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ナレッジ
サプライチェーンのリスクと「見える化」
事例からみる様々なリスク
従来からサプライチェーンは、コストや品質、更に供給の柔軟性などの面で企業の競争力に差をつけてきた。そこへ新たなリスクの観点が加わったと言えるかもしれない。ここで言うリスクとは、直接企業に影響が及ぶものとその企業活動が社会へ悪影響を与えるリスクの両方を含む。これらのリスクへの共通の対処法として、まずリスクがどこにどのようにあるかを把握することが欠かせない。その例をいくつか挙げて流れを俯瞰したい。
はじめに
昨今、時を同じくして様々な側面からサプライチェーンが話題になっている。従来からサプライチェーンは、コストや品質、更に供給の柔軟性などの面で企業の競争力に差をつけてきた。そこへ新たなリスクの観点が加わったと言えるかもしれない。ここで言うリスクとは、直接企業に影響が及ぶものと、その企業活動が社会へ悪影響を与えるリスクの両方を含む。社会への悪影響は、結局法規制やレピュテーションの形で企業に帰ってくるのは言うまでもない。これらのリスクへの共通の対処法として、まずリスクがどこにどのようにあるのかを把握する、いわば「見える化」が欠かせない。本稿ではその例をいくつか挙げて流れを俯瞰したい。
東日本大震災の教訓
東日本大震災後に連日報道されたトピックのひとつに、サプライチェーンの途絶による製品の供給停止があった。当リスク研究所が震災の対応に関するアンケート調査(注1)を実施したところ、サプライヤーの操業停止に備えてあらかじめ複数のサプライヤーに発注を分散していた企業でも、それらのサプライヤーの更に先にある2次・3次サプライヤーが1社に集中しており、結局その1社が操業停止したためにサプライチェーンが途絶したケースが多発した。
本年5月に経済産業省の呼びかけで大手自動車メーカー等による「日本経済の新たな成長の実現を考える自動車戦略研究会」が組織され、震災後の自動車業界のあり方に関する中間報告を6月に発表した。その中でサプライチェーンの途絶に関する原因分析と対策についても論じられている。系列ごとに独立して末端に行くほど社数が増える従来型のサプライチェーン構造をピラミッド構造とし、それに対して上述の2次・3次サプライヤーが1社に集中する形を、一旦広がった社数が末端で収集するダイヤモンド構造と呼んでいるが、その原因について、効率化・低コスト化を追求した結果、下請構造がスリム化したためと位置づけている。
今回のことがあるまで、自社のサプライチェーンにこのようなダイヤモンド構造が出現していたことを知らなかった企業が多い。サプライチェーンを上流まで遡って把握している企業はまだほとんどいないのが実態である。
しかし一度製品の供給が途絶えると、自社の事業にも社会にも大きな影響を与える。これまでも大規模な地震の際にサプライチェーンの途絶が報じられたことはあったが、今回ほど広範囲に影響が広がったことはなかった。
この経験を踏まえて、自社のサプライチェーンを把握し、少なくともそのボトルネックがどこにあるのかを確認しようとする動きが徐々に出てきている。
業種によりサプライチェーンの長さや複雑さは様々である。特に機械製品のサプライチェーンは長く入り組んでいる。そのため、こういった業界でサプライチェーンを最上流まで把握するのはほとんど不可能というのが常識だった。しかしそのような業界においてもボトルネック把握の必要性について声が上がっている。
参考資料
(注1)トーマツ企業リスク研究所による事業継続計画(BCP)調査結果
「企業リスク」第32号特集に掲載「東日本大震災~初動対応と事業継続の現場で起きたこと」
CSR/ 環境の世界におけるサプライチェーン
一方、CSR/環境の世界では以前より、サプライチェーンが大きなテーマになっている。温暖化対策においては、製品の原材料調達から製造、販売、使用、廃棄というライフサイクル全体のCO2排出量をカーボンフットプリントとして表示する活動は、日本でも数年前から国の事業としても行われてきている。また最近注目されているのは「Scope3」である。こちらは企業が直接排出する温暖化ガスや電力等のエネルギーを使用することにより排出される温暖化ガス以外の、間接的な排出を指す。製造段階だけでなく、出張や通勤による交通機関の排出、使用段階の電力消費等も広く含まれるが、やはり大きな割合を占めるのがサプライチェーンにおける排出量である。
また、EUのROHS/REACH 規制に代表される化学物質の規制で、サプライチェーンにおける化学物質使用状況の把握が大きく進んだ。
更に、近年特に大きな課題になってきているのが人権だ。CSR 調達としてサプライヤーに従業員の人権保護や労働環境の整備を求め、実際にその取り組み状況をモニタリングしている企業は年々増えている。しかしこれまでは、CSR 調達の先進企業でも、対象は1次サプライヤーに限られているところが多かった。
その状況を変える可能性があるのが、米国金融規制改革法の1502条、いわゆる紛争鉱物規制である。米国の証券市場に上場している企業は、自社が製造する製品に特定の鉱物(すず、タンタル、タングステン、金)が含まれる場合、それがコンゴ周辺の紛争地域の産でないかどうか確認し、その調査手続や結果を開示しなければならない。ここでその調査方法として示されているのがデューディリジェンスである。
ここで言うデューディリジェンスは、組織の活動が環境や社会に与えるマイナスの影響を注意深く調査することである。紛争鉱物の場合、製品の成分分析をしても産地は分からないため、サプライチェーンを辿って産地を突き止める(または少なくとも紛争地域産ではないことを確認する)以外に調査の方法は無い。気の遠くなるような作業だが、この作業が法律によって一部の企業に求められることになる。
この法律については、その負担の大きさや、本質的な問題解決につながるのかなど、批判的な声も多い。しかし大きな流れとしては、サプライチェーンの透明性に関する社会の要求がますます強くなってきていることは確かである。
同じ米国の「サプライチェーンの透明化に関するカリフォルニア州法(the California Transparency in Supply Chains Act of 2010)」は、その流れを示すもう一つの例である。これは、カリフォルニアで事業を行う小売業・製造業で、全世界の売上高が1億ドル以上の企業は、サプライチェーンにおける奴隷的労働や強制移動などの人権侵害を防止するための取り組みを自社のWEB サイト等に開示しなければならない、というもので、2012年1月から施行される。開示内容として、サプライチェーンにおける上記の人権侵害のリスクをどう評価しているかや、サプライヤーの規定遵守状況の監査を実施しているかなど、具体的なものも含まれている。
企業は、事業継続、環境、人権、法令遵守など様々な側面で、サプライチェーンの掌握を迫られている。透明性の高いサプライチェーンを作れるかどうかが、企業の競争力の差を生むようになる日も近いかもしれない。