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円安は続く:日米金融政策と市場

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.106

リスクの概観(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

為替市場では現状でも依然155円レベルの円安水準が続いている。以下に述べる最新の日米金融政策見通しでは、FRBの利下げ転換、日本銀行の追加利上げはいずれも今年の9月以降になる見込みで、日米金利差の縮小開始に市場が確信を持って、本格的な円高への転換が見られるのはその前後になりそうだ。

現在の米国の経済環境をみると、FRBが利下げを急ぐべき状況にあるとは言いにくい。米国の経済は、成長率、雇用ともに好調で需給ギャップは依然需要超過の状態にあると考えられる。インフレ率については、個人消費支出(PCE)価格指数インフレ率も前年比2%台後半で下げ止まっている。当方では現在、米国の今年の成長率見通しを年初時点より引き上げ、前年比+2.5%の強い成長を見込んでいる。またFRBの利下げ開始時期の見通しは、年初時点よりあと倒しして今年の9月としている。

もっとも、年内の利下げ開始見通しは現状では維持している。この見方の一つの前提は、現在の5%台の政策金利は中立水準に比して相応に高い水準にあることから、景気の減速が鮮明になることやインフレ率が2%を下回ることは必ずしも利下げ開始の条件とはならないことである。FOMC委員の3月時点の経済予測の中央値によれば、2024年から2025年にかけて成長率は2%超を継続、インフレ率も2%前半にとどまるとされているにもかかわらず、年内に3回の利下げが予想されている。FOMC委員には、成長は堅調かつインフレ率が2%を超える状態でもなお利下げが妥当とみる考え方があると推察できる。

これまでのFRB利上げの目的が、主にインフレ抑制にあったことに照らせば、インフレ率の継続的低下が見通せるようになれば、今の引き締め的政策スタンスの中立方向への調整を開始することは可能である。当方では、インフレ率が年後半にかけ再び低下を始めることは充分にありうると考えている。既に労働市場では、時間当たり賃金の伸び率が継続的に低下するなど、インフレ圧力が低減する兆しがある。

日本銀行は今年の10月に追加利上げに踏み切ると当方では見ている。日本経済は1-3月期に前期比年率-2%の大幅マイナス成長となったが、これは認証不正問題による自動車の一時減産が主要因であり、生産が再開される4月以降はその反動とともに堅調な経済拡大が継続しよう。インフレ率は生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)が2%台半ばにあり、賃金上昇などと合わせて持続的なインフレが見通せる状態になっている。

もっとも、1-3月期のマイナス成長転化は、市場における日本銀行の利上げ前倒し期待を後退させる材料である。従前の日本銀行の植田総裁の利上げに前向きな発言等からは、利上げ時期が夏にも前倒し実施されるとの見通しもありえた。しかし、事前予想の範囲内とはいえ成長がマイナスになった以上、4月以降の生産と消費の回復の継続が統計で確認できる秋口まで、日本銀行は追加利上げ時期を慎重に見極めるスタンスをとるだろう。円安が日本銀行の利上げを早める可能性について当方は懐疑的である。植田総裁も述べているように、日本銀行は(為替市場に直接影響を与える目的ではなく)あくまで円安が物価に追加的な影響を与えた場合に、物価安定の観点から金融政策を実施するのが常道である。現在の2%台のインフレとマイナス成長を比較すれば、成長悪化リスクのほうに当面重点を置くとみるのが自然であろう。

以上から、現在の円安水準は年後半も継続し、円高への転換はFRBの利下げ見通しが市場で定着する9月以降になると見る。2024年末の為替水準としては140円台後半レベルを当面の目途として見ておきたい。これは年初時点で今年の為替見通しを円高方向に想定していたのと比較すると大幅な修正となる。

円安の継続の日本経済へのインプリケーションにはポジティブ、ネガティブの両面がある。ポジティブ面として、円安は日本企業の海外事業の円建て利益を引き続き押し上げるほか、インフレ率の上昇は表面上日本のデフレ脱却を後押しする要因である。ネガティブ面は、原材料等の輸入価格の上昇による企業の生産コスト上昇やインフレによる消費抑制である。ただしこれらについても、現在の日本の環境はこれらをポジティブなスパイラルに転化できるとみる。企業は原材料や人件費を含む生産コストを適正に価格転嫁することで利鞘を確保することが可能な環境にあり、また春闘の賃上げ状況からは、時間差を伴いつつも値上がりの相応の部分が消費者の所得増で今後カバーできると見込まれるからである。

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執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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