に自治体と民間企業1社が連携して取り組んだとすれば、それは「Isolated Impact」(孤立したインパクト)にしかなり得ず、より地域全体を巻き込んだ取り組みにしていくためには、「Collective Impact」(集合的なインパクト)が必要になってくるだろう。

Collective Impactのポイント

「Collective Impact」のアプローチは、以下に示す5つの要素を有するという点で、これまでの取組とは異なるとされている。

5つの要素はどの要素も必要であるが、このうち、最も重要であると考えられるのが「共通のアジェンダ」のみ詳述する。ここでいう「共通のアジェンダ」とは、特定の課題に関わる参加者全員の中で、課題に対して共通の理解・関心が醸成されている状態を指している。地域課題という概念は多くのケースにおいて、抽象化された概念になりやすく、具体的に誰が、どのようなケースで困っているのか、それを解消するためには、何が必要なのかが不明確になっている場合がある。不明確なまま異なるセクターで取組を開始しても、方向性がバラバラになり効果的な動きにならない。そのため、具体的な課題感を明確にした上で、関係する団体が同じ認識を持つ「共通のアジェンダ」が重要であると言える。

図1 Collective Impactの特徴
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「共通のアジェンダ」を決定していくプロセスとしては、①実態調査、②議論、③共通認識の醸成の3つのステップが考えられる。

例えば、ある地域において、地域交通に問題が想定される場合、まず実施すべきは実態調査である。地域の交通弱者の分布はどのようになっているのか、その人たちは何に困っているのか、手助けしてくれる人がいるのかといった実態を掴む必要がある。その上で、地域の実態を関係者間で共有し、解消すべき課題が何であるか、徹底した議論によって、認識を合わせ、そのエリアにおけるプライオリティ付けを実施して初めて、異なるセクターの主体による協働の基礎が出来上がる。

交通弱者がいるからMaaSの導入ということではなく、医療体制の不足や地域コミュニティの脆弱性等、交通弱者を生み出してしまう真因は何かを、地域の実態を徹底した調査によって明らかにし、その結果を関係者で共有する中で「共通のアジェンダ」を形成することが、協働の取組において必要なステップとなる。

NPOや地域コミュニティの役割

官民連携における自治体や民間企業の役割は、第2章等で示した通りであるため、本章では協働の取り組みを進める上でのNPOや地域コミュニティの役割、及び地域住民の巻き込みについて記載する。前述の通り、地域課題の解消に向けては、地域実態の把握が重要な意味を持つ。この実態調査は、統計情報やアンケート調査等から分かる事実ではなく、地域住民の生の声に基づいた内容である必要がある。事例によっては、この調査を1~2年程度かけて綿密な調査を実施する場合もある。ただ、こうした調査を実施する上でも、地域に根差し、時に自治体等が把握し得ないような地域の実態を熟知したNPOや地域コミュニティが欠かせないアクターとなる。例えば、貧困層への支援のため、ホームレスの支援を充実しようとしたとしても、住民票を持たないホームレスの方の実態は自治体では把握し得ない。一方で、直接訪問し、どのような生活をしているか、必要なものは何かを把握しているNPOや昔からその地域に住む住民等は、地域の実態をより深く理解している可能性がある。米国の事例では、こうした地域の実態を、複数のNPOや地域コミュニティ、地域住民から吸い上げ、どこに住む人が困っているかを、ダッシュボードとして可視化していくことで、優先的に支援すべきは誰か、その人が求めている支援を誰が実施できるかを共有している取り組みもある。こうした取り組みでは、情報を共有化したことで、自治体を介さずに、民間企業やNPO、地域住民が、それぞれ必要な支援内容を把握し、地域全体を巻き込み「できることをやれる人が支援する体制の構築」に成功している。

地域課題解決に向けて、より大きなインパクトを実現するためには、地域住民の生の情報を吸い上げる仕組みを構築し、常に地域住民のニーズに端を発した住民中心の取り組みにしていくことが必須の要素となってくると考える。

地域課題解決に向けて

地域課題解決に向けて、官民連携や「Collective Impact」といった取組は、今後、より加速していくと考えられる。官民連携の促進や企業版ふるさと納税等により地方への民間投資はより呼び込みやすくなる上、NPOの活動についても、昨年度から開始された休眠預金等活用制度等により、安定した活動が可能になってくるだろう。そういう意味では、様々な関係者が、それぞれの目的をもって、各地域で活動を開始することが見込まれる。こうした状況下で、今後考えていかなければいけないことは、それぞれのセクターの人々がどうやって助け合えるか、相手の目的をどう理解するか、互いを生かし相互にメリットを感じ得る「質の高い関係性」をどのように構築するかが重要になってくる。

一般的な企業活動のように短期的な成果を求めるのであれば、協働の取組はスピード感を鈍らせるかもしれない。しかし、地域課題の解決には、地域の仕組みや文化、人の価値観も含めた変化が必要であり、そのためには、中長期を見据えて、住民を巻き込み、企業や自治体、NPO等のそれぞれの組織も変化しながら、一歩を踏み出していくことが必要なのではないだろうか。

著者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社    
マネジャー 出水 裕輝

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