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米英EUの2021年ストレステストシナリオ~ポストコロナのマクロシナリオへの挑戦
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.68
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
2020年春以降、新型コロナウイルスの影響で金融機関向けストレステストを中止・延期していたEU・英が2021年に入り早々にストレステストシナリオを公表し、2020年に過去初めて1年間で2度のストレステストと感応度分析を実施した米国も、2月にストレステストシナリオを公表した。今後夏までに各国の対象金融機関はストレステストを実施し、ストレステストの結果概要が出そろうことになる。公表された各シナリオを見ると、当局ごとの問題意識が、シナリオの中で浮き彫りになる点で非常に興味深い内容となっている。
本稿では、最初に各国のストレステストの概要と過去の経緯を整理し、続いて特に、景気減速シナリオを描く(シビアリー)アドバースシナリオ(英国では、ストレスシナリオのみ)に注目し、各国のシナリオの基本的な考え方と問題意識を比較する。
まず米国連邦準備制度理事会(FRB)では、前述の通り、2020年に2回のストレステストおよび感応度分析の中で、様々なパターンのマクロ経済シナリオを想定し、大手金融機関向けの資本状況のモニタリングを実施してきた。特に、目まぐるしく変化するコロナ感染状況とそれに起因する行動制約という環境変化を踏まえ、FRBは足許の大手銀行の資本の状況を確認しつつ、資本配分(配当や自社株買い)の制限の方針を確認・決定した。昨年末には、当該配当制限は、コロナ初期の不確実性の最も高い局面の措置からはやや緩和され、一定の条件下での資本配分が今後認められるが、現在の制限措置は当面2021年1Qまでとなっており、今後もFRBは注意深く大手銀行の状況をモニタリングする姿勢を維持している。
次に英国では、2020年のストレステストはロックダウンの影響もあり早々に中止が決定し、イングランド銀行(BOE)はデスクトップ上の資本強靭性を検証する分析を8月に実施した。12月には英国内の主要金融機関の資本の強靭性が確認されたと判断し、BOEは資本配分政策の緩和(条件付きの資本配分を今後認める方針)を同様に打ち出した。
最後に、EUでは、コロナの影響で、通常、隔年(偶数年)に実施される2020年全域ストレステストが2021年に延期となった。結果として、2021年と2022年の2年連続でのストレステスト実施が見込まれている(欧州銀行監督局(EBA)および欧州中央銀行(ECB)による実施)。なお配当制限に関しては英国同様に、2020年春先と比較し、景気急減速のリスクが緩和されていることもあり、米国・英国と同様に昨年末に条件付きで緩和されている。
次に各ストレスシナリオの特徴をみてみよう。各国でストレスシナリオはいくつかのパターンがあるが、本稿では、公表されている景気悪化シナリオである、米国シビアリーアドバース、EUアドバース、英国ストレスの各ストレスシナリオを比較してみる。まず、共通点としては、不動産価格の大幅な下落や失業率の回復のペースの緩慢さ、加えて、足許の株高を映じた株価に対する急激なストレス等があげられる。もっとも、想定する株価の下落幅には幅があり、株価の下落幅の極限をどのように見ているかという意味では興味深い。
一方で、シナリオの設定期間は、最長は英国で2025年末までをシナリオ期間とする一方で、米国は2024年初まで、EUは2023年末までと幅がある。特に、英国は中期シナリオであることもあり、コロナによる消費・支出パターンの重大な変化(旅行・娯楽等への支出減等)を考慮し、これらのトレンドが継続し定着する場合の英国の銀行システムに対する潜在的なリスクを検証することに重点が置かれるという特徴がある。また英国ストレスシナリオは、米国、EUと比較すると2021年第一四半期に世界生産や貿易量の前期比10%程度の急減速を想定しており、米国と比較しても深いシナリオを想定している。(なお、欧州は四半期ベースで想定数値を公表していないため、四半期ベースでの落ち込み幅の比較は厳密にはできない点に留意が必要であるが、EUシナリオは急激な落ち込みよりも後述するように極めて脆弱な回復パスに特徴がある。)
次に回復パスに関しては、各国のリスクのとらえ方にバリエーションがある。最も特徴的なのは、EUシナリオだ。EUシナリオはコロナ以前から長期停滞シナリオに大きな関心があったこともあり、今回もその流れを引き継ぎ、コロナの影響が長引き、「より長い期間でより低い」金利環境が続くと想定している。景気後退が長期化する可能性があるという前提に基づき、景気回復ペースは最も遅い(暦年でみると、ユーロ圏実質GDPは2021年前年比▲1.5%、2022年▲1.9%、2023年▲0.2%と3年連続マイナス成長という格好)。ロジックとしては、景況感の悪化が長期のリスクフリーレートをさらに引き下げ、GDPの縮小と失業率の上昇をもたらすと想定し、結果として、企業収益が悪化し、市場関係者の期待や住宅用・商業用不動産の価格の大幅な下落を想定するという悪循環を描いていると考えられる。
対照的に米国シナリオは、回復ペースが速く、ストレスシナリオ後半は高めの成長率となっている点も興味深い。シナリオを設定するガイドラインを読んでみると、数値モデルによる推定よりも、過去の景気後退局面からの回復パスの経験を演繹的に模倣するという傾向が強いようだ。
いずれのシナリオも示唆に富むものであるが、コロナの影響に伴う不良債権などの積み上がりが、実際に景気への足かせとなるのは何時からか?という視点からは、EUのシナリオが政策面での示唆に富むと考える。ロックダウン下でのモラトリアム期間中の不良債権分類の緩和、政府保証の下支え効果、その他資本・流動性規制の緩和措置などにより支えられている貸出が、徐々に平常モードに戻るタイミングにおいて、万が一、景気が思うように回復しない場合にはどのような環境を想定すべきなのか。コロナ後を見据える場合には、欧州当局も想定しているように、状況に応じて、緩和措置からの復帰ペースを柔軟に調整する必要があるのではないか、など、様々な視点から、金融の安定性へのリスクと政策の可能性を検証すべきであると考えられる。
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