最新動向/市場予測

米国では、ESGのSへの取り組みが加速

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.70

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
 

バイデン政権発足後、米国ではESGの取り組み、とりわけEの気候変動対策に注目が集まっている。他方で、ESGのうちS(社会面)の取り組みも急速に進展しており、金融規制の側面でも、特にコンダクトリスク管理などの側面で、注目度が高い。

人権やダイバーシティーに関わる問題はバイデン政権における重要課題の1つであることは強調するまでもない。新型コロナウイルス感染症の影響は、社会的脆弱層に悪影響が偏る傾向が顕著で、米国では所得間格差や人種間格差問題の深刻化、また対面サービスで女性従業員が比較的多いなどの労働市場の構造的な歪みなどが、従前からの社会の分断を助長している側面もあるという認識もある。こうしたなか、社会的な機能の一端を担う金融機関に求められる当局や社会の目線は高い。

3月にバイデン大統領が、ホワイトハウス内にジェンダー政策評議会を設立する大統領命令に署名した。この評議会は、数多くのアジェンダを持つが、ジェンダーの平等および平等を促進するための連邦政府の努力を調整する役割を担う。眼を引くアジェンダとしては、①女性の労働参加を阻む構造的障壁に対処し、賃金と富の格差を縮小することによって、経済的安全保障と機会を拡大する、②アメリカ人家族の介護ニーズに対応し、介護労働者を支援する、 ③ジェンダーの平等を支援し、科学、技術、工学、数学 (STEM))分野への参加を促進するなど、教育におけるジェンダーの固定観念への取り組み、④リーダーシップにおける男女平等を促進する、⑤新型コロナウイルス感染症が女性や少女、特に健康、ジェンダーに基づく暴力、教育へのアクセスと達成、経済状況に関連した人々に与える影響への対応に取り組む、⑥外交、開発、貿易、防衛を通じて世界的な男女平等を推進するなどで、多様な政策目標が掲げられている。

この理事会には、主な政府組織の長がメンバーとして参加し、政策面での調整を行うこととされており、この動きも受けて、金融規制当局や立法サイドの対応強化が進んでいる。

例えば、4月には、米国下院金融サービス委員会は、ESG開示やダイバーシティ・マイノリティに対する政策に係る内容を含む以下の 8法案を可決しており、その中には、The Federal Reserve Racial and Economic Equity Act (H.R. 2543):FRBに対して雇用、収入、財産、信用供与において人種および民族的格差の解消を要求するものや、The Real Estate Valuation Fairness and Improvement Act (H.R. 2553):地域の人種構成や所有者の人種によって不動産評価が異ならないようにする連邦鑑定基準などの見直しなども含まれている。

このほか、消費者金融保護局(CFPB)が、与信取引で性差別を禁止する信用機会均等法(ECOA)等の取り扱いを明確にするために解釈規則を公表。また、米国証券取引委員会(SEC)の Martha Miller中小企業資本形成担当が、過小評価されている女性、マイノリティ、過疎地域の住民が創業した企業の資金調達上の障害を是正すると講演。連邦準備制度理事会(FRB)のPowell議長も、公正な貸付を促進するための監督ツールについて言及。当該ツールは公平住宅法(Fair Housing Act)やECOAなど関連法規に準拠して差別がない信用拡大を確保し、インクルージョンの促進および持ち家や教育に対するアクセス改善を分析するもので、FRBの政策方針の一環として、公正な貸付を重視する姿勢を強調している。

ESGへの対応を推進することで、社会問題の解決とコロナ後の回復と成長を見据える姿勢は、米国と欧州である意味共通しており、中長期的に企業側の姿勢・対応が問われると想定される。金融機関も目線を上げて取り組む必要性が高い。

 

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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