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Brexit後の英国の金融規制改革の動向
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.112
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ
楠田 祥也
EU離脱を受けた英国の金融規制改革が進んでいる。2020年1月にEUを離脱した英国では、移行期間終了時に、EUの金融規制が英国の規制としてそのまま引き継がれた。その後、政府は維持されたEU規制を撤廃・改正し、金融規制当局が制定する規則への置き換えを進めてきた。このようにEU由来の規制を見直し、英国に即した金融規制制度を構築することで、英国は金融セクターの競争力強化を図ろうとしている。本稿では、EU離脱の機会を捉えた英国の金融規制改革の動向を概観した上で、その特徴や課題、金融機関に求められる対応等を考察する。
まず、英財務省は2019年7月に、金融サービスにおける将来の規制枠組みのレビューを開始した。これは、EU離脱後の英国において、金融規制枠組みをどのように調整すべきかを決定するためのものである。具体的な見直しの方向性については、2度にわたる市中協議を通じて検討が行われた。2020年10月の市中協議では、全体的な規制枠組みに対する政府のアプローチ案が示された。具体的には、適切な調整を加えた上で、「2000年金融サービス・市場法」によって確立された既存の規制モデル(FSMAモデル)を引き続き活用することが提案された。すなわち、政府と議会が金融サービスの全体的な政策枠組みを定め、その中で金融規制当局(PRA・FCA)が金融機関に適用される詳細な規制要件やルールを策定・施行するモデルが最も適切であるとされた。また、2021年11月の市中協議では、EUから引き継いだ金融関連法令の撤廃・置き換えや、金融規制当局の目的、規則制定権限、説明責任等の見直しに関する一連の提言が示された。こうした2度の市中協議の結果を踏まえ、英財務省は、既存の規制枠組みに基づき、英国に合わせた包括的なFSMAモデルを確立する方針を決定した。
こうした取組みを経て、英財務省は2022年7月に、「金融サービス・市場法案」を議会に提出した。同法案は、将来の規制枠組みのレビューの成果を反映したものであり、英国金融セクターの競争力強化を図る各種施策が盛り込まれた。例えば、EU由来の数百の金融関連法令の撤廃、金融規制当局の規則制定権限の強化、同当局の新たな第2の目的(英国経済の成長・競争力の促進)の設定、資本市場に関するEU由来の規制・制度(MiFID IIなど)の改革、決済手段としてのステーブルコインの規制などが含まれている。
さらに、2022年12月には、英財務相が「エディンバラ改革」と呼ばれる一連の金融規制改革を公表した。この改革パッケージは英国のEU離脱以降で最大の規制変更を示しており、合計30超の広範な改革を進める方針が打ち出された。具体的な取組みとしては、銀行のリングフェンス制度の改革、シニアマネージャーおよび認証レジーム(SM&CR)の見直し、アンバンドリング規則を含む独立投資調査レビューの実施、ESG格付業者の規制に関する市中協議、リテール中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する市中協議などが挙げられた。英財務省や金融規制当局は、これらの各種改革に関する市中協議や意見募集等を順次進めている。例えば、健全性規制機構(PRA)と金融行為規制機構(FCA)は2023年3月に、SM&CRの見直しに関する共同ディスカッションペーパーを公表し、同様に英財務省はSM&CRに関する意見募集を開始した。
こうした中、2023年6月には、「2023年金融サービス・市場法」が成立した。同法の成立を受けて、英財務省は、金融サービスにおけるEU由来の規制の段階的廃止に向けた取組みを開始することになった。廃止された規制は、適切な場合には金融規制当局が策定する規則によって置き換えられることになる。2024年2月時点では、合計777件のEU由来の金融関連法令が特定されており、このうち44%の廃止が完了している。また、ソルベンシーII規則、目論見書規則、証券化規則などについては、同規則を置き換えるための委任立法が既に策定されている。
その後、英国では、2024年7月の総選挙で与党が労働党に交代した。しかし、金融規制改革については、概ね前政権の方針を引き継いでいるといえる。リーブス新財務相は2024年11月に、マンションハウス演説において、金融セクターの成長・競争力強化に向けた政府の計画を公表した。同氏は、世界金融危機後のリスクの除去を目的とした規制変更は度を越しており、意図せざる結果をもたらしたと指摘している。具体的な施策としては、英国グリーンタクソノミーの導入に関する市中協議、SM&CRの見直し(シニアマネジメント以下のスタッフに適用される認証制度の廃止・置き換え)に関する市中協議、金融商品市場指令(英国MiFID)の更なる改革、デジタル国債のパイロット運用、金融サービス成長・競争力戦略の策定などが明らかになった。また、同氏は金融規制当局に対して、成長を重視した取組みを促すレターも送付している。この演説では、明確な規制緩和の方向性は示されなかったものの、政府がより経済成長に重点を置いた金融規制を推進していく方針が窺われた。
以上のように、英国では、EU離脱の恩恵を生かした金融規制改革が進められてきた。特に最近の英国の取組みは、英国金融セクターの国際競争力の強化を重視している点に特徴がある。今後、金融規制当局は、金融システム安定や消費者保護等の主要な目的の達成に努めるとともに、成長や競争力促進に関する第2の目的に沿った対応を検討することが求められる。例えば、PRAが2024年9月に公表したバーゼルⅢ最終化の実施に関する第2弾の政策文書(PS9/24)では、英国の競争力促進の観点から国際基準の一部を調整したことが明らかになった。
このような成長重視の規制政策は、金融機関の過度なコンプライアンス負担を軽減し、国際金融センターとしての英国の地位を高める可能性がある。その一方で、英国がEUから乖離した金融規制・制度の構築を進めることで、英国とEUの間の規制分断が深まり、国際的な金融機関の規制対応コストが増加する恐れもある。また、EU由来の金融規制の廃止・置き換えが段階的に進行している中で、今後の規制見直しの行方や全体的な影響については依然として不確実性が残っている。こうした中、英国で事業を展開する金融機関は、英国の規制改革の動向を注視するとともに、各種規制変更が自社のビジネスに及ぼす潜在的な影響を分析する必要があるだろう。
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執筆者
楠田 祥也/Shoya Kusuda
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ