最新動向/市場予測

チェンジメーカーとしての中央銀行デジタル通貨~デジタルユーロの可能性

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.67

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり

2021年はデジタル化の動きが加速する中で、各国の中央銀行のデジタル通貨(CBDC)に関する研究・実験も大幅に増加する見込みだ。こうした中、BIS(国際決済銀行)は1月にCBDCに関する各国中央銀行の取り組み状況の調査結果をとりまとめた「Ready, steady, go? – 中央銀行デジタル通貨に関する第三回サーベイ結果」を公表。2020年時点で65中央銀行のうち86%の中央銀行が、ホールセール/リテールのCBDCに関する何らかの研究・検討を行っている結果となった。そのうち14%の中央銀行はパイロットプロジェクトの段階まで進んでいる状況である。

CBDCといえば、2020年10月には、7中央銀行とBISにより報告書が出され、CBDCに係る原則などの基本方針が公表済み。もっとも、実証実験を大都市で実施している中国や、リテールCBDCであるバコン導入が開始されたカンボジアなどを除けば、現実の仕様などが公表されている事例は少ない。ただし、BISサーベイの通り、各国での論点上の検討は進んでおり、今回は、網羅的な論点をカバーしているECB(欧州中央銀行)のデジタルユーロ報告書を紹介してみよう。

ECBは、ユーロ圏のCBDCに関する作業を進めるため、2020年1月にハイレベル・タスクフォースを設置。10月公表の報告書では、ユーロ圏におけるCBDC(デジタルユーロ)の導入に関連する法的、機能的、技術的な問題だけでなく、考えられる利益と課題を分析した特別部会の主な調査結果を紹介している。

前提として、この報告書は中央銀行が管理する高額な決済システムの伝統的な参加者(一般的には銀行)だけが利用できるのではなく、一般市民が利用できるリテール取引で使用するためのデジタルユーロの設計に焦点を当てている。報告書の内容としては、現在のユーロ圏の通貨制度を支えるユーロシステムの政策に基づいて、中核的な指針や個別シナリオごとのデジタル通貨の要件が設定され、技術的な論点だけではなく、経済的、財政的、法的な問題・影響を分析する構成となっている。個別のシナリオごとに最適な枠組みや想定される制度・仕組みには幅があるが、ここでは、より一般的に、デジタルユーロ発行の銀行セクター、金融政策、金融安定性への影響と検討されている制度設計上の論点を紹介してみよう。

まず、銀行セクターや金融政策、金融安定性への影響について、デジタルユーロの導入は、金融政策の伝播に影響を及ぼす可能性があるとされる。例えば、デジタルユーロの導入は、預金者の商業銀行預金が中央銀行デジタル通貨への資金移動を誘発する効果を持ちうる。これにより銀行の資金調達コストを上昇させ、結果として、銀行の信用量を減少させるかもしれない。デジタルユーロへの旺盛な需要が資金調達コストを上昇させるならば、経済全体の最適な投資と消費のバランスは変容し、最終的に資金の借手にとってより高い借入コストに転換される場合、経済活動は阻害される可能性すらある。また、信用供給への制約により、銀行がより高いリターンを選好したり、顧客に関する情報が減少し、そのリスク評価能力に悪影響を及ぼす可能性も論じられている。加えて、投資家は安全資産(ソブリン債など)をデジタルユーロに置き換えることができることになり、市中のリスクフリーレートに直接影響する可能性も視野に入れる必要がある。また、平常時だけではなく、危機的状況において、流動資産が商業銀行預金からデジタルユーロに急速にシフトする場合、銀行の取り付けリスクを高め、金融の安定性へのリスク要因となろう。

これらの事例から、金融政策の伝達や金融の安定性といった重要な問題への影響を考慮しつつ、デジタルユーロの設計を慎重に評価する必要があることを本報告書は強調している。特に、①デジタルユーロが家計や企業によって直接または仲介者を介して間接的にアクセス可能であるべきかどうか(デジタルユーロは間接アクセスを想定しているとみられる)、②デジタルユーロは付利(利息が付く)かどうか、③個々の利用者のデジタルユーロ保有量を制限すべきか無制限にすべきかどうかについて考慮すべきとされている。一方で、デジタルユーロの個々の保有高が少なすぎる場合、デジタルユーロは決済手段として魅力的ではなく、代替手段よりも競争力が低い結果となり、無条件で制約を課すこと自体はデジタルユーロの利便性と競争力をそぐ可能性があり、この点にも注意が必要であるとされている。

次にいくつか制度設計上の論点を紹介しよう。報告書内で目を引いたのが、上記でも言及しているデジタルユーロへの付利(利息の付与)と、オフラインとオンラインの併存という論点である。

現金には利息が付かないため、法定通貨を想定しているデジタルユーロに利息が付くという付利の議論には違和感があるかもしれない。しかし、EUでは金融政策の有効なツールの選択肢として、デジタルユーロへの利息を調整するという議論が展開されている。もっとも付利を想定する場合、①個々人が保有できるデジタルユーロには上限が設定されたり、②投資家が多額のデジタルユーロを保有する場合には段階的に利息を調整することで、投機的な資金移動をコントロールする選択肢を視野に入れつつ議論が展開されている。また、付利を行う場合、海外通貨への通貨代替のリスクも考慮して、クロスボーダーでのデジタルユーロの保有・利用には一定の制約を設定するという論点も含まれている。

オフラインとオンラインの設計上の問題に関しては、災害時のオフライン使用や、匿名性の確保ニーズへの対応からオフラインのデジタルユーロの可能性や利便性を評価するものの、付利(特に利息の調整)やクロスボーダー利用、金融犯罪の防止の側面からは、オンライン機能との併用を議論している点も興味深い。

ECBでは、より魅力的で効率的なデジタル経済移行に向けた政策メニューの一つとしてのデジタルユーロの可能性も考慮しつつ、今後市中協議結果なども踏まえ、今年中に、デジタルユーロプロジェクトを開始するか否かの方針が打ち出される予定。昨年後半から市中での使用実験が開始されている中国デジタル人民元などの動向も市場規模の観点から注目度が高いが、ユーロシステム自体が、EUという枠組みを背景とした多数の国家をまたいだ通貨システムであることを考慮すると、デジタルユーロは、多様な可能性を秘めていることは異論がなかろう。当面、デジタルユーロの行方から目が離せない。

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

お役に立ちましたか?