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2024年の金融規制・監督上の優先事項:レジリエンス、ESG、暗号資産とAI
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.106
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
楠田 祥也
金融安定理事会(FSB)やバーゼル銀行監督委員会(BCBS)といった国際的な基準設定主体や各国・地域の金融監督当局・中央銀行は、次年度または複数年度にわたる金融規制・監督政策の方針や優先取組事項を作業計画等として公表している。本稿では、国際機関を含む海外の主要各国・地域当局の作業計画等をもとに、2024年の金融規制・監督上の重点領域や論点等を簡潔に整理し比較したうえで、銀行を中心とした本邦金融機関へのインプリケーションを検討する。
まず、金融機関のレジリエンス領域における規制・監督が2024年の重点分野として挙げられる。例えば、英国の健全性規制機構(PRA)は、バーゼルⅢ最終化の実施に係る政策文書の策定や金融システム全体を対象としたストレステストの実施等を通じて、銀行等の財務レジリエンスの向上を図る予定である。加えて、他国に先行する英国では、2022年3月から銀行等のオペレーショナルレジリエンス確保に向けた規制が段階的に適用されており、2024年には金融セクターにとって重要なサードパーティの監督等に関する最終政策の策定も行われる見込みである。同様に欧州銀行監督機構(EBA)は、EUにおけるバーゼルⅢ最終化の実施等とともに、デジタルオペレーショナルレジリエンス法(DORA)の実施に向けたICTリスク管理等に関する規制技術基準案等の策定を進める予定である。他方、米国の連邦制度準備理事会(FRB)の戦略的計画では、バーゼルⅢ最終化の実施による銀行等のレジリエンス強化は言及されているものの、オペレーショナルレジリエンスやサイバーレジリエンスに関する直接的な言及は行われていない。ただし、米国の通貨監督庁(OCC)は、2024年の銀行監督計画において、オペレーショナルレジリエンスが監督上の重点領域であるとしている。このように各国・地域によって一定の差異はあるものの、金融機関においては、財務健全性の維持に加えて、サイバー攻撃等に対する各種レジリエンスの向上についても求められることになると考えられる。
次に、ESG・サステナビリティ関連の規制・監督強化が重要な論点となっている。特に気候変動は移行リスク・物理的リスクを通じて金融システム安定性に悪影響を及ぼす可能性があり、近年、世界の金融当局は気候関連リスクに対する取組みを強化している。2024年も国際機関や多くの法域において、こうした規制・監督強化の傾向は続く見込みである。例えば、BCBSはバーゼル規制枠組みにおける3つの柱の全てにおいて気候関連財務リスクへの対応を進めており、2024年4月には銀行の健全性規制・監督枠組みの国際的な最低基準であるコアプリンシプルの改訂版に同リスクを新たに反映している。もっとも、2024年にはこれまでの気候変動に加えて生物多様性等に関連するリスク管理の重要性もさらに高まるとみられる。特に先進的な取組みが進んでいる欧州では、欧州中央銀行(ECB)が自然環境の悪化や生物多様性損失が経済・金融に及ぼす影響に関する詳細な調査を実施する予定である。またFSBも2024年7月頃に自然関連財務リスクの特定・評価に関連する規制・監督イニシアティブに関する調査報告書を公表する見込みである。こうした中、金融機関は気候変動リスクへの対応強化を継続するとともに、気候変動以外の生物多様性等に関連するリスクについても徐々に対応を進めていく必要があるだろう。
最後に、暗号資産や人工知能(AI)をはじめとした新たなリスクへの規制・監督上の対応が重要な課題となっている。近年のデジタル化の進展等による環境変化を背景に、金融セクターにおいては暗号資産関連の活動が増加し、AI・機械学習等の新たなテクノロジーの利活用も進んでいる。これらのデジタル化や技術革新は金融機関のビジネスにとって様々な便益をもたらす一方で、金融システム安定性確保や金融サービスの利用者保護の観点からは新たなリスクを生み出す可能性もある。こうした中、FSBは2023年7月に暗号資産関連活動の国際的な規制枠組み等を定めるハイレベルな勧告を最終化したほか、BCBSは銀行の暗号資産エクスポージャーに関する健全性基準を策定している。さらに英国においては、金融当局が2023年10月に人工知能および機械学習に係る規制・監督に関するディスカッションペーパーを通じた意見募集の結果を踏まえた文書を公表している。こうした背景のもと、世界の金融当局は2024年も新たなリスクに対する取組みを継続するとみられる。例えば、暗号資産の包括的な規制枠組みの整備が進んでいる欧州では、暗号資産市場規則(MiCA)が2024年12月30日から全面適用される見込みである。他方、米国では依然として連邦レベルの規制枠組みの構築は進んでいないものの、足元では暗号資産関連企業に対する証券取引委員会(SEC)の取り締まりが強化されている。金融機関にとっては、こうした国際的な動向を踏まえつつ、新たなテクノロジーの利活用を図るとともに、そのリスク管理・ガバナンス態勢の整備も進めることが重要であろう。
以上のように、2024年の金融規制・監督政策においては、各種レジリエンス、ESG・サステナビリティ、および暗号資産・AI等の新たなリスクに関連する規制・監督の強化が主な論点になると考えられる。もっとも、これらの分野は2024年に特有のものではなく、過去数年において当局の重点領域とされてきたものの一部である。なお、銀行をはじめとした本邦金融機関においては、海外当局の金融規制・監督の全てに対応が必要なわけではない。他方、内部リスク管理等の高度化を進めていく際に、このような重点領域に関する海外当局の目線や期待を参考にすることは有益であろう。例えば、サイバーやサードパーティなどのレジリエンス領域の規制監督強化動向は、本邦金融機関の内部管理高度化の参考になる。またESG領域の規制監督動向は、国際的に活動する本邦金融機関の様々なステークホルダーの期待水準を形成する。さらに、AI等のテクノロジーのような変化の激しい領域では、先行する海外の規制・政策動向を踏まえて国内で類似の規制や制度が導入される可能性もある。したがって、金融機関においては、海外の規制・監督動向についても注視しつつ、各種レジリエンスの強化をはじめとした継続的な取組みを進めていくことが重要であろう。
参考:主要各国・地域の金融監督当局・中央銀行等における2024年の重点領域等
国・地域 |
当局名 |
対象期間 |
金融規制・監督上の重点領域および優先取組事項等の概要 |
グローバル |
FSB |
2024 |
|
BCBS |
2023-24 |
|
|
米国 |
FRB |
2024-27 |
|
OCC |
2024 |
|
|
英国 |
PRA |
2024-25 |
|
FCA |
2024-25 |
|
|
欧州 |
ECB |
2024-26 |
|
EBA |
2024 |
|
|
香港 |
HKMA |
2024 |
|
豪州 |
APRA |
2024 |
|
(注)上記は特に銀行セクターに焦点を当てて整理している。また一部の重点領域等は2024年を含む複数年の作業計画等に基づいている。
(データソース)各当局の公開資料
index
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執筆者
楠田 祥也/Shoya Kusuda
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター