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欧州の憂鬱:欧州議会選挙とフランス議会解散

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.107

リスクの概観(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

今年は世界中で注目される選挙が多く実施される。1月の台湾総統選挙、3月のロシア大統領選挙などにつづき、6月には、インド総選挙、メキシコ大統領選挙、欧州議会選挙の結果が判明した。特に目を引くのは欧州議会選挙における極右勢力の議席拡大である。

欧州議会選挙では、現与党である中道グループは過半数を維持したものの、いわゆる極右勢力が大きく議席を拡大した。EUではすでに、スウェーデン、オランダ、オーストリアなどの内政で極右政党が勢力を拡大しており、イタリアでは2022年に極右政党の政権が誕生している。これらは、反移民やウクライナ支援への反対でEUの国際政治へのスタンスを徐々に保守的な方向にシフトさせてきた傾向の延長だ。もっとも、欧州議会では現与党グループが過半数を維持したことから、欧州議会での法案成立や、EC委員長など執行部要職は従前の路線が維持されよう。例えば2年前に極右政権が誕生したイタリアのように、政権発足後は他のEU諸国と協調する現実的な政権運営を行っている例もある。欧州議会選挙の結果も、必ずしもEUの外交政策や域内共通の経済政策の路線を大きく転換する要因になるわけではないだろう。

他方、フランスのマクロン大統領が欧州議会選挙結果を受けて、フランスの国民議会を解散して総選挙を実施する決断をしたことは、場合によっては欧州議会選そのものよりも大きな変動を欧州の政治に与える可能性がある。総選挙で仮にルペン氏の極右政党が第1党となった場合は、極右政党から首相が任命されて大統領と首相・議会の政党にねじれが生じる、いわゆるコアビタシオンの状況になる可能性がある。この場合、内政は議会の多数を握る野党の意向が強く反映されるのみならず、大統領の専管事項とされる軍事と外交においても、その対外的発言力が弱まる可能性がある。EUにおけるフランスの主導的地位を常に意識してきたマクロン大統領の権威低下は、EU内の不協和音の増長につながりうる。特に、EUのウクライナ支援政策停滞をもたらし、米国の支援でなんとかロシアとの均衡を保っているウクライナ情勢をロシア優位に転換させる可能性がある。

フランス国民議会選挙は2回投票制であり、第1回投票で1位になれなくても、第1回投票での落選者の票を第2回投票で集めれば逆転当選が可能になる。現在の多党化の中で極端な政策を掲げる政党は相対的に不利な仕組みになっている。マクロン大統領はこうした背景から総選挙での勝算ありと見込んで解散に踏み切った可能性がある。もっとも、フランスではこれも前回総選挙で議席を増やした極左を含む左派連合が、現政権や極右に対抗する姿勢を見せており、選挙の行方は更に不透明になっている。こうした欧州内の政治的分断の拡大は、ひいては米国と欧州の政治的連携のほころびや、西側諸国と中国・ロシア等とのパワーバランスの不安定化にもつながりかねないリスク要因といえる。

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執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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