最新動向/市場予測

COVID-19による金融セクターへの影響とLIBOR移行対応への示唆

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.59

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の金融セクターへの影響を分析するレポートが、主要当局により5月に公表された。その内容を比較してみると、各国の金融セクターの状況に関しては、救済策に伴う資本規制などの緩和措置もあり、銀行セクターの資本は今のところ十分であると当局は認識していることが判る。ただし、中長期的に金融セクターが直面するリスク・課題には目配せが欠かせないと考えられる。また、後述の通り、英国BOE(イングランド銀行)が、中間金融安定報告書(FSR)において、LIBORの脆弱性が浮き彫りになったとの認識を示し、LIBORから代替金利への移行について、2021年末までに完了させることの重要性を改めて強調した点は極めて重要度が高い。以下簡単に議論を紹介する。

まず、各国金融セクターの状況に関して、当局見解を整理してみよう。例えば、米国FRB(連邦準備制度理事会)が、銀行業の状態やFRBの監督・規制活動について取りまとめた「監督・規制報告書」及び米国金融システムの頑健性に関するFRBの現在の評価を記した「金融安定報告書」を公表。本文書でFRBは、2019年の米国銀行のCET1自己資本比率(集計)は12%近くで、銀行は強固な自己資本ポジションを示していると言及。一方で2020年第1四半期に米国大手行の収益は大幅に減少したと指摘。また、「金融安定報告書」では、脆弱性に関するFRBの見解を示している。ポイントは、①家計・企業の負債、②金融セクターのレバレッジの論点であろう。

第一に、2020年初までに歴史的な水準を維持してきた企業債務(対GDP比)と、債務の増加が最もリスクの高い企業に集中してきた構造を鑑み、足許の経済活動の著しい縮小に伴う収益の減少は、企業の債務返済能力を縮小させていると指摘。また、家計セクターの一部の世帯の債務返済能力の低下が貸し手に重大な損失をもたらす可能性にも言及。

第二に、生命保険会社とヘッジファンドのレバレッジは、過去10年間では高水準を維持してきたと言及。こうした中、少なくとも一部ヘッジファンドは、深刻な影響を受け、市場の混乱に寄与しており、中期的なストレスをもたらす金融機関の損失の見通しは高まっていると報告されている。

また欧州のEBA(欧州銀行監督機構)は、新型コロナウイルス感染症の銀行セクターへの影響を分析した最初の報告書を公表。銀行セクターは世界金融危機時のCET1比率9%から2019年末には約15%と豊富な自己資本を保有。流動性カバレッジ比率(LCR)も平均で150%近傍を維持。2018年ストレステストに基づく感度分析では、信用リスク損失は、RWA(リスク・ウェイテッド・アセット)の3.8%に上る可能性もあり負の影響は不可避であるものの、資本は十分であると考えられると言及。もっとも、銀行はリスク評価を適切に実施する必要があり、今回の危機から受ける影響には銀行ごとに幅があるとの認識を示した。また銀行のオペレーショナルレジリエンスについては、各機関はコンティンジェンシープランを発動済みだが、返済猶予などの申し込みが急増し業務が圧迫されていると指摘。

更に、英国BOEは、金融政策報告書(MPR)とともに、中間金融安定報告書(FSR)を公表。FSR内でMPRでのシナリオに基づき実施したデスクトップ・ストレステストの結果を紹介している。その中では、COVID-19の影響を考慮した経済ショックによる英国銀行部門への信用損失が800億ポンドに上るものの、その規模は資本バッファーの半分に満たないと推計。ただしこの結果は、デスクトップ・ストレステストのシナリオに大きく依存しており、例えば、金利のシナリオに関しては、大幅な金利上昇を盛り込んだ2019年ストレステストとは対照的に、MPRシナリオは、低いままの政策金利と長期金利を前提とすることから、財政悪化などによる金利上昇リスクについては織り込まれていない点に注意が必要であろう。

また、すでに冒頭で述べた通り、BOEが本文書内で今回、市場でCOVID-19の影響が拡大する中、LIBORの取引の薄さが歪んだ金利上昇を招いたとの分析から、脆弱性が浮き彫りになったとの認識を表明。BOEは、LIBORから代替金利への移行について、COVID-19の影響により短期的には優先度の見直しもありうるとしつつ、2021年末までに完了させることの重要性を改めて強調した。COVID-19によりLIBOR移行準備に影響が及ぶとしても、2021年末のLIBOR停止の方針自体に変わりないことが改めて示されたと言える。本邦でも、6月に入り、金融庁が日本銀行と合同で、主要な金融機関の経営トップに対して、LIBOR公表停止に向けた対応の促進及び対応状況の確認を目的として、いわゆる「Dear CEO レター」を発出。金融機関では、足許で感染症拡大防止策や資金繰り対策が優先され、通常よりも業務維持に向けた実務面での難易度が高い中で、同時にLIBOR公表停止に向けた対応の加速が必要であることから、金融機関の対応は待ったなしの状況であることは間違いがない。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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