ESGリスク管理の取り組みは行政も金融機関も道半ば~2022年もリスク管理高度化は不可避 ブックマークが追加されました
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ESGリスク管理の取り組みは行政も金融機関も道半ば~2022年もリスク管理高度化は不可避
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.75
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
ESGに係るリスク管理の分野は、いわゆる非財務リスク管理分野の中でも、開発途上の分野である。さらにE(気候変動)や、人権を含むS(社会)分野は一定の専門性が必要とされることもあり、戦略やリスク管理の高度化に向けESGの要素をインテグレート(統合)していくことは、中長期的な取り組みが必要となる。その際に、実務上の取り組みが、「比較的」先行している欧州での事例を参考としたり、参照したりするケースが増えてきている。欧州域内でも、より良いプラクティス事例を求め、8月に欧州委員会からESGリスク管理に関するプラクティス調査の報告書が公表された。“Final study on the development of tools and mechanisms for the integration of ESG factors into the EU banking prudential framework and into banks' business strategies and investment policies”と題する調査は、欧州委員会が民間委託して実施された調査であり、2020年末に中間報告書公表のあと、5月に最終報告書がとりまとめられ、2021年8月末に欧州委員会から公表された。内容は、銀行のリスク管理プロセス、事業戦略、投資政策へのESG要因の統合、および健全性監督への統合に関するもので、現状の金融機関の取り組みと、課題を整理している。現行のプラクティスを包括的に概観し、銀行のリスク管理プロセスと健全性監督の中でESGリスクを統合するための一連のベスト・プラクティスを特定する際に非常に参考となる資料となっている。
大きなメッセージとしては、金融当局の健全性枠組みと、金融機関の事業戦略・投資政策におけるESGへの統合は未だ早期段階にあり、その実施ペースを加速させる必要があると言及している。特に、ESGの定義、測定方法、関連する定量的指標の改善が必要であると指摘されている。適切なデータと共通となる基準の欠如は、ESG統合を推進するために克服すべき重要な課題と認識されており、その点では2020年の中間報告書から大きなメッセージに変化はない。実際の最終報告書における検討項目は、ESGリスクの定義と特定、リスクガバナンスと戦略、リスク管理プロセスとツール、測定と評価、リスクプロセスへの統合、リスク報告・開示、ESGリスクをEUの健全性監督に統合する方法(当局アンケート結果から)となっている。本調査から実務面で参考となる示唆をいくつか紹介してみよう。
第一にEGSリスクの定義の曖昧さについて指摘がある。銀行間のESGリスクの一般的かつ詳細な定義は現在存在せず、リスク要因としてのESG要因の関連性を理解するために、特定のセクター、地域、顧客セグメントにマッピングしたESG要因の詳細なリストを作成している銀行はほとんどない、とされている。したがってESGリスクの範囲や、その内容も国や個々の金融機関で統一性は確保されていない。したがってガバナンスの側面から、取締役会、または経営レベルにおけるESGリスクに係る責任を定義するためにガバナンスを改善したとする銀行が多いものの、明確で、包括的なESGリスク戦略を実施している銀行はほとんどない状況となっている。
第二に、ESG関連のデータのカバレッジと質の問題についての議論が数多くみられる。特に目を引いたのが、ESGリスク計測のために収集する必要がある定量的・定性的情報は非常に広範であり、銀行は様々な手法をソースデータに適用している状況である点である。ESGリスクを評価するために、内部顧客データと外部データを試行錯誤しながら組み合わせて使用している様子がうかがえる。第三者から提供されるデータの対象範囲は限られており、内部顧客データの場合はアンケート形式で顧客から情報を収集するものの、顧客データは自己申告制のため、データの内容の偏りや質、比較可能性の面でも多くの課題が垣間見られる。また初期的な段階のため、データの範囲が、狭い(例えば気候変動であれば、高リスクセクターに手厚い)という点が指摘され、今後、より広い範囲でのデータの利用可能性について改善が必要な点も議論されている。
第三に、リスク管理の手法として、ESGが横断的なリスクであることから、リスクアペタイトフレームワーク(RAF)の活用に言及する金融機関が欧州でも多くみられる点である。例えば、本調査のインタビュー対象となった(欧州の)銀行の半数が、ESGリスクを横断的なリスク要因として捉え、リスク・アペタイトの枠組み (RAF))にESG要因を組み込んでいると回答しているとの記述がある。しかし、RAF上で表現されるESGリスクは、定量的な指標やポートフォリオの限度額ではなく、例えば部門別融資方針への参照など、定性的な記述として含まれることが多いという指摘も見逃せない。すなわち、RAFへの統合は道半ばであり、高度な統合のためには(上記のデータのカバレッジや質の問題とも関連し)、適切なKPIの設定が必要となることが浮き彫りとなった結果とも考えられる。
上記のような状況もあり、欧州での監督上の取り組みにおけるEGSリスクの取り込みは、金融機関の取り組みと同上にまだ初期段階にとどまると考えられる。欧州タクソノミーや、様々な開示規制の強化などの議論が目立ち、制度上の枠組みの議論は進んでいるものの、実際のプラクティスに到達するまでの道のりはまだ長い。
もっとも、そのような課題の克服には、一段の官民の対応の加速が必要であると欧州監督当局は考えていることも間違いなさそうだ。目先の最重点項目となっている気候変動に関していえば、例えば、ECB(欧州中央銀行)が9月に銀行向けのトップダウンの気候変動ストレステスト結果を公表。このECBストレステスト結果は、ECBが直接監督する銀行に対して実施する2022年の監督上の気候ストレステストに反映される予定で、加えてECBは2022年に気候変動を含めた銀行プラクティスに対する監督レビューを実施予定となっている。プラクティス上の課題は前述の通り山積しているが、2022年も引き続きESG関連の動きは加速すると想定され、ESGリスク管理の高度化が、金融機関に求められる優先課題の一つとなろう。
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執筆者
対木 さおり/Saori Tsuiki
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー
財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。