最新動向/市場予測

脆弱な景気と底堅い株価の共存は続くのか

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.59

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

各国で経済再開の動きが本格化している。日本では、5月末の緊急事態宣言の解除に続き、東京都でも休業要請が全面的に解除されることとなった。米国では、経済再開に最後まで慎重だったニューヨーク市がようやく段階的な再開プロセスを開始したほか、欧州では営業再開にとどまらず旅行の解禁へとステージが進んでいる。この間、新興国では、感染拡大ペースが減速し経済活動が正常化に向かっている国と、インドや中南米など、感染拡大が継続する中でも再開に踏み切らざるを得ない国とで明暗が分かれている。

こうした動きを背景に、家計や企業の景況感指数など、各国の経済指標は5月にかけて改善を示すものが増えてきている。多くの国で、景気は4月後半から5月半ばの間に底を打ったとみられる。もっとも、各種の規制が緩和・解除されても、飲食店における定員の抑制といった対応策や、人々の外出・消費行動の慎重化などから、新型コロナウイルス前の状態への回帰はなかなか見通せない。実際、米国では異常なペースで減少していた雇用者数が5月には増加に転じ、景気の回復期待が高まったが、消費や生産活動といった総合的な景気動向を表す週次の指数(ニューヨーク連銀算出のWEI、週次経済活動指数)は、6月に入ってからもほとんど持ち直していない(図表1)。WEIの落ち込み幅はGDPの前年比成長率に対応するが、10%程度のマイナスは、リーマン・ショック後の落ち込みをはるかに上回るものである。景気が底を打ったと言っても実態は下げ止まった程度であり、先行きを楽観視することは難しい。なお、WEIと同様の手法(本コラム先月号「足許の景気の状況を捉える:週次経済活動指数作成の試み」で紹介した方法を一部改変したもの)で日本についても週次の景気指数を作成してみると、日本も急激な景気の悪化が生じていることが分かる(図表2)。落ち込み幅がリーマン・ショック後並みにとどまっているのは米国と異なるが、6月に入ってからも景気の反発力が鈍いことに変わりはない。

図表1 米国の週次経済活動指数(WEI)

米国の週次経済活動指数(WEI)
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図表2 日本の週次経済活動指数

日本の週次経済活動指数
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こうした厳しい経済状況とは対照的に、金融市場では総じて明るい動きが多い。米国の株価は6月上旬にかけて上昇基調が続き、一時は感染拡大前の水準を回復する勢いであった。前年比では10%程度のプラスであり、大幅に前年水準を下回ったままの景気では説明がつかない。この乖離の背景にあるのは、各国の大規模な政策対応への期待、特に金融当局による措置への期待だろう。本コラム12月号「株価の下落リスクを探る」(新型コロナウイルス前の局面)では、中央銀行の供給するマネーが株価を押し上げていることを指摘したが、足許についても同様の説明が可能だ。すなわち、米国株価の前年比上昇率を景気要因(WEI)と金融政策要因(米国のマネタリーベースの上昇率)で説明する回帰式を推計すると、マネーを考慮しても10%程度割高であった(=下落リスクが高まっていた)昨年末とは異なり、足許では推計値からの上振れ幅は限られている(図表3)。株高は中央銀行が演出しているバブルであり、景気の裏付けがない分脆弱であるという見方もあるが、各国の中銀は極めて緩和的な金融環境を当面は継続すると表明していることから、株価の底堅さがすぐに失われるわけではないと言える。実際、感染第二波などへの懸念から6月中旬には一時大幅な株安が生じたが、その後株価は間もなく反発した。

 

図表3 米国株価の推計値(週次)

米国株価の推計値(週次)
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もちろん、感染第二波が局所的なものにとどまらず、春先に行われたロックダウンよりも大規模な制限措置が必要となった場合などには状況は変わってくるが、揺り戻しを伴いながらも感染をコントロールできる状況が続く限り、弱い景気と堅調な株価の共存は続くことが予想される。むしろ、マネーによる支えが大きい分、景気の回復が鮮明となり異例の金融支援策を巻き戻していく過程においてこそ、株価の下振れリスクが高まると言えそうだ。

執筆者

市川 雄介/ Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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