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投票行動に見る「グローバル・サウス」の多様性:外交・ビジネスにおける向き合い方を探る

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.106

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
市川 雄介 

米国バイデン政権は今月、レガシー半導体やEV、鉄鋼・アルミ製品等の対中関税を大幅に引き上げることを発表した。先月指摘したような通商政策による世界経済への下押し圧力が早くも顕在化した形である。中国の習近平主席は対抗するようにヨーロッパを訪問し、一部の友好国との関係強化を確認したが、EUも域内における中国製EVや太陽光パネル等に対する調査を進めており、場合によってはそれらの品目に高い関税を課す可能性がある。今後も、こうした国家間の対立が各国の経済・企業活動に影響を及ぼすようなケースは増えていくだろう。

国際秩序という観点では、西側諸国と中国との対立だけでなく、グローバル・サウスと呼ばれる新興国の動向が特に過去1〜2年で注目されている。「グローバル・サウス」には明確な定義はなく、新興国や発展途上国と同じ意味で用いられることが多いが、経済成長に対する期待が前面に出ていた(拡大前の)BRICSといったようなラベリングに比べると、地政学的な意味合いが強いと考えられる。実際、米国における「グローバル・サウス」という言葉の検索数は、2010年代から徐々に増えていたものの、2022年2月のウクライナ戦争以降に急増した(図表1)。ウクライナ戦争をきっかけに、国際社会の中で必ずしも西側諸国と平仄を揃えない国々の動向が注目された形である。各国の外交政策も、「グローバル・サウスとの連携」といった趣旨で語られることが増えている。

図表1 「グローバル・サウス」の検索数(米国)

 

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このように書くと、グローバル・サウスは米国を中心とする西側諸国にも、中国・ロシア陣営にも与しない第三極として、国際社会の中でまとまった影響力をもった集団を形成している、というイメージが生じやすい。しかし詳細に見ると、グローバル・サウスが注目されるきっかけとなり、最も存在感を発揮しやすいと考えられるウクライナ戦争に関してさえ、各国は一枚岩とは言い難い。

図表2は、過去の本メールマガジンでも分析した国連総会における投票データを用いて、直近2年間のウクライナ関連議案に対するグローバル・サウスの投票行動を示したものだ。横軸は米国との投票行動の類似度(0に近いほど米国と類似)、縦軸はロシアとの投票行動の類似度(0に近いほどロシアと類似)、円の大きさは国の数を示している。もし、米国ともロシアとも距離をとるような国が多数であれば、グラフの第1象限の中央付近に大きな円が描かれるはずだが、実際には、直線に沿って分布にばらつきがあること、そうした中で右下(米国と異なり、ロシアに近いスタンス)よりも左上(米国に近く、ロシアと異なるスタンス)に多くの国が集中していることがわかる。すなわち、ウクライナ問題においては、グローバル・サウスが第三極のようにまとまった集団にはなっていないこと、そしてロシアよりも米国に近い投票行動をとる国の方が多いことになる。

図表2 ウクライナ関連議案におけるグローバル・サウスの投票行動

 

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こうした傾向は、ウクライナ関連の議案に限らず観察される。トランプ政権最終年の2020年と比べると、グローバル・サウスの直近(2023年)の投票行動は、水準で見れば依然としてロシア・中国寄りだが、徐々に米国に近づく一方でロシアから離れるような傾向を示している(図表3)。加えて、対米・対中分布には小さいながらも第二の山があり、グローバル・サウスの中でも米国に近く中国と距離を置くようになった国が一定数存在することがわかる。「グローバル・サウスは国際社会における第三極という一つのグループである」という前提から出発すると、こうした各国の多様な政治スタンスを見落すリスクがある。

図表3 グローバル・サウスの投票行動(議案全体)

 

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ただし、グローバル・サウスが全体として米国に近づきつつあるという傾向を巻き戻しかねないのが、目下進行中のハマス・イスラエル紛争である。本格的な衝突に至った2023年10月以前から、パレスチナ問題が関わる議案において米国の投票行動はもともと他国の賛同を得にくい傾向があったが、過去2年のパレスチナ関連議案の投票行動を可視化してみると、米国の孤立が一段と鮮明になる(図表4)。すなわち、グローバル・サウスのうち米国と近いスタンスの国は少なく、圧倒的多数が米国と真逆の投票行動を示しているのだ。

図表4 パレスチナ関連議案におけるグローバル・サウスの投票行動

 

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このように、中東情勢の展開はグローバル・サウスに対する米国の影響力を削ぐ方向に働くが、こうした国際秩序のダイナミズムは単に外交レベルの問題ではなく、企業活動にも目に見えた影響を与え得ることに注意したい。例えば、日本に近い東南アジアのうち、イスラム教が多数を占めるマレーシアやインドネシアでは、イスラエルと同国を支援する米国への反発が強まっており、米国ブランドの消費行動を控えるといったボイコットによって、米国企業の収益に影響が顕在化している。他方で、こうした動きは、今のところイスラム圏以外では大きな潮流にはなっておらず、国によって関心事項は様々であると言える。

こうしてみると、政治スタンスや世論の関心事項は国によって異なっている、という当然の結論に行き着く。外交にしろビジネスにしろ、各国をひとまとめにすることなく、個別国のニーズや関心事項に向き合っていくという地道な努力こそが、グローバル・サウスとの正しい向き合い方であろう。

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.106

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  1. 円安は続く:日米金融政策と市場(勝藤)
  2. 投票行動に見る「グローバル・サウス」の多様性:外交・ビジネスにおける向き合い方を探る(市川)
  3. 2024年の金融規制・監督上の優先事項:レジリエンス、ESG、暗号資産とAI(楠田)

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執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター シニアマネジャ

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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