最新動向/市場予測

先行3カ国にみるワクチン接種の効果

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.70

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

国内では新型コロナウイルスの感染状況がなかなか改善しない一方、米国や欧州の一部の国などでは、感染者数が大きく減少し、各種の制限措置が相次いで緩和されている。状況改善の大きな要因として指摘されているのがワクチン接種の進展であり、日本でも接種の加速を求める声が強まっている。もっとも、感染状況の改善は、国によっては厳格な行動制限が寄与している場合もあり、全てがワクチン接種の効果によるものではないだろう。そこで、接種が他国に先駆けて進んだイスラエル、英国、米国の3カ国を対象に、ワクチン接種の効果を検証してみよう。

まず、3カ国のワクチン接種のスピードをみると、特にイスラエルが突出して速いことが分かる(図表1)。1人目が接種を受けてから90日後の接種率は、米国が20%程度、英国が30%強だったのに対し、イスラエルでは60%に達していた。なお日本については、接種の開始が遅れたことは周知のとおりだが、開始後のペースも3カ国と比べて目立って遅いと言える。

図表1 ワクチン接種ペース

ワクチン接種ペース
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次に、一般的な疫学モデル(SIRモデル)を用いて、ワクチン接種が一切進まなかったと想定した仮想的なケースにおける感染者数などを試算したのが図表2だ(左:1週間の新規感染者数、右:モビリティ)。試算にあたっては、感染力がモビリティ(人出)の増加に伴って上昇すると想定しているほか、ワクチンがなかった場合のシミュレーションを行うために、モビリティ自体も感染状況により変動すると仮定している(モデルの詳細は末尾のレポートを参照)。なお、右グラフには、ワクチン接種がゼロとの仮定の下で、実際に観測された感染者数を実現するために必要なモビリティの水準も参考として算出している。

これを見ると、イスラエルでは、1月半ばをピークに実際の新規感染者数は減少の一途を辿っているが、ワクチン接種がなかった場合は3月にかけて大幅な感染拡大に見舞われていたことになる。その後感染者数は減少するが、ピーク時には過去最高の水準まで急増していた計算だ。

一方、英国では、ワクチンがなかった場合でも1月頭にピークを迎えることは変わりなく、水準はやや上振れするものの4月頃まで減少基調が続くことになる。これは、昨年末からの再度のロックダウンにより、人出が大きく抑えられ続けたことが影響している。実際、試算されたモビリティ水準は、参考モビリティ(ワクチンゼロの下で現実と同等の感染者数を達成するために必要なモビリティの水準)とほとんど変わっていない。しかし、感染者の減少を受けて人出が再び活発化することで、足許にかけて第4波の兆しが生じる結果となる。

最後に、米国におけるワクチンなき場合のシミュレーション結果をみると、2月半ばまでは実際の感染状況と大差ないが、その後は大幅な感染拡大の波が生じることとなる。参考モビリティが実際の水準から大幅に下振れしていることからも、感染急増の深刻さがわかる。

図表2 ワクチン接種ゼロの場合のシミュレーション(週次データ)

イスラエル

イスラエル ワクチン接種ゼロの場合のシミュレーション
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英国

英国 ワクチン接種ゼロの場合のシミュレーション 
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米国

米国 ワクチン接種ゼロの場合のシミュレーション
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注:SIRモデルに一定の前提(本稿末尾参照)を組み込んで試算。モビリティはGoogle Community Reportにおける小売・娯楽施設のデータ(2020/1/3〜2/6の曜日別中央値に対する比率)。
出所:Our World in Data、Google、CEICより、有限責任監査法人トーマツ作成

 

以上から、ワクチン接種の効果は接種ペースが特に早かったイスラエルで顕著であり、その分モビリティの回復も早かったが、英国や米国では、接種開始後の初期はワクチン接種よりも人出の抑制が大きな役割を果たしていることがわかる。ワクチン接種スピードをよほど早めない限り、人出の抑制を続けることが不可欠であると言える。

では、どの程度までワクチン接種を進めれば、行動制限の解除に踏み切って良いのだろうか。英国の例を見ると、ロックダウンの段階的な解除が始まったのは3月に入ってからだが、その時点で感染可能性のある人(=感染もしくはワクチン接種によって免疫獲得していない人)の割合は、80%程度であった。仮にこの割合が90%、85%であった時にロックダウンの緩和が始まっていたとすると、前者では再び感染拡大に弾みがついてしまう一方、後者のケースでは状況はさほど悪化しないという結果となる(詳細は末尾レポート参照)。国により行動制限の度合いやその緩和ペース、ワクチン接種スピード、元の感染状況などが大きく異なるため、一般的な結論を導くのは困難だが、英国の場合は感染可能性のある人が80%台に減るまで行動制限を続けたことが重要だったと言える。

元の感染者数が少ない日本では、感染可能性のある人の割合は依然として99%前後に上るため、例えば英国と同じ「8割」を達成するにはワクチン接種率が20%程度は必要ということになる。ただし、本稿のモデル通りワクチン接種による免疫獲得にラグがあるとすれば、制限解除が可能となる接種率が実際には上振れすることには注意が必要だ(実際、英国のロックダウン解除開始時のワクチン接種率は3割強だった)。5月下旬時点で5%程度にとどまる日本の接種率を、早急に引き上げていくことが求められる。

※本稿の詳細は、下記のレポートをご参照ください。

 

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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