最新動向/市場予測

深まる世界の分断:国際情勢変化の可視化

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.88

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

11月はG20会議をはじめ国際会議が集中し、数多くの首脳会議が実施された。最も注目された米中首脳会談では、対話を継続することなどで両国は合意し、緊張激化に一定の歯止めをかける意思が示された。もっとも、台湾問題をはじめとする重要な問題では互いに従来の主張が繰り返されており、米中対立が和らぐ転換点になったわけではない。また、G20首脳宣言ではロシアによるウクライナ侵攻を「ほとんどの国が強く非難した」と明記されるなど、一連の国際会議の中でロシアの外交的な孤立が印象付けられたことも特筆される。

昨年の本コラムでは、国連総会における投票行動(賛成・反対・棄権)が類似している国は利害が近い国であると想定して、投票行動に基づく外交的な距離を算出した(数値が大きいほど投票行動=国益が異なることを示す)。その後ウクライナ危機をはじめ地政学的な対立が一段と深まっていることから、今回は最新時点の2022年まで分析をアップデート・拡充し、改めて国際情勢の視覚化を試みた。

国際政治のキープレイヤーである米国、ロシア、中国に対する各国の外交距離の分布をみると、ここ数年で大きく形状が変わっていることがわかる(図表1)。まず米国に対する外交距離は、2016年から2020年にかけて分布が右(反米方向)にシフトしており、トランプ政権時代に各国との距離が広がったことが示唆される。同時期の対ロシアの分布が左にシフトし、対中国の分布が変わらなかったことと対照的である。しかし、2022年には一転してその流れが逆回転する。2022年の総会における採決数は現時点で10件(うち4件がロシア・ウクライナ関連)にとどまっているため割り引いてみる必要があるが、各国の対米国の分布が大きく親米方向にシフトする一方、対中国・ロシアの分布が大幅に右方向に動いており、多くの国が米国に近く中露とは距離を置くようになった傾向が見て取れる。中国はウクライナ危機を巡ってロシアを支持しているわけではないが、反対していない(棄権に回っている)ことが他国との距離を広げている格好だ。

図表1 米国・ロシア・中国に対する各国の外交距離の分布

※画像をクリックすると拡大表示します

以上は世界各国の3カ国との距離を示したものだが、国際政治における各国の立ち位置はより多面的に評価する必要がある。そこで、各国の外交距離の算出対象を3カ国から主要19カ国(EUを除くG20各国)に拡張した上で、非階層クラスタリング(K-means法)を用いて各国を3つのグループに分類した。K-means法は、データ間の距離を尺度として予め決められた数のグループ(クラスタ)にデータを分類していく手法である。分類されたクラスタの意味づけは分析者が与える必要があるが、ここではクラスタの重心ベクトルを元に、「西側陣営」「中・露陣営」「その他」という3つを定義した。その結果を示したものが図表2である。

図表2 外交距離に基づく各国の分類

<2020年>

外交距離に基づく各国の分類 2020年

<2022年>

外交距離に基づく各国の分類 2022年

注:EUを除くG20の19カ国に対する各国の外交距離を算出し、距離データを対象にK-means法により各国を分類したもの。
出所:United Nations Digital Libraryより、有限責任監査法人トーマツ集計・作成
 

一見して、2020年と比べて2022年は薄い色の国が減ったことがわかる。すなわち、西側陣営に分類される国がNATO(北大西洋条約機構)や豪州、日本といった国だけでなく、中南米やアフリカなどにも広がった一方、中・露陣営に分類される国がアフリカや中央アジアなどで増加している。日々の報道からは、ともすれば、日・米・欧と中国・ロシアの対立が深まる中で他の多くの国は中立的な姿勢を維持しているとの印象を抱きやすいが、国連における投票行動をみると、主要国以外でもどちらかの立場にシフトさせる国が増えており、全体として世界の分断が深まっていることが示唆されている。

多くの企業にとって地政学リスクの管理は重要な関心事となりつつあるが、こうした定量化・視覚化を通じて国際情勢の変化を捉えることで、リスク管理の枠組みを検討する出発点となることが期待される。

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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