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中国地域統括機能に関する考察

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2021年4月19日)

新型コロナウイルス禍による経済低迷から早期に抜け出した中国。国際通貨基金によると、中国は2021年の経済成長率が8.1%に達し、コロナ禍からの回復に取り組むアメリカ(同5.1%)や日本(同3.1%)を上回ると予測されている。実際に北京や上海といった大都市圏においても市中感染リスクは抑え込まれており、海外からの入国時の2週間隔離措置、マスク着用やビル入り口でのHealth Code(モバイルアプリを使って表示する電子健康証明)の提示などの対策は引き続き徹底しているものの、国内線の空港、高速鉄道や繁華街、レストランにおいて活況ぶりが垣間見える。
(写真:Beijing Capital International Airport)

多くの日系企業がかつては製造拠点として、今は巨大消費地における開発や販売の拠点としても現地法人を展開し、駐在員を派遣している中国であるが、その実、日系企業の法人数自体はここ数年で僅かではあるが減少傾向にある。近年は中国経済の成長に伴う人件費の上昇、環境規制強化による対策、サイバーセキュリティ法に代表される固有の法規制への対応に加えて、2020年は新型コロナウイルスによるサプライチェーンへの甚大な影響や貿易摩擦の動向など、常に事業リスクを注視すべき経済環境といえる。一方で、グローバル企業にとっては不可欠な巨大な成長市場かつサプライチェーンの中に強固に組み込まれた拠点であることは変わりなく、成長市場で勝ち残るために中国への投資の見直し、組織再編などが進むと考えられる。日系企業が中国市場で今後も成長を遂げるためには、改めて投資や業務上の不効率を見直し、選択と集中を図ることが重要と考えられる。

特に、多くのグローバル日系企業はこれまでの事業展開に際して、ビジネスカンパニーや事業部ごとに拠点を展開しており、同じ企業グループ内で中国内、都市内に多数の拠点を有しているケースが多い。その結果として、事業軸での指揮命令系統が同一国内に多数存在する状況となっており、地域本社(リージョナルヘッドクオーター)は、中国における本社機能を期待されつつも、必ずしも直接的な資本関係はなく、その権限と責任、年間予算などの経営資源は期待役割を果たすためうえで十分といえないケースが散見される。ただし、ここで申し上げる地域統括の機能は必ずしも資本関係上の親会社であることを前提としておらず、多数存在する現地法人の中で地域内において横断的に果たす役割が必要か否か、必要であればどんな機能か、という議論を意図している。

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また、積極的な投資を行い持続的に成長するためには、事業リスク、コンプライアンス及びオペレーションリスクを見定め、必要な対策を図り、限られた経営資源を有効活用することが求められるが、分散度の高い事業展開と経営管理では、その効率性を高めることが難しくなると考えられる。現地法人における経営課題は各社各様ではあるが、共通項としては以下の点が挙げられる。

 

<現地法人における経営課題の例>

  1. 事業ごとに現地法人を展開していることにより、横の連携が促進されず、マーケットリサーチや新規事業推進においてグループのシナジーが促進されにくい
  2. ガバナンス、リスクマネジメントの観点からも、事業の軸が強いことで、地域固有のリスクへの対応や経営へのけん制機能が地域軸で発揮されにくい
  3. 事業特性の違いや過去の事業展開の経緯により業務プロセスとシステムが分散されているため、新たなテクノロジーやデータ活用といった施策がグループ横断で促進されにくい
  4. 駐在員による業務の監督・管理による本社流のやり方を中国事業拠点においても踏襲する一方で、権限・責任の明確化や業務手順の標準化が進んでおらず、内部統制も脆弱となっていることから現地人財の活用が進まない(安心して経営を任せる形になりにくい)

上記の経営課題を踏まえると、グループ全体におけるガバナンスの在り方・基本方針を見直し、地域及び各事業会社にどのような機能配置を行うか、資金・人財・情報を含む経営資源をどのように配分するかを検討していくことが重要と考えられる。このような検討が進むことで、地域における統括機能の役割は重要性が高まっていくことが想定される。

今一度、グループのガバナンスを俯瞰し、グローバルヘッドクオーターたる本社、地域におけるリージョナルヘッドクオーター、各事業会社における役割の分担や権限・責任を見直すことが、特にコングロマリット企業にとって重要と考える。下図のようにグループ全体にとって必要な機能は何か、それらをどのように配分するかを戦略と整合させ、成長市場で勝ち残る策を検討することは日系企業にとってより重要になってくると考えられる。
 

グループガバナンスの基本方針と役割分担の概要

グループガバナンスの基本方針と役割分担の概要
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地域本社の在り方は、事業の分散度(多角化の度合い)、地域経済における成長戦略などに応じて異なるが、コングロマリット企業においては前述したとおり事業軸と地域軸、経営企画、経理財務、法務、人事といったコーポレート機能の軸が複雑に関連するため、自社グループにとって何が最適かを考えるためにはグループ全体の視点が一層重要となる。仮に中国市場での成長を期待するのであれば、マーケットに近い環境に必要な機能は何かを検討し、事業部に頼って統括してきた事業会社に対して地域で統括すべきことは何かを再設計することが必要不可欠と考えられる。サイロ化された組織を見直し、機能重複を解消しなければ、利益率の向上も成長性も期待できないばかりでなく、グループとしてのガバナンスが機能せず、法令違反や従業員不正などにより足元をすくわれかねないことを再認識していくことが重要になってくることが考えられる。

グループガバナンスを再考するうえでの主要なポイントは以下の通りである。

  • 目的の明確化…成長戦略、中長期的な企業価値の向上を目的とし、人財不足などの現状の制約に縛られることなく、目指すべき姿を描く
  • グループガバナンス基本方針…上記の目的を達成するために、グループ全体、地域単位、事業単位、機能単位などで何をどこまでマネジメントするのかを明らかにする(システム投資は事業分散で機動性を持たせるのか、重複投資を避けるため、コアとなるシステムインフラは本社集中型で投資意思決定するのか等)
  • 役割分担・権限…グループ全体での役割分担を見直し、必要な機能配置とその実行のための権限・責任を明確にする
  • 権限委譲レベルに合わせたコントロール…権限委譲を図るためには業務の有効性と効率性を担保するために要求すべきコントールがセットとなり、その運用状況はモニタリングされることが必要となる。加えて、統制と監督のみではなく、運用するうえでの課題が生じる場合にはグローバル本社や地域本社による支援についても併せて検討する
  • グローバル共通・地域共通規程によるインフラ整備…上記の役割分担・権限と責任・コントロールの在り方を明文化し、意思決定フローや業務上の共通ルールを明確にする。上述のモニタリングはこの明文化されたルールに基づいて運用がなされていることを確認する。また、一度決めたルールが是ではなく、経営環境の変化、法制度等の改正や各社の実情に合わせて見直しを図り、グローバル本社・地域本社が行うべき支援がなされているかといった視点を持つことが重要となる
     

グループガバナンスの全体像

グループガバナンスの全体像
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<まとめ>

  • 変化の激しい成長市場において勝ち残るためには、事業ごとに分散したオペレーションは効率性や経営資源の適切なアロケーションの観点から課題となっているケースがある
  • 中国市場における事業の成長を図るためには、権限を委譲する部分と地域統括機能を活用して効率的なオペレーションを図る部分を再考することが重要になってくる
  • 特にグループにおけるガバナンスの観点から地域統括機能が果たす役割は重要になってくる
  • 現地の優秀な人財、資金、情報も含めた経営リソースの活用によりシナジーを創出し、健全なガバナンスのもとで成長戦略を推進するためには、組織の在り方を俯瞰して見直していくことが重要になってくる

著者:高津秀光
※本ニュースレターは、2021年4月19日に投稿された内容です。

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