欧州中央銀行が気候変動ストレス・テストを2022年に予定~気候変動リスク向け銀行監督はいよいよ本格化 ブックマークが追加されました
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欧州中央銀行が気候変動ストレス・テストを2022年に予定~気候変動リスク向け銀行監督はいよいよ本格化
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.76
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
目次
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
欧州中央銀行 (ECB) は、2022年に銀行ストレス・テストの枠組みの一環で、気候変動ストレス・テストを予定している。2021年10月、2022年ECB気候リスク・ストレス・テスト (CST) についてその実施方法を紹介するメソドロジー文書が公表された。CSTは、対象銀行において2022年3月から2022年7月まで実施される予定となっている。ECBはすでに気候変動リスクガイドライン(Guide on climate-related and environmental risks)に添って、金融機関に2021年自己評価の実施を求めていた。加えて、すでに実施済みで結果も公表済みの、ECBが実施したトップダウンの気候変動ストレス・テスト(マクロ(及びセミマクロ)データから各金融機関のデータを用いて実施するもの)に加え、2022年は各金融機関の内部データや産業別・投融資先のデータを用いて実施するボトムアップの気候変動ストレス・テストに踏み込む。ここではそのメソドロジー文書からCSTの特徴を紹介しよう。
第1に、欧州の監督上の検証・評価プロセス (SREP)との関係性である。ストレス・テストの結果は、定性的アプローチを用いて監督上の検証・評価プロセス (SREP) に統合される。第2の柱のガイダンスによる直接的な資本への影響は想定されないものの、第2の柱の要件のSREPスコアを経由して間接的に個々の銀行の監督上の措置に影響が生じる可能性があると言及されている。
第2に、報告するデータ・内容の広範さである。ストレス・テストの実施と銘打っているが、実際には対象となる銀行に、現状のエクスポージャーに係る定量データや取り組み状況に関する定性データ報告、情報提供を求めるパートと、実際の気候変動ストレス・テストの実施・結果報告のパートに大別される。一部の銀行は気候変動ストレス・テスト部分の実施は求められないものの、ECBの指定する様式や内容に沿って、データを提供する部分だけみても広範なGHG排出量の計測もしくは推計(代替方法での計測も可能とされている)が求められるなど、内容は広範に渡る。
第3に、ストレス・テストで対象となるリスクのカバー範囲が広い。信用リスクに加え、市場リスクも推計する必要がある。信用リスクの計測にあたっても、内部モデルを用いることが可能とされており、直接的な取引先でのコスト上昇だけではなく、間接的なマクロ変数経由での影響を加味することが必要となる。市場リスクに関してもカバーしトレーディングエクスポージャーをも対象に含め、難易度が高い。
第4に、気候変動リスクに係るストレス・テストとして、短期と長期の2つのパターンを設定している点である。基本としてシナリオは、NGFS(気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)のシナリオを考慮する一方で、短期的なストレスはテールリスクとして、2022年1月に発現する(炭素価格の100ドル上昇)という点が特徴的で、以後3年間の静的なバランスシート想定を置く。つまり、炭素価格の急上昇が引き金となるマクロストレスを考慮し、3年間の無秩序な移行シナリオにおける銀行の短期的な脆弱性を評価する。長期的なストレスシナリオは、NGFSの代表的な3パターンを参照するものとされている。これは、銀行の長期戦略30年の期間にわたる三つの異なる移行シナリオに直面したときの長期戦略を評価するもので、動的なバランスシートを前提とする。この分析の目的は異なる長期シナリオにおける銀行の戦略的選択を明らかにすることであり、これは(イングランド銀行)BOEのストレス・テストにも共通しているが、単なるマクロシナリオの検証にとどまらず、戦略までも評価の対象とすることを示している。
上記の通り、ECBの域内銀行へ期待値は非常に高い。先般、冒頭で紹介した気候変動リスクガイドラインの評価結果を公表し、アセスメントの対象となった12の大規模銀行においても、現状、EU内の銀行のプラクティスとECBの期待値に大きな乖離があると言及している。本ストレス・テストの結果は、早ければ2022年5月に公表される予定のBOE気候変動ストレス・テスト結果の内容とともに、注目度が高く、また欧州委員会は、今後実施する予定のバーゼルⅢ最終化の法案の中にESGに係る内容を追加している。欧州を中心に2022年は気候変動リスク対策の本格化の年となることは間違いなさそうだ。
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執筆者
対木 さおり/Saori Tsuiki
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー
財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。