最新動向/市場予測

バーゼルⅢ最終化の実施に向けた取り組み:米国・英国・EUの最新動向

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.107

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ
楠田 祥也 

近年、主要各国・地域において、バーゼルⅢ最終化の実施に向けた取り組みが進んでいる。バーゼルⅢは、国際的に活動する銀行の自己資本比率等に関する国際統一基準であり、プルーデンス政策・規制の中核をなすものである。2017年12月にバーゼル銀行監督委員会(BCBS)によって最終化されたバーゼルⅢ基準は、2023年から2028年までに各国・地域内で完全かつ整合的に実施される必要がある。本稿では、特に欧米における実施状況を簡潔に整理・概観するとともに、それぞれの特徴や課題等について考察する。

まず、米国では、2023年7月に連邦銀行当局(FRB・FDIC・OCC)が、バーゼルⅢ最終化の実施を図る規則案(Basel III Endgame)を公表した。規則案は2025年7月1日から連結総資産1,000億ドル超の大手銀行に段階的に適用され、2028年7月1日に完全適用される予定である。また、自己資本規制枠組みのうち、主に信用リスク、市場リスク、オペレーショナルリスク、および信用評価調整(CVA)リスクに関する改訂が提案されている。米国の規則案の特徴は、BCBSの国際基準よりも更に厳しい自己資本要件の強化を求めている点である。例えば、米国当局は、オペレーショナルリスクだけでなく、信用リスクについても内部モデルの使用を廃止する提案を行っている。すなわち、規則案のもとでは信用リスクに標準的手法が適用され、市場リスクのみが内部モデルの使用を許可されることになる。こうした種々の改訂の結果、大手銀行に追加的に要求される普通株式等Tier1(CET1)資本は全体で約16%増加すると試算されている。もっとも、米国の銀行業界は、経済に甚大な悪影響を及ぼすなどとして規則案に強い反発を示しており、激しいロビー活動を通じてその撤回や再提案を求めている。その結果、実際に足元では、2024年5月に、FRBのマイケル・バー副議長が規則案に対する広範かつ重要な変更を想定していると発言している。米国では2024年11月に大統領選挙が控えている中、適用時期の変更も含めた当局による見直しの動向に引き続き留意する必要があるだろう。

次に、英国では、2023年12月に健全性規制機構(PRA)が、バーゼル3.1基準の実施に関する第1弾の政策文書(PS17/23)を公表した。PRAはBCBS基準をもとにリスクアセット計測手法等の改訂を図るため、2段階に分けて最終規則を公表するとしている。第1弾の政策文書は、主に市場リスク、CVAリスク、オペレーショナルリスクに関する改訂を対象としている。他方、第2弾の政策文書は2024年第2四半期に公表される予定である。これには、信用リスク、資本フロア、報告・開示要件に関する最終規則が含まれる。これらのバーゼル3.1基準は、米国と同様に2025年7月1日から段階適用され、2030年1月1日に完全適用される見込みである。また、最終規則の内容については、英国の事情に合わせた微調整は行われているものの、BCBSの国際基準に概ね沿ったものとなっている。なお、PRAによると、バーゼル3.1基準の実施により、2030年時点で対象銀行に求められる中核的自己資本(Tier1資本)は約3%増加すると想定される。この影響幅は米国やEUよりも小さく、英国銀行に及ぼす影響は限定的であると考えられる。

最後に、EUでは、2024年5月にEU理事会が、第3次自己資本要求規則(CRR3)および第6次自己資本要求指令(CRD6)を採択した。CRR3/CRD6はEUにおけるバーゼルⅢ最終化の実施を図るものであるが、それに加えて銀行のESGリスク管理や第三国銀行の支店の監督等に関するルールも定めている。現時点では最終版のテキストは公表されていないものの、これまでの暫定版では複数の領域において国際基準からの乖離がみられた。例えば、CVAリスクに関する緩和的措置や、資本フロアの移行期間の延長など、EU銀行の負担軽減を図る内容が含まれていた。なお、欧州銀行監督機構(EBA)によると、2028年に完全適用した場合に対象銀行に要求されるTier1資本は約10%増加する見込みである。また、適用開始時期については米国・英国よりも早く、2025年1月1日の予定である。ただし、米国では実施時期の延期を含めた規則案の見直しの機運が高まっており、国際動向に合わせて欧州における実施時期も修正される可能性がある。

以上のように、米国・英国・EUでは、バーゼルⅢ最終化の実施に向けた当局の対応が進んでいる。もっとも、米国やEUのように国際基準とは異なる独自の措置をとる動きもあり、法域ごとに実施時期や内容には一定の差異がみられる。なお、本邦では欧米に先行して、2024年3月末からバーゼルⅢ最終化に係る金融庁告示が国際統一基準行等に適用されている。このように各国・地域において実施に向けた足並みは揃っておらず、規制の分断化の問題が更に深刻化する可能性がある。こうした中、国際的に業務を展開している金融機関にとっては、法域ごとの事業戦略を検討するにあたり、各国・地域の当局動向やその影響を引き続き注視していくことが重要であろう。

参考図表:米国・英国・EUにおけるバーゼルⅢ最終化の実施状況の比較


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執筆者

楠田 祥也/Shoya Kusuda
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ

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