最新動向/市場予測

構造変化の顕在化:半導体市場

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.67

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

国家間協調の後退や新型コロナウイルス感染症により、グローバル経済・社会に構造的な変化が起きる可能性は、2020年5月6月の本レポートで提示していたところである。コロナショック当初の混乱から経済・社会が安定した回復軌道に入る中で、構造変化の徴と考えられる事象が目立ち始めている。

昨今の半導体不足は、国家間協調の後退と新型コロナ感染症がもたらす構造変化の顕れといえる。グローバルな半導体不足は、米国の中国IT企業への制裁による供給減と、新型コロナ感染症による社会生活の変化に伴う需要増との同時発生に起因する。中国では、米国からの設備や材料の調達ルートが遮断されたことで半導体生産が大きな打撃を受けている。代わって半導体の代替調達先として台湾への発注が急増、台湾の半導体メーカーの株式時価総額は世界の同業他社比で第1位に躍り出ている。それでも世界の需要に供給が追い付かず、諸国の自動車製造業は一時的な生産縮小に追い込まれている。新型コロナ感染症以前から、いわゆるチャイナ・リスク回避のために、海外企業の中には生産拠点を中国から台湾やベトナムなどの他国にシフトする動きがあった。この動きが、米中対立や新型コロナ感染症によりさらに進行したといえる。

米中対立によるサプライチェーン分断やハイテク製品需要増加基調は、米国の政権交代後も、また今後新型コロナ感染症が収束しても、おそらく再転換することはないだろう。米国トランプ政権時代から、中国企業への制裁には共和・民主両党の超党派合意があった。バイデン新政権は、国内産業育成、国家安全保障、中国の人権問題批判の観点から、前政権と同様に制裁を継続すると考えられる。これに対し中国は半導体の完全国内自給を目指している。現在ではその見通しは立っていないものの、仮にこれが実現した場合、いわゆる中国独自の経済圏がさらに強固になるといえる。

しかし、半導体のサプライチェーン変革はこれで完了したわけではない。現状では台湾が世界の供給の多くを担っている形だが、その持続性には不確実性が伴う。例えばある日本の電機メーカーは、半導体調達先として台湾はあまりに地政学リスクが高いため、別途の調達ルート開拓が必要と見ているとのことである。いったん台湾にシフトした半導体のサプライチェーンも今後さらに変動する可能性がある。さらに、新型コロナ感染症も後押ししている企業の気候変動への取り組みの一環として、製造業は半導体生産工程そのものの変革を迫られている。大量の水と電力を必要とする半導体生産は、潜在的に水の環境破壊やCO2排出につながる企業活動といえる。関連企業は、半導体製造方法を大幅に見直し、脱炭素化の開発を進めていると聞く。

半導体のほかにも、財政や福祉の拡大による政府の役割の変化、オンライン販売増加に伴うロジスティックスの変革(現状ではこれが輸送コスト上昇に表れている)など、表面化しつつある構造変化は数多い。新型コロナ感染症拡大から1年にして構造変化が顕在化していることは、今後も経済社会変革が予想以上のスピードで進む可能性を示唆している。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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