最新動向/市場予測

再考・住宅市場の上昇トレンド

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.69

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

各国で住宅価格の上昇が続いている(図表1)。リスクインテリジェンス メールマガジン2020年10月号では、昨年半ば時点の住宅価格の上昇トレンドは景気(ファンダメンタルズ)からの乖離が目立っており、脆弱さを抱えていることを指摘した。大規模な財政支援策を受けて、急激に悪化した景気とは対照的に各国で家計の所得が増加した(もしくは落ち込みが限定された)ことが価格上昇の大きな要因であり、政策効果の剥落が予想される中では先行きに対する慎重な見方を示した。しかし、米国を筆頭にその後更なる財政支出の拡大が進んだほか、昨年後半の景気の反発が想定よりも力強かったことから、先進国を中心に上昇ペースが一段と加速した。年初以降の月次データを得られる国をみても、比較的急ピッチで金利上昇が進んだにもかかわらず、価格の上昇基調に変化はない。

図表1 実質住宅価格の推移

ドルの名目実効レート
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無論、いずれ政策支援は終了し、住宅価格は景気が示唆する水準に収束することになるため、ファンダメンタルズによる評価の重要性が失われたわけではない。しかし、過去の景気悪化時と比べて、今般の局面では各国の積極的な政策対応が目立っており、家計所得という観点では住宅市場には当面追い風が吹くことになる。そうした状況では、住宅価格をGDPからだけではなく、所得との見合いでも評価する必要があろう。そこで、データの得られる主要国の住宅価格について、GDPが示唆する長期的な均衡値からの乖離と、価格の所得比(金融危機前のピークとの比較)という2つの指標から評価した(図表2)。

図表2 住宅価格の評価

日米の実質金利差
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これをみると、住宅市場の力強さが指摘されている米国や英国ではファンダメンタルズからの乖離は目立つものの、所得対比では過熱感は限られ、政策支援が続く限り価格の調整リスクは低いとみられる。一方、カナダやドイツではファンダメンタルズ、所得対比のいずれでみても住宅価格は大幅に上昇しているほか、豪州も所得水準から見れば割高だ。このうちカナダと豪州の中央銀行は、緩和的な金融政策を継続することを表明しつつも、最近では住宅市場における過熱感への警戒を示すに至っており、政策決定の材料として考慮される可能性がある。ドイツについては、他の大半の国と異なり金融危機前の住宅価格が一貫して下落トレンドにあったことから、足許の割高感がやや過大評価されている面はある。しかし、新型コロナ後の価格上昇が加速しているのは確かであり、金融政策が独立しておらず緩和的な金融環境が醸成されやすいという構造的な特徴を踏まえれば、住宅市場のバブル化に注意が必要だ。なお、ドイツ以外の欧州や日本では、価格上昇ペースは緩やかなものにとどまっている。

こうした国レベルの分析に加え、足許ではミクロな視点からの分析も欠かせない。新型コロナ禍の影響を受け、株価上昇等の恩恵を受けた富裕層の住宅購入意欲が強まり、高額物件の販売増が平均価格を押し上げていることや、住宅需要が全体として中心部から郊外エリアにシフトし、価格パターンが変化しつつあるということが多くの国で指摘されている。東京都内(島嶼部除く)の地価上昇率の分布を見ると、昨年までは高級住宅地ほど価格上昇が目立っていたが、今年(1月1日時点)は価格帯別の分布にほとんど差がみられず、傾向が一変した(図表3)。そうした中でも、坪単価300万円以上の一部エリアで小幅ながらプラス(0〜+2%)となっていることは、高額物件の需要の根強さを示唆している。逆に、坪単価100万円未満の一部地域では依然として下落幅が大きい(▲4%〜▲2%)ことを踏まえれば、郊外エリアの中でも選別の動きが進んでいると言えよう。これまでも不動産価格は二極化や個別化が進んでいたが、新型コロナ禍を経て、その傾向が加速する可能性がある。

図表3 東京都内住宅地の地価上昇率分布(各年1月1日時点)

実質金利差が示唆する為替レートの理論値
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執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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