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世界は「新冷戦」に向かっているのか:外交距離の定量化

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.72

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

米国と中国の対立には緩和の兆しがみられない。最近1~2カ月程度をみても、米国は事実上の禁輸リストに中国企業を追加するかたわら、企業に対して香港や新疆ウイグル自治区を巡る事業リスクを警告した。一方の中国も、外国による制裁に報復する法律を成立させたほか、米国を念頭に海外の株式市場に上場する企業への事前審査を強化している。

米中は互いに対立しているだけでなく、自国に有利な国際情勢を形成すべく、他の国を巻き込んだ勢力争いを展開している。バイデン政権発足以降、米国はG7やNATO各国との協調姿勢を強め、日本や豪州、インドとは中国を念頭においた安全保障面での協力を強化している。中国は「一帯一路」によるインフラ投資に加え、新型コロナウイルスのワクチン供与を通じて新興国への影響力の維持・増大を図っている。

こうした米中の緊張関係が国際情勢に与える影響を理解する上では、その緊張の度合いを定量化できれば有用であろう。連日の報道からは米中は極度に対立している印象を受けるが、一方で米中間の貿易額は足許でも増加を続け、かつての冷戦のように経済関係が断絶していないどころか、一段と結びつきは強まっている状況だ。対立する論点が多かったとしても、米中関係が対立一辺倒ではないというのも事実である。

本稿では、外交関係を定量的に捉える試みとして、先行研究でも用いられてきた国連における各国の投票行動データを活用する。近年の国連総会では、毎年100件前後、様々なテーマに関する投票が行われており、各国の投票行動はそれぞれの国益を表していると考えられる。そこで、総会における投票行動が類似していれば、潜在的な利害が近い国であるとみなして、投票行動の近さを指数化した。その際、議案への「賛成」・「反対」だけでなく、「棄権」も重要な意思表示であると考えられることから、3種類の投票結果を区別している(なお、「欠席」と「棄権」は明確に状況が異なることから、前者の場合は集計から除外することとした)。総会は毎年秋に開催されるため、直近のデータは2020年のものとなる。

まず、米国を除く192カ国について、100件弱の投票結果から算出される米国との距離を図示したのが図表1だ。米国と全ての投票行動が一致すれば0、逆に全ての投票が異なれば1となるよう指数化し、図にはそれぞれの上位10カ国の国名を表示している。これをみると、親米・反米の色が明確に分かれていることがわかる。すなわち、中国やイラン、ベネズエラなど、米国との対立が報じられる国は大半の議案で米国とは異なる投票行動を取る一方、米国と安全保障上の強い結びつきがある同盟国は、国益が重なる部分が多い結果となっている。今年の国連総会はバイデン政権発足後初となるが、同盟国重視に舵を切った米国の外交政策により、どの程度各国の投票行動に変化を及ぼすかが注目される。

図表1  国連における投票行動を元にした各国の対米距離(2020年)

国連における投票行動を元にした各国の対米距離(2020年)
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上記からは、印象としてだけではなく、数字上も中国と米国は対立関係にあることが明らかとなった。もっとも、安全保障理事会における米中それぞれの拒否権の発動が度々議論を妨げてきた例からも明らかなように、米中が国連を舞台に対立することは今に始まったことではない。実際、上記で作成した指数の推移をみると、トランプ政権が発足した2016年以降はやや上向いている(対立色が強まっている)ものの、水準としては過去四半世紀のレンジ内に収まっている(図表2)。2020年は新型コロナウイルスをきっかけに米中の対立が貿易面から政治面へと拡大したにもかかわらず、それほど大きな変化はなかったということになる。

図表2  中国の対米距離指数の推移

失業率とオフィス空室率
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最後に、米中の対立が2国間にとどまらず、他の国にとって「米国と中国のいずれ側につくか」という踏み絵を迫られるような状況になりかねない、という指摘も出ていることを踏まえ、各国の対米・対中距離を同時に考察したい。米中を除く191カ国について、上記と同じ方法で対米距離と対中距離指数を算出し、2016年(オバマ政権の最終年)と2020年(トランプ政権の最終年)を比較したものが図表3だ。これをみると、全体的に各国のスタンスが右方向にシフト、すなわち各国の対米距離が大きくなっていることがわかる。こうした変化は、トランプ政権の対外姿勢に起因している可能性が高い。同盟国重視を打ち出したバイデン政権が、再び各国の親米度を引き上げることができるのか、その手腕が試されている状況だと言えよう。

図表3からは、もう1点、気がかりな変化も読み取れる。2016年時点では、反米度が一定以上(概ね0.6以上)高くなると、親中の度合いに歯止めがかかる(右下がりの曲線が反米度0.6程度で傾きが緩やかになる)傾向があったが、2020年時点では対米・対中距離が綺麗に一直線上に並ぶようになっている。これは、各国からみて米国と中国に対する二者択一の様相が強まったことを表しており、上記の「踏み絵」のような状況が自然と形成されつつあることが示唆される。過去1年程度で欧州なども対中姿勢を硬化させているが、こうした傾向に歯止めがかからなければ、それこそ「新冷戦」のような様相を帯びる恐れがある。米中2国間の対立に目が行きがちだが、国際政治力学における世界各国の位置付けにも注目していく必要がある。

図表3  各国の対米・対中距離の変遷

各国の対米・対中距離の変遷
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執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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