全国で深刻化するインフラ老朽化の解決の糸口とは? ブックマークが追加されました
ナレッジ
全国で深刻化するインフラ老朽化の解決の糸口とは?
予防保全への転換に向けた包括的民間委託の可能性
全国の道路をはじめとしたインフラ施設は老朽化が進行しており、メンテナンスの必要性が日に日に増してきているところ、税収減少や担い手不足による労務単価高騰などの要因で維持管理費の確保が容易ではなくなりつつある。そのため、損傷が深刻化してから大規模な修繕を行う「事後保全」から、損傷が軽微なうちに補修を行う「予防保全」への転換が維持管理・更新費の縮減に向けて重要となってきているが、多くの市区町村で転換に至っていないのが実状である。本稿では、その背景にある課題と解決の糸口として包括的民間委託の可能性に言及したい。
事後保全と比較し、予防保全のコストは約半分
日本の抱えるインフラ施設は橋梁・トンネル・河川・下水道・港湾など様々な種類があるが、今後20年で建設から50年以上経過する施設の割合が加速度的に増える見込みであり、今後の維持管理費の確保に向けた予防保全の取組みが国土交通省を中心に提唱されている。
出典:国土交通省「予防保全によるメンテナンスへの転換について」
(https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001375673.pdf)
国土交通省所管分野のインフラ施設における予防保全と事後保全の維持管理・更新にかかるトータルコストを比較すると、予防保全は事後保全に比べて、5年後、10年後、20年後で維持管理・更新費が約30%減少し、30年後には約50%減少するとの試算結果がある。このことから、予算の観点で見れば、各管理者に予防保全への転換が求められていることは明らかである。
出典:国土交通省「国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理・更新費の推計」
(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/_pdf/research01_02_pdf02.pdf)
以降は、インフラ施設の中で最も老朽化が懸念される橋梁(2040年には約75%が建設後50年以上となる)を例に、現状の課題および対応の方向性を紹介する。橋梁は通過交通による荷重や経年、自然環境により、少しずつ劣化が生じるため、道路管理者には5年に一度の定期点検(橋梁健全度調査)が義務付けられており、橋梁健全度はⅠ~Ⅳの4段階の判定区分が設定されている。
(参考)健全度の判定区分
Ⅰ |
健全 |
構造物の機能に支障が生じていない状態。 |
---|---|---|
Ⅱ |
予防保全段階 |
構造物の機能に支障が生じていないが、予防保全の観点から措置を講ずることが望ましい状態。 |
Ⅲ |
早期措置段階 |
構造物の機能に支障が生じる可能性があり、早期に措置を講ずべき状態。 |
Ⅳ |
緊急措置段階 |
構造物の機能に支障が生じている、又は生じる可能性が著しく高く、早急に措置を講ずべき状態。 |
出典:国土交通省「道路橋定期点検要領」
(https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/yobohozen/tenken/yobo7_6.pdf)
地方公共団体においては、深刻な損傷度を示す健全度判定区分Ⅲ,Ⅳの橋梁が多数残っており、現状の予算水準では当該区分の橋梁の措置がすべて完了(予防保全へ完全に移行)するまでに約20年必要な見込みとなっている。
一方で、現在の推定以上に橋梁の老朽化が進む可能性も想定されることや、今後の労務単価高騰なども踏まえると、現在の予算水準では予防保全への完全な移行措置が追い付かなくなるケースも考慮すべきであろう。そのため、健全度判定区分Ⅲ,Ⅳの橋梁に対する目前の修繕対応と並行して、早期に予防保全を実施できるよう体制を確立し、判定区分Ⅲ,Ⅳの橋梁の発生を抑えていく視点をもつことも重要である。
データソース:国土交通省「道路メンテナンス年報」(https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/yobohozen/yobohozen_maint_r03.html)
人員・予算・技術不足の解決の糸口、包括的民間委託
しかしながら、人員(特に技術系職員)や予算不足に加えて、予防保全においてはドローンや各種センサー技術などのデジタル技術の活用を点検や高度なデータ分析が必要となってくるため、技術系職員の不足している市区町村にとって導入のハードルが高い問題もある。
これらの予防保全の転換に向けて、地方公共団体が抱える3つの課題(人員不足、予算不足、技術不足)を解決するための手段として、国土交通省が掲げている『地域インフラ群再生戦略マネジメント』における包括的民間委託の活用を検討したい。『地域インフラ群再生戦略マネジメント』では、メンテナンスサイクルの確立、施設の集約・再編、地域維持型契約方式、包括的民間委託の導入支援等の多様な契約方式の導入、技術の継承・育成、新技術の活用、データの活用、国民の理解と協力等の取組達成状況と今後課題、対応策を報告している。
また、包括的民間委託とは、「受託した民間事業者が創意工夫やノウハウの活用により効率的・効果的に業務を実施できるよう、複数の業務や施設を包括的に委託すること。」と定義されており、以下の点で人員不足・予算不足・技術不足に苦しむ地方公共団体にとって相性がよいと思われる。
まず、人員面については、「道路巡回」、「清掃・植栽」など業務単位で行っていた従来の発注が「包括的民間委託」としてまとめて発注を行われることにより、発注事務に要する業務時間の削減が期待されるため、予防保全に係る技術的審査等の人員を確保することが可能となる。また、従来は職員が実施していた業務の一部(地元対応等)を委託業務に含めることができれば、より大きな業務時間の削減も見込むことができる。
次に、予算面については、予防保全を含めた業務委託によるインフラ損傷の進行防止や発注業務の効率化など総合的な効果に鑑みれば、長期的なメンテナンス費用の削減に寄与すると考えられる。
最後に、技術面については、予防保全は劣化予測などの高度なデータ分析が肝であり、精度の高い予測を得るには専門家の力を活用することが望ましい。また、精度を向上していくためにはそれなりのデータ量も必要になるが、包括的民間委託であれば複数のエリアが対象となることで収集されるデータも増えるため、受注者におけるノウハウの蓄積並びに予測精度の向上も期待される。
包括的民間委託導入の拡大に向けて
このように予防保全への転換に向けた解決策となりうる包括的民間委託であるが、導入実績は20%程度と低水準の現状にある。これは、業務単位で事業者への発注を行うことが慣例化しており、「包括的民間委託業務」として発注するにあたって検討・整理すべき事項のノウハウを各地方自治体が必ずしも保有していないことが一つの要因と考えられる。
出典:国土交通省「インフラメンテナンスにおける包括的民間委託について」
(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001721072.pdf)
そこで、本稿では国土交通省が整理・公表を行っている「インフラメンテナンスにおける包括的民間委託導入の手引き」を参考に、導入に向けて検討・整理すべき事項の一部を紹介したい。
「包括的民間委託」の導入に向けては、各地域の実情を踏まえ「導入目的」を設定した上、業務内容(対象業務・区域)、契約方式(契約方式・維持管理水準、リスク・役割分担等)といった「委託スキーム」を具体的に検討・整理する必要がある。次に、確実な受注体制の確保のため、「市場調査」等の実施を通して事業者へ検討結果のサウンディングを行い、「委託スキーム」に適切に反映する。また、庁内の意思決定や対外説明のために、あらかじめ導入効果の算定スキームを設定することも重要である。
データソース:国土交通省「インフラメンテナンスにおける包括的民間委託導入の手引き」
(https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001595230.pdf)
道路分野における「包括的民間委託」は、静岡県下田市、新潟県三条市、東京都府中市等の一部の地方公共団体において先行的に導入している。しかしながら、業務内容や契約方式、導入までの進め方は地域により様々であり、地域の実情に応じたケースバイケースの導入スキーム検討が必要なことは言うまでもない。加えて、「事業内容が限定されているために事業者が利益確保に苦慮している」といった課題が発生しているケースもあり、受発注者双方にとって最適なスキームとなるよう、導入後も試行錯誤的に検討を進めていく必要があることも留意すべきである。これら先行事例を通じて得られた知見も十分に活用の上、それぞれの地域に合った持続可能なメンテナンス体制が構築されることを期待したい。
データソース:
下田市HP「(仮称)静岡県・下田市一体型道路等包括管理委託業務 事業概要書 (令和4年10月時点)」
(https://www.city.shimoda.shizuoka.jp/file/%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E6%A6%82%E8%A6%81%E6%9B%B8%EF%BC%88%EF%BC%88%E4%BB%AE%E7%A7%B0%EF%BC%89%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E3%83%BB%E4%B8%8B%E7%94%B0%E5%B8%82%E4%B8%80%E4%BD%93%E5%9E%8B%E9%81%93%E8%B7%AF%E7%AD%89%E5%8C%85%E6%8B%AC%E7%AE%A1%E7%90%86%E5%A7%94%E8%A8%97%E6%A5%AD%E5%8B%99%EF%BC%89.pdf)
府中市HP「府中市道路等包括管理事業(全域2期事業者説明会)」
(https://www.city.fuchu.tokyo.jp/gyosei/kekaku/kekaku/tosikiban/infrastructure/hokatsukanri/jigyoshasetsumeikai.files/shiryo.pdf)
新潟県三条市「インフラの包括的民間委託(三条市における取組事例)」
(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001424287.pdf)
総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数(令和5年1月1日現在)」
(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/daityo/jinkou_jinkoudoutai-setaisuu.html)
その他の記事
NEXCO中日本が取り組むDX
中日本高速道路が挑んだ高速道路の保全・サービス事業DXについて話を聞いた。