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安全神話の崩壊! ~甚大な被害をもたらす制御システムへのサイバー攻撃~

【連載】勘違いセキュリティ(あなたの理解は大丈夫?)  

制御システムには、私たちの生活に欠かせない電化製品や自動車などで利用されている組み込み型の制御システムや、工場、プラント、発電所などで利用されている産業用制御システムがある。本稿では、制御システムへのサイバー攻撃事例を紹介し、なぜ制御システムが狙われるようになったのか、その理由と共に、今後必要となる制御セキュリティ対策について解説する。

はじめに(制御システムのセキュリティに対する誤解)

 これまでセキュリティといえば、情報の機密性、完全性、可用性の確保を目的として、主として情報システムを対象に対策を実施してきた。そんな中、昨今注目を集めているのが制御システムのセキュリティ(以下、制御セキュリティという。)である。
 制御システムには、私たちの生活に欠かせない電化製品や自動車などで利用されている組み込み型の制御システムや、工場、プラント、発電所などで利用されている産業用制御システム(ICS:Industrial Control Systems)があるが、本稿における制御システムとは、後者を指す。
 かつての制御システムは、インターネットや社内の情報システム環境とも切り離され、利用形態や稼働環境に応じた独自のハードウェア、ソフトウェア、通信プロトコルにより構成され、いわゆるクローズドな環境であった。そのため、ある企業のマネジメント層からは、工場のセキュリティ対策について次のような声が聞こえてくる。

担当役員の発言(制御システムのセキュリティに対する誤解)

 上記発言は、工場の“安全神話”を信じての発言と推察されるが、サイバー攻撃が高度化、巧妙化する時勢においてもその考えは通用するのだろうか。
 本稿では、制御システムへのサイバー攻撃事例を紹介し、なぜ制御システムが狙われるようになったのか、その理由と共に、今後必要となる制御セキュリティ対策について解説する。

 

標的となった制御システム

 前述のとおり、制御システムは工場、プラント、発電所など幅広い分野で利用されているが、制御システムに対するサイバー攻撃が行われた場合、その被害の大きさは計り知れない。従来の情報システムの場合、サイバー攻撃によるインシデント発生時の影響はプライバシーの侵害や経済的損失などにとどまっていた。一方で、制御システムに対するサイバー攻撃の場合には、経済的損失などに加えて環境汚染や最悪のケースでは、人命を脅かす危険性すらはらんでいる。
 制御セキュリティの必要性が囁かれ始めたのは、2010年頃のことである。制御システムを狙った初めてのマルウェアの登場により、国内外において制御セキュリティ対策が急務となった。以下では、過去実際に発生した制御システムに対するサイバー攻撃によるインシデント事例について、独立行政法人情報処理推進機構(以下、IPAという。)によって公開されている情報を基に紹介する。

 

事例1)制御システムをターゲットにした初めてのマルウェア
 2010年9月、Stuxnet(スタックスネット)と呼ばれるマルウェアがイランの核燃料施設に持ち込まれ、遠隔監視制御用のコンピュータがこれに感染した。その結果、遠心分離機を制御するPLC(Programmable Logic Controller)の設定ロジックが改ざんされ、約8,400台の遠心分離機のうち約1,000台が稼働不能となり、一時操業が停止する事態となった。なお、当該Stuxnetは、制御システムをターゲットにした初めてのマルウェアといわれている。

事例2)エネルギーインフラ企業を襲うサイバー攻撃
 2015年12月、ウクライナの電力会社に対するサイバー攻撃では、大規模停電を引き起こし、発生から復旧までに最大で6時間を要し、およそ22万5千人の顧客に影響を与えた。また、翌2016年12月には別の電力会社に対するサイバー攻撃により、ウクライナ首都圏において、最大で1時間15分の停電が発生した。

事例3)安全計装システム(SIS:Safety Instrumented System)※1を狙った初めてのマルウェア
 2017年12月、Schneider Electric社製の安全計装システム(Triconex)を狙ったHATMAN(別名、TRITONあるいはTRISIS)と呼ばれるマルウェアにより、中東の石油化学プラントが緊急停止した。なお、当該HATMANは、安全計装システムを狙った初めてのマルウェアといわれている。
 ※1:プロセスの異常を検知した場合に安全かつ確実にプロセスを停止させることを目的とし、制御システムにおいて重要な役割を持つシステム。

事例4)ランサムウェアによる操業停止
 2019年3月、ノルウェーに本社を置く世界有数のアルミニウム生産企業、Norsk HydroがLocker Gogaと呼ばれるランサムウェアにより、世界40か国160の拠点において、PC23,000台のうち11,000台が感染、2,700台が暗号化され、サーバ3,000台のうち1,100台が感染、500台が暗号化された。これにより、長期間にわたる生産能力の低下、およそ65億円以上の損失を被ったと見積もられている。

 紹介した事例はごく一部ではあるが、安全と考えられていた制御システムに対するサイバー攻撃は実際に発生している。では、なぜ制御セキュリティが脅かされる時代となったのか。その理由を紐解くカギは、上記4つの事例における制御システムへの侵入の手口にある。

 

キーワードは“制御システムのオープン化”

制御システムへの侵入の手口として、ある事例では標的型メール攻撃、またある事例ではUSBメモリ等の外部記憶媒体の利用など、いずれの事例においても制御システムへのサイバー攻撃の足掛かりとなったのは、本社で利用している業務用PCや、制御システムと連携している生産管理システムなどの情報システムへのサイバー攻撃と考えられている。
 クローズドな環境ということを最大の理由として工場は安全と考えられていたにも関わらず、その実態としては図1に示すように、様々な企業のニーズに外部環境の変化も相まって、制御システムはオープンな環境へと移り変わっていたのである。
 1980年代以降、UNIXサーバなどが普及した情報システムのオープン化に際し、様々なメリットを享受した一方で、セキュリティ面については大きなデメリットとなった。このことは制御システムについても同様であり、制御システムのオープン化が進むにつれ、それに伴うセキュリティリスクは増大している。要するに、制御システムの“安全神話”は既に崩壊しているのである。

制御システムのオープン化とセキュリティリスクの増大
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図1:制御システムのオープン化とセキュリティリスクの増大

 

 ここで、制御システムのどの部分でオープン化が進んでいるのか、IPAによる情報を基に解説する。図2に示すように、一般的に制御システムは多段階の階層構造となっており、制御情報ネットワーク、コントロール(制御)ネットワーク、フィールドネットワークの3つのセグメントに分かれている。

制御システムの構成例とオープン化の状況(IPAによる情報を基に作成)
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図2:制御システムの構成例とオープン化の状況(IPAによる情報を基に作成)
 

 ポイントは、制御システムのネットワーク環境の2極化である。コントロール(制御)ネットワークを境として、これよりも上位のネットワークでは、Windows PCや汎用アプリケーション、標準プロトコルの利用など、オープン化が進んでいる一方で、下位のネットワークでは、未だ独自のハードウェア、OS等が利用されていることが多い。
 セキュリティの観点で考察すると、制御システムへのサイバー攻撃を成功させるための侵入の手口として、コントロール(制御)ネットワークよりも上位のネットワークが狙われやすい(リスクが高い)ということである。
 このような状況を踏まえ、制御セキュリティではどのように対策を実施すべきか、対策を検討するにあたってのポイントと、具体的な対策実施にあたって参考とすべき規格、ガイドラインについて解説する。

 

情報セキュリティでの常識が通用しない制御セキュリティ

 繰り返しになるが、これまでセキュリティといえば、主に情報システムを対象に対策が行われてきたこともあり、制御セキュリティについて前出の担当役員から、次のような声が聞こえてくる。

担当役員の発言(工場のセキュリティ対策)

 この意見は、半分正解で、半分間違いである。その理由は、制御システムのオープン化により、制御システムにおいても、OSとしてWindowsやLinux系が利用されていることや、インターネットや外部ネットワークへの接続が発生していることなど、これまで情報システムのセキュリティ対策で培ってきた知識や経験が活かせるという意味では正解。しかし、表1に示すように、情報システムと制御システムには相違点があることから、情報システムと全く同じセキュリティ対策ができるかというとそうではないため、間違いとなる。

表1:情報システムと制御システムの相違点

情報システムと制御システムの相違点
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 例えば、セキュリティパッチの適用(更新プログラムの反映)を考えてみる。情報システムとは違い、制御システムで求められる最も重要なセキュリティ要素は可用性であり、通常24時間×365日の稼働が求められている。
 これにより制御システムではOSの再起動ができず、情報セキュリティ対策としては一般的なセキュリティパッチの適用が難しくなる。これは一例ではあるものの、情報システムに対しては常識として考えられているセキュリティ対策であったとしても、制御システム特有の事情により、その常識が通用しないのである。
 制御セキュリティ対策の検討を始める企業では、これまで情報セキュリティを担当していた人物を制御セキュリティの担当者として配置転換、あるいは兼務させるケースが多いと考えられる。そのような制御セキュリティの担当者は表1のような情報システムと制御システムの違いを念頭に置いたうえで検討を進めるとともに、次に紹介する規格、ガイドラインを参考に具体的な制御セキュリティ対策を実施することが望ましい。

 

制御セキュリティの代表規格「IEC 62443」

 図3に示すように、制御システムに関するセキュリティ標準として、業種業界ごとに様々な規格、ガイドラインが存在する。これは、かつて制御システムが利用形態や稼働環境に応じた独自のハードウェア、ソフトウェア、通信プロトコルにより構成されていたことに起因していると考えられる。

 

制御システムに関するセキュリティ標準
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図3:制御システムに関するセキュリティ標準

 

 そんな中、制御セキュリティの代表的な国際標準規格として知られているのが、IEC 62443である。この規格は、制御システムのすべての機器、装置を対象にし、4つのシリーズで構成されている。中でも特筆すべきはシリーズ2である。ここでは、産業用オートメーション及び制御システム(IACS:Industrial Automation and Control System)を対象としたサイバーセキュリティマネジメントシステム(CSMS:Cyber Security Management System)確立の要件が定められており、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS:Information Security Management System)確立の要件を定めたISO/IEC 27001をベースに作成されている。加えて、IACS分野では、CSMS認証の仕組みが整備されており、その認証基準のベースとしても採用されている。そのため、全ての制御セキュリティ担当者が最初に手に取り、理解すべき規格として推奨したい。

 以上、制御セキュリティ対策の必要性と対策実施にあたっての考え方について解説してきた。これらを踏まえて、冒頭の担当役員には次のような発言を期待したい。

担当役員に期待される発言

 企業ニーズの多様化と技術革新などにより、制御システムオープン化の流れは今後ますます発展、加速することが予想され、当然それに伴う制御セキュリティも重要になる。

 

セキュアなスマートファクトリーを目指して!

 スマートファクトリーをご存じだろうか。スマートファクトリーが注目を集めた契機は、ドイツが産学官一体となって推進している国家プロジェクトIndustrie 4.0(第4次産業革命)である。簡単に説明すると、スマートファクトリーとは、生産能力の向上、コスト削減、品質向上などを目的として、AIやクラウド、IoT、ロボットなどの先端技術、ビッグデータなどを活用することにより最適化された工場をいう。
 現在、日本では、人口の減少、超高齢社会による労働力の低下が深刻化しており、これは日本経済を支えてきたモノづくり産業にとっても大きな課題である。この課題を解決し、国際競争力を強化するためにも工場のスマート化は重要な経営戦略として考えられているが、忘れてはならないのが、セキュリティである。
 工場に対するサイバー攻撃の被害が甚大であることを考慮すると、ともすれば、一瞬にして経営破綻を招くおそれもあり、工場のセキュリティ対策が十分でないにも関わらず、工場のスマート化を推進することは、そのリスクを軽視または無視しているとも受け取られかねない。
 したがって、工場のスマート化に際して、セキュリティ対策を後回しにするのではなく優先検討事項とした上で、十分なセキュリティ対策が行われていることを前提に、セキュアなスマートファクトリーを目指していただきたい。

執筆者

内薗 謙介/Kensuke Uchizono
デロイト トーマツ サイバー合同会社 マネジャー

大手監査法人にて会計監査、内部統制に係るアドバイザリー業務及び子会社・委託先を含めた情報セキュリティ管理態勢高度化業務等を経験後、2016年、有限責任監査法人トーマツに入社。デロイト参画後は、情報システムに係るコンサルティング業務を専門とし、リスク管理態勢高度化、リスクアペタイトフレームワーク構築、内部監査業務等の案件に従事。近年は製造業向けに同様のコンサルティング業務を行うと共に、自動車セキュリティの高度化に関する案件にも関与。

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