最新動向/市場予測

続・構造変化の顕在化:米中関係

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.68

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

国家間協調の後退や新型コロナウイルス感染症により、グローバル経済・社会に構造的な変化が起きる可能性につき、先月の当レポートでは半導体市場に代表されるサプライチェーンの変化を挙げた。国際関係の領域では、米中対立の先鋭化がバイデン政権の発足でより構造的な形で顕在化している。

米国バイデン大統領は国務省における2月4日の演説※1で中国を「最もシリアスな競争相手」と表現し「我々は中国の人権、知的財産、グローバルなガバナンスへの攻撃を跳ね返すため、中国の経済的な悪行、攻撃的で高圧的な行動に対抗していく」と述べた。3月18、19日に米国アラスカ州で開催された米中の外交トップ会談では、冒頭から両者が相互の立場を強く主張する光景が報道された。会談後19日の記者会見※2で米国のブリンケン国務長官は「(米国と中国が)根本的に相いれない領域がある」ことが確認できたと述べた。バイデン大統領の「グローバルなガバナンス」、ブリンケン国務長官の「相いれない領域(=ウイグル、香港、台湾に対する中国の行動などを指している)」という言葉は、米国の国益のみならず、より普遍的な視点からの国際関係へのアプローチを示唆していると思われる。

中国は、米国による中国IT企業への制裁に対し自国の半導体生産能力の増強を図っているほか、全国人民代表大会で示されたように、設備投資拡大による部品輸入と製品加工・輸出により高成長を維持する過去の経済政策から、国内の格差是正などによる所得基盤の底上げを図る政策に転換しつつある。また、従来の「一帯一路」戦略に加えてコロナを契機とするワクチン外交などにより、中国独自の経済圏の確立を図っているといえる。上記の会談において楊中国共産党政治局員らは、米国の係る示唆に対し「米国が自国流の民主主義を他国に押しつけるのをやめることが重要だ」「中国は米国側に、内政干渉を通じて主導権を握ろうとするのをやめるよう促す」(3月19日付日本経済新聞電子版)と反論したとされる。これは主に政治や人権の文脈における発言であるが、米国がすでにグローバルな政治において(そして経済においても)主導的な立ち位置にはないという見方を明言したものといえるだろう。

こうした対立は、トランプ政権時代以上に「根本的な」対立である。特に、バイデン大統領が米国の他国への政治的影響力確保を目指しているとすれば、貿易赤字縮小という個別具体的な最終目標をめぐる対立よりもさらに長期にわたる対立になる。また、トランプ前大統領が主に首脳同士の相対交渉を採用していたのに対し、バイデン大統領は、日米豪印による対中対策協力など、多国家にまたがる交渉に訴える方向である。すると、米中の対立はより構造化して陣営間の対立となり、さらにはグローバルな経済圏の分断とサプライチェーン変革を促進するだろう。民間企業にとっては、かかる政治主導の構造変化に如何に適応していくかが課題となる。政治に起因する変化が各企業の利益と相いれない局面が今後より長期間継続するリスクは勘案しておくべきであろう。今回のアラスカ会談における両国の論争は米中の分断が簡単に解消できないことをきわめて明示的に象徴する出来事だといえる。一方で、かかる分断を見える化することで、周囲にとっては将来の不確実性が多少とも後退する期待は持てるといえる。

なお、米国新政権の人権重視の外交が、コロナ危機後の構造変化の中で米国の立ち位置を有利にするために有効かについては、疑問の余地なしとしない。米国の人権重視アプローチはその中東政策にみられ、バイデン政権は1月にサウジアラビアへの武器売却を一時凍結、またブリンケン国務長官は2月に、イエメンの武装組織「フーシ派」のテロ組織指定を解除した。イエメン内戦に伴う人道危機への対処とされている。しかしながら、米国の人権外交は現状功を奏しておらず、むしろその後内戦は激化の様相を呈している。トランプ政権により構築された、米国・イスラエル・アラブの協調とイランへの対抗体制の巻き戻しといえるこのアプローチは、人道面での整合性はあるものの、国際関係のバランス維持という観点からはやや現実味を欠いているように見える。

 

※1 THE WHITE HOUSE, Remarks by President Biden on America’s Place in the World (February 04, 2021)
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/04/remarks-by-president-biden-on-americas-place-in-the-world/

※2 U.S DEPARTMENT of STATE, Secretary Antony J. Blinken and National Security Advisor Jake Sullivan Statements to the Press (March 19, 2021)
https://www.state.gov/secretary-antony-j-blinken-and-national-security-advisor-jake-sullivan-statements-to-the-press/

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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