最新動向/市場予測

インフレリスク圧力じわり:米国の消費者物価

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.70

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
ディレクター
勝藤 史郎
 

当方では従前、原油価格等の一時要因を除けば実体経済におけるインフレ率上昇の懸念はないと考えてきた。しかしながら昨今の動向からは、ややインフレ警戒的な見方にスタンスを修正せざるを得ない。4月の米国消費者物価のうち、食品・エネルギーを除くコア指数は、前年比+3.0%と大幅に上昇ペースを加速させた。主に中古車価格やレンタカー料金の大幅な伸びが指数全体を押し上げた。中古車やレンタカーは、半導体供給制約による自動車生産の停滞という一時的影響とも考えられる。一方で、時にかく乱要因となる中古車や住宅家賃を除いたコア指数も同+2.0%と、すでに2%の上昇を示している。食品・エネルギー、家賃および中古車・トラックを除く消費者物価指数の伸びも同+2.6%と、2%を超える伸びとなっている。こうした指標は、米国のインフレ圧力が必ずしも一時的なものではない可能性を示唆している。

現状の経済における一時的なインフレ要因としては、経済回復や新型コロナの影響による需要増(銅などの原材料価格、コンテナ等の輸送費など)、国際政治や自然災害など外的要因による供給制約(半導体や同製造装置、原油、中古車など)、金融緩和による資産価格上昇(住宅価格、家賃など)がある。より持続的な要因としては、経済全体の需給ひっ迫(米国財政拡大による経済の需要超過への転換)、国際的なサプライチェーンの変化に伴う需給の偏在(半導体など)、新型コロナによる生活形態や労働市場変化(住宅価格、家賃、賃金など)が考えられる。賃金については、失業率が十分に低下しない状況下でも、雇用のミスマッチによる自然失業率の上昇で、賃金が失業率の低下に先んじて上昇する可能性がある。当方では新型コロナ拡大後の時間当たり賃金上昇の要因を、低賃金雇用者の労働市場からの退出など、均衡の一時的歪みによるものとみていた。しかし、報道によれば、米国の巨大オンライン販売業や大手飲食業は労働力不足解消のため時給を引き上げて採用を拡大する計画であるとされている(5月13日付WSJ紙)。これは賃金上昇が労働市場の広範囲に広がる可能性を示唆している。

こうした企業の生産コスト上昇の消費者物価への波及は、生産者物価や輸入物価の消費者物価への転嫁如何に依存する。ここでも当方では、新型コロナ下の経済回復途上では、生産コスト上昇の消費者への転嫁には相応の時間がかかるとみていた。また、主に需給がタイトな製造業(財)の価格上昇は、景気回復の遅いサービス価格の上昇で打ち消されるともみてきた。しかしながら報道等によれば、原材料や輸送費の高騰を小売価格に転嫁する動きが米国では広がっている模様である(5月9日付日本経済新聞)。また、上記の4月の米国消費者物価指数の内訳は、レンタカー料金や航空運賃などのサービス価格にも価格転嫁が進みつつあることを示唆している。政府の給付金等により家計貯蓄と積み上がり需要が蓄積している米国では、ロックダウン解除により消費が可能な環境になれば消費拡大がさらに加速する可能性がある。係る環境下では生産コストの価格転嫁も比較的容易と企業が判断する可能性は充分にある。

インフレ圧力の持続可能性を確認するには今しばらくの指標注視が必要であるし、現在の物価上昇がただちに経済や市場の悪化をもたらすほどに深刻なものとは思えない。しかし、ポスト・コロナにおける構造変化、特に労働市場のミスマッチや国際的サプライチェーン変化などが実体経済指標に反映されている例として、インフレ動向は注目に値するといえるだろう。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ ディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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