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最新動向/市場予測
加速するESG開示~開示の質の向上に向けてデータ構築を急ぐフェーズへ
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.69
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
気候変動対策の中で、最近取り組みが加速しているのは開示の部分であることは議論の余地がないであろう。例えば、英国では、英国政府が、上場企業・大規模な非上場企業等によるTCFD提言に沿った気候関連財務情報開示を義務化させるための提案に関する市中協議を開始しているほか、ニュージーランド政府は4月に入り、金融業界等を対象に、気候変動が財務等に与える影響に係る情報開示を義務付ける法案を議会へ提出。
こうした中、取り組みが先行している欧州では、3月には欧州銀行監督局(EBA)が、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)で構成されるESGリスクにかかる第3の柱におけるESG開示要件の詳細を市中協議。この中で、Eの部分の実際の開示用テンプレートや欧州タクソノミー(タクソノミーではそれぞれの経済活動がサステナブルかどうかを分類する基準を示している)に添った開示方法について全容が見えてきた。この中でコアとなるのが、green asset ratio (グリーン資産比率:GAR)である。これは、タクソノミー分類にそって、どの程度金融機関の活動が気候変動対策に適合しているかをバランスシート上の項目を使いデータ開示を行うものである。
対象となる各金融機関は2022年6月からESGリスク情報の開示を開始しなければならず、初年度の開示は年次ベース、以後は半年ベースとなる見込みだ。今後、タクソノミーをポートフォリオにマッピングするためにはクライアントとの広範な連携や外部データソースの活用が必要になり、データ収集機能への多大な投資が必要になる可能性がある。本稿では、各このESG開示の項目・考え方等について簡単に紹介する。
第一に、環境(Environment)だけではなく、社会(Social)、ガバナンス(Governance)にも定性情報の開示が必要な点に留意が必要である。各リスクカテゴリーにおいて、開示要件はガバナンス、ビジネスモデルと戦略、リスク管理の3つの側面を対象とする項目を開示する表に添って、記載・開示しなければいけない。
第二に、環境(Environment)の部分は、より詳細な定量情報・分析結果の開示が必要となり、①移行リスク、②物理的リスク、そして③グリーン資産比率(GAR)の要素が含まれている。
①移行リスクの部分は、銀行勘定における、セクター別エクスポージャーの質を開示(テンプレート1)、銀行勘定の移行リスクに係る特定のセクター分類別のエクスポージャーについての残存年限バケット(テンプレート2)、銀行勘定の移行リスクのうち、不動産担保融資を担保のエネルギー効率の視点からの開示(テンプレート3)、炭素集約度上位の企業に対する銀行勘定におけるエクスポージャー(テンプレート5)等が含まれる。
なぜこのような網羅的な開示をするのであろうか。実は、それぞれのテンプレートには気候変動の長期的な影響である移行リスクの主な構成要素が含まれており、例えば、テンプレート2の残存年限に紐づけた開示に対する要件は、気候変動に関連するリスクは、長期的に顕在化するリスクであり、パリ協定や欧州グリーン・ディールに盛り込まれた環境目標の達成期限が近づくにつれて、移行に伴うリスクが顕在化する可能性があることを踏まえたものとなっている。また、融資担保については、後述する通り、移行リスクと物理的リスクの両面から分析が必要となっており、移行リスクに関しては、将来的に、不動産に係るエネルギー効率が政策面で影響する等の考え方から、商業用不動産及び住宅用不動産を担保とする融資や担保の再保有に関し、各担保不動産のエネルギー効率に基づく開示をする。さらに、テンプレート5は、より直接的であり、今後の政策動向により大きな影響を受ける(信用力の低下の可能性がある)エクスポージャーと位置づけられる特定の炭素集約度の高い企業情報をより詳細に開示する。
更に、移行リスク関連の追加として、テンプレート6は、気候変動移行リスクにおけるトレーディング勘定ポートフォリオの情報を開示する。金融機関の非金融法人向けトレーディング・ポートフォリオの構成を、経済活動のセクター別に把握するものである。金融機関は、取引相手国×セクター別に、非金融法人向けにトレーディングのために保有する金融商品に関する情報を開示し、カウンターパーティセクター別の配分は、直接のカウンターパーティのみに基づくものとなる予定。つまり、複数の債務者が共同して負担するエクスポージャーの分類は、当該機関が当該エクスポージャーを付与するために適切な、又は決定的な要素となる債務者の特性に基づいて行うと記載されている。
続いて、②は気候変動のうち物理的リスクに関する定量的な開示のパートとなる。テンプレート7は、気候変動の物理的リスクにさらされている銀行勘定のエクスポージャー(不動産担保等含む)についての開示。このテンプレートには、気候変動の急性および慢性的な事象の影響を受ける分野および地理的地域について、経済活動のセクター別および地域別の情報が含まれ、物理的リスクを様々な外部データベースを用いて計測する必要がある。非常に困難な作業が想定されるため、移行期間中、簡易版と拡張版の2つのバージョンが存在する。
最後に、①「気候変動の緩和」、②「気候変動への適応」に向けたアクションに関する定量的情報のパートとなり、テンプレート8は、グリーン資産比率(GAR)算出用資産のシートと位置づけられ、最終的なグリーン資産比率(GAR)およびその他の関連KPIの計算に必要な情報が含まれる。金融機関は、銀行勘定の貸出金、負債証券および資本性金融商品に関する情報(売買目的で保有されていないもの)をこのテンプレートにおいて開示(ストックとフローの両方の情報が含まれる)。それらの項目は、タクソノミー規則に従って、「気候変動の緩和」、もしくは「気候変動への適応」の目的のために、タクソノミーの対象となる部門に対するエクスポージャーの内訳等の詳細情報を提供する。最終的に、テンプレート8における算出結果を踏まえ、特定の貸付、経過的な貸付等の分類における環境目的別および取引セクター別の内訳を含む、当該機関のグリーン資産比率の全体像をテンプレート9において開示する。
上記の通り、GARはEUタクソノミー規制を反映したものであるためEU固有の考え方ではあるが、定量情報の開示のうち、移行リスクや物理的リスクの算出・開示の考え方については参考になる視点も多い。定量的な開示やリスク計量方法は、現状、試行錯誤が必要な領域の一つであり多くの課題を抱えているが、長期的な時間軸を持つ気候変動リスクを金融機関のエクスポージャーにどのように結びつけるかが、開示の質を左右する要素になることは間違いなさそうだ。
テーブルおよびテンプレートは以下の通り。
テーブル/テンプレート | 内容 |
---|---|
テーブル1 | 環境リスクに関する定性情報 |
テーブル2 | 社会リスクに関する定性情報 |
テーブル3 | ガバナンスリスクに関する定性情報 |
テンプレート1 | 銀行勘定:セクター別のエクスポージャー |
テンプレート2 | 銀行勘定:分類セクター別の保有償還年限 |
テンプレート3 | 不動産資産を担保に持つ貸付 |
テンプレート4 | 銀行勘定用の調整表 |
テンプレート5 | 銀行勘定用の炭素集約的な企業へのエクスポージャー |
テンプレート6 | 気候変動移行リスク/トレーディングブックポートフォリオ |
テンプレート7 | 気候変動物理的リスクに対する銀行ブック上のエクスポージャー(簡易版・拡張版を含む) |
テンプレート8 | グリーン資産比率:GARの計算用資産 |
テンプレート9 | GAR KPI |
テンプレート10 | その他気候変動への軽減アクション |
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