最新動向/市場予測

構造変化が顕在化しているオフィス市場

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.71

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
 

新型コロナウイルスの感染拡大は、様々な社会・経済活動に大きな影響を与えている。ワクチン接種が進展すれば、各種の営業制限が緩和されるなど行動の自由度が増すことは米欧各国の先行事例が示す通りだが、不可逆的に定着、もしくは巻き戻されるまでに一定の時間を要するような変化も少なからず出てくるだろう。

そうした変化が既に表れつつあるのが、不動産市場、特に東京都内のオフィス市場だ。主要都市のオフィス空室率は2020年春以降上昇傾向にあるが、東京都心5区の上昇ペースは際立っており、その下で募集賃料も明確に下落している(図表1)。元々都心5区のオフィス賃料は景気感応度が高いことから、景気後退局面において他の都市よりも大きく市況が悪化することはある程度想定の範囲内といえる。また、2020年は年前半を中心に多くの新築ビルが完成し、供給量が大きく増加したことも影響している。しかし、足許の都心オフィス市場では、そのような循環的・一時的な変動だけでなく、構造的な変化が生じている可能性に注意する必要がある。

図表1 主要都市のオフィス空室率(左)・募集賃料(右)

主要都市のオフィス空室率(左)・募集賃料(右)
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図表2は、各都市のオフィス空室率と対応する都道府県の失業率の関係を描いたものだ。景気・雇用情勢の悪化(改善)は企業のオフィス需要を減退(拡大)させるため、失業率と空室率には通常右肩上がりの関係がある予想される。実際、東京以外の都市は新型コロナ以後も空室率と失業率に正の相関が認められる。それに対し、都心5区では2020年末以降、新規供給が落ち着いた時期であったにもかかわらず、空室率が上方にシフトしている様子がうかがえる。新型コロナがある程度収束し失業率が新型コロナ以前の水準まで低下したとしても、空室率が以前ほどは下がらないことを示唆しており、市場の構造変化が起きつつあるといえる(なお、名古屋では空室率が過去10年程度のトレンドと比べて下振れしているが、これは供給床面積の減少によって需要が弱含む中でも空室率の上昇が抑えられているためと考えられる)。

図表2 失業率とオフィス空室率

失業率とオフィス空室率
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都心で空室率が上方シフトしているのは、やはりテレワークの浸透が大きいだろう。各種の調査によれば首都圏の方が相対的にテレワークの実施率が高く、オフィスフロアの一部解約や集約を進めている企業の事例が報道されている。本社機能など、テレワークを実施しやすい職種が他の経済圏よりも多いとみられることが背景にありそうだ。また、東京から地方への本社移転を検討・実施する企業が増えていることも、都内オフィスの空室率の押し上げ要因となっている可能性がある。

新型コロナが一定程度収まった後もテレワークが定着しうることは、海外の主要都市の例からもうかがえる。ワクチン接種の進展に伴い、変異株への警戒を残しつつ米国や欧州の各国では様々な制限措置が緩和され、日常が戻りつつあるが、職場における人出(モビリティ)の戻りは、店舗や娯楽施設への戻りよりも鈍い(図表3)。金融業界を中心に経営層が職場復帰を促している企業も増えてきているが、従業員側は在宅勤務の継続を求める声が強く、在宅勤務と職場の「ハイブリッド型」を採用する企業が多くなりそうだ。いずれにしろ新型コロナ以前の状況に比べれば、オフィス需要は下振れしやすくなると考えられる。

図表3 海外主要都市のモビリティ(週次)

海外主要都市のモビリティ(週次)
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以上のようなオフィス市場の変化は、公共交通機関の利用減少や、オフィス街に立地する店舗・飲食店の需要減退にも波及するため、不動産業だけにとどまらない構造変化をもたらす。GDPが新型コロナ禍以前の水準を回復した時、日本経済は全体として「元に戻った」と評価されることになるが、その中身は様々な形で変容していることとなろう。

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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