最新動向/市場予測

足許の景気の状況を捉える:週次経済活動指数作成の試み

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.58

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、各国の1~3月期のGDP成長率は軒並み大きく落ち込んだ。外出制限等が始まったのは多くの国で3月半ば以降と、1四半期のうち2週間程度の期間にとどまったが、それでも米国は前期比年率▲4.8%、日本は▲3.4%、欧州に至っては▲14.4%と過去最大のマイナス幅となった。

こうした指標が衝撃的であるのは確かだが、あくまで過去の状況を表したものである。経済活動の再開が段階的に模索されるなど事態が刻々と変わる中、今必要なのはごく直近の経済の状況を把握することであろう。こうした問題意識から、米国のニューヨーク連銀は、週単位で経済の状況を示すWeekly Economic Index(WEI、週次経済活動指数)を作成している。これは10の週次統計の共通成分として推計されたものであり、その時点でのGDP成長率(前年比)を示唆する指数となっている。図表1をみると、WEIは3月半ばから下方屈折し、足許では▲11%程度と急激な落ち込みを見せている。仮にこの水準が1四半期続いた場合、4~6月期の成長率が前年比▲11%(前期比ベースに換算すると年率▲40%程度)の記録的なマイナス成長に陥ることになる。全米各州で(一部では前のめりともいえるような)経済活動の再開が進んでいるが、WEIからは5月半ば時点では景気が持ち直している様子はみられず、依然として米国経済が極めて厳しい状況にあることが読み取れる。

 

図表1 米国のWeekly Economic Index

米国のWeekly Economic Index
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日本では、米国よりも経済統計の公表が全般に遅いこともあり、こうしたタイムリーな現状分析が一段と重要と言える。週次もしくは日次レベルの公開データは少ないが、それでも最近徐々にその数は増えてきている。その一例が、POSデータを元にした週次の小売業の販売データである。月次の小売販売額(商業動態統計)が翌月末まで公表を待たなければならないのに対し、POSデータによる販売動向は1週間弱のラグで直近の状況を把握することができる。最近の推移をみると(図表2)、在宅時間の長期化を背景とした食料品・日用品需要の拡大から、スーパーやホームセンターの売り上げは3月以降一貫して前年を上回っているのに対し、コンビニやドラッグストアは弱含みが目立ち、特にコンビニは足許にかけて失速が鮮明だ。この間、家電量販店は4月末までは前年割れが続いていたが、5月入り後は売上が急増しており、業態間の差はもちろん、同じが業態でも時期によって状況が変わっていることが分かる。

 

図表2 POSデータによる週次の販売動向

東日本大震災後の東京都の第3次産業活動指数
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もっとも、小売店の販売はモノの消費という経済の一側面を捉えているに過ぎず、景気を全体として把握するには、家計消費の過半を占めるサービス消費や、企業の生産活動も考慮する必要がある。そこで、限られたデータながら、公表データを基に日本版のWEIを作成することを試みた。具体的には、上記のPOSデータから算出した全体の小売販売に加え、日次の電力需要、キーワード検索データから示唆される旅行需要(主要なサービス消費)と不動産関連の需要、旬別のデータが公表される輸出と輸入の金額(週次に換算したもの)を元に、米国のWEIと同様の手法で共通成分を抽出し、GDP成長率に対応するようスケーリングを行った。

試算結果(図表3)をみると、概ね四半期のGDP成長率の方向感を捉えていることが分かる。足許については、日本版WEIは3月半ばから急速に低下し、5月上旬にかけて大幅に落ち込んだが、ごく直近では下げ止まりつつあるように見える。4~6月期の経済活動の水準が1~3月期より大きく低下することは図から明らかだが、仮に持ち直しの動きが持続的すれば、景気の落ち込み幅が想定より軽くなる可能性もある。

 

図表3 日本版Weekly Economic Index(試算)

サービス消費の見通し(全国)生産額への影響
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もちろん、現時点で景気が底を打ったと判断するのは早計だが、今後そうした判断を行っていく際に、日本版WEIのような高頻度のデータを用いることで、景気の転換点をより早期に捉えることができる意義は大きい。指標の数やカバレッジ等の改善を通じ、現在のような急激な景気変動をタイムリーに捕捉できるよう研究を進めていく必要があろう。

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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