最新動向/市場予測

国家間協調の後退とポストコロナの世界

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.59

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の副産物として、米国と中国の政治的対立の先鋭化が挙げられる。中国の新型コロナウイルスの初期対応への疑念、そして中国による香港に対する国家安全法の導入方針の採択が、海外諸国の大きな批判と反発を呼んだ。米国は中国大手通信機器企業に対する制裁を強化、更に「一国二制度」を前提に香港に与えている関税などの優遇措置の撤廃方針をも発表した。中国はすぐさま、米国の大手IT企業を「信頼できない企業」リストに追加した。いずれもが、両国の国家安全保障の観点からの意味合いを含んだ措置である。欧州連合(EU)は国家安全法の導入に対しては批判的であるものの、米国による制裁に一方的に同調する姿勢ではなさそうだ。こうした国家間対立の激化とその多極化の動きは、5月の当コラム(「ポストコロナの世界を見通す:危機対応の3つの時間軸」)で述べた「③構造変化」の一要因となりうる。5月のレポートでは主に企業活動と社会の変化に起因する構造変化を述べたが、構造変化の要因として、更にこうした「国際政治」をも勘案する必要があろう。

デロイト トーマツでは、今後3~5年の新型コロナウイルス感染症の影響を見極める要素として「国内および国家間の協調の度合い」を挙げている(「COVID-19を契機に再構築される世界」)。国家間の協調度合いは、新型コロナウイルス感染症の収束状況に影響するのみならず、ポストコロナにおける経済構造をも規定する。デロイト トーマツでは、国家間の協調が進み感染症影響が抑制されるシナリオ、国家間の協調が進まず感染影響が拡大長期化するシナリオ、また中国や東アジアが早期に感染症を抑制して優位に立つシナリオなどを考察している。現状の新型コロナ対策は、少なくとも米・中・欧の間での協調は分断されている。中国は新型コロナ対策において「一帯一路」内での協調を進めている。欧州では現在、EUを一つの政治・経済ブロックとした枠組みで感染症対策を実施している。更に欧州ではEUによる共同債発行構想など、財政の共通化につながる動きもみられる。これは戦後、欧州共同体などの形で欧州各国が協調することにより米国やソ連などの大国と経済的に対峙しようとした政治的な動きと類似している。国家間の協調は、中国、米国、欧州というそれぞれの政治圏の中にとどまり、協調の度合いは極めて低いといえる。

中国の政治経済圏内にも変動が生じている。香港の民主化デモに対する中国の強硬な姿勢や国家安全法の制定により、香港から海外への人材流出が始まり、その多くは台湾に流れているとされる。新型コロナ以前から、台湾は中国からのいわゆる回帰投資により中国経済減速による生産拠点移転の受け皿の一つとなってきたが、香港問題はこうした流れを更に助長する可能性がある。更に国家安全法に対する米国の制裁により、香港の国際金融センターとしての地位低下の恐れがある。香港の地位低下は、中国に対する海外からの投資の窓口を狭めることになりかねない。ポストコロナではいわゆるチャイナリスクの再認識で中国中心のサプライチェーンの見直しが進むとみられるが、これが政治的要素からも加速する可能性がある。

米国トランプ大統領の登場以降、世界では非グローバル化の動きが進んでいた、新型コロナウイルス感染症はこの非グローバル化を更に先鋭化させる契機となっている模様だ。米中対立の背景はトランプ大統領の政治的な陰謀論との見方もありうる。しかし、複雑化したサプライチェーンが、かかる感染症のパンデミック化に対して極めて脆弱であったことから、経済構造の観点からもグローバルな物流の再編は不可避であろう。ここに更に政治対立の激化が加われば、ポストコロナにおいて政治・経済の双方において国家間協調の仕組みはますます後退する可能性があるといえる。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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