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気候変動に係るリスク管理と監督当局の動き~バーゼル銀行監督委員会のハイレベルな原則と2022年に向けた課題

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.77

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
対木 さおり
 

2021年を振り返ると、規制上の対応という意味では、気候変動やESG関連の金融規制の動きが目まぐるしい1年であった。各国金融規制当局から、2020年後半以降、様々な規制上の取り組みが公表されてきたが、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)が、2021年11月、気候関連の金融リスクを効果的に管理・監督するための原則に関する市中協議文書を公表した。本稿ではその考え方や注目点、さらに今後に向けた課題を確認しておこう。

本市中協議には、銀行システムにおける気候変動の金融(財務面の)リスク管理と監督に関して、18のハイレベルの原則が含まれている。具体的には、第1原則から第12原則は、気候関連の金融リスクの効果的な管理に関するガイダンスを銀行に提供し、第13原則から第18原則は、健全性監督当局に対するガイダンスを提供する。提案されている原則は、気候関連の金融の管理に関連する実務の改善と、国際的に活動する銀行や監督当局に共通のベースラインを提供することとのバランスを達成することを目指しているが、実務の進展等を考慮し、十分な柔軟性を維持しているとされている。

各原則は、すでに存在する各種の原則の内容を踏まえたもので、気候変動リスクへの対応と既存の原則を紐づけ、追加的に気候変動リスク対応への目線を設定するものともとらえることができる。監督手法との兼ね合いでは、個々のプルデンシャル当局や他の国際機関が実施している既存の監督イニシアティブを活用するものとも言及されている。

基本的な考え方として、銀行は、その規模、複雑さ、ビジネスモデルにかかわらず、気候関連の金融リスクにさらされる可能性があるという点、気候関連のリスク要因が個々のビジネスモデルに及ぼす潜在的な影響を考慮し、これらのリスクの財務的重要性を評価すべきであるという点にはそれほど異論はないのではと考える。他方で、文書でも言及されているが、監督上の実際の措置に組み込むプロセスに至るには、データの制約や、ヒストリカルデータの不存在から、現時点で、対処できない課題も多い。

例えば、文書でも言及されているが、気候変動の影響は様々な期間に発現し、時間とともに悪化する可能性もあり、どのような時間軸で、どのようなリスクを考慮し、どのように測定し、また各国の監督上の措置の、どのようなツールと結びつけるのかという点に多くの課題があるように見受けられる。すでに公表済みの伝播チャネルに関する委員会の報告書では、一部の気候関連リスクは、銀行の従来の2~3年の資本計画期間を超えて、より長期のポジションの満期内に顕在化する可能性があると指摘 。リスクの特定と評価の過程およびシナリオ分析において、異なる時間軸を考慮すべきであるとされており、既存の監督ツールが有効に機能する場面ばかりではない可能性もある。

また、原則8の信用リスク管理における気候変動リスクの組み込みだけではなく、原則9から原則11には、市場リスク、流動性リスク、オペレーショナルリスクその他のリスクの統合的な管理を掲げている。実際に市場リスク一つとっても、市場の特性や産業構造から、気候変動リスクがどのように市場に伝播するかについてヒストリカルに分析できる手法は確立されていない。リスクの範囲を拡大して、オペレーショナルリスクやその他のリスクに拡大することも、どの程度のインパクトをどのように考慮すべきなのかといった方法論について、一定のコンセンサス的な見解を持つ当局は存在しない。

上記のような課題への対処として、中長期的な視点から、現実的なステップを歩もうとしている動きとしては、英国の健全性監督機構(PRA)が注目に値する。PRAは、10月末に金融監督当局の立場から、気候変動が業務や政策機能にもたらすリスクへのPRAの対応を定めた「気候変動適応報告書2021-気候関連金融リスクの管理と自己資本要件」を公表しており、その内容は非常に示唆に富む内容だ。第一に、英国の健全性当局であるPRAと中央銀行たるイングランド銀行(BOE)の気候変動(英国政府にとってはネットゼロ)に係る政策目的との関連では、資本規制の枠組みは、気候変動の原因 (温室効果ガス排出削減) に対処するための適切な手段ではないとされている。資金調達や投資の意思決定に直接影響を及ぼす手段としての資本要件の利用は、効果的ではないばかりか、意図しない結果を引き起こす可能性があると指摘。気候変動関連の健全性規制を検討・実施する金融当局や規制対応を行う金融機関はこの点を意識する強く必要があると筆者は考える 。第二に、すでにバーゼル銀行監督委員会(BCBS)でも言及しているように、気候関連の金融リスクは現在の枠組みで部分的に捕捉されているが、リスクを補足する能力と体制の面で大きなギャップがある点も強調されている。

気候変動関連リスクの監督上の取り組みはまだ道半ばの段階であり、各国監督当局も、試行錯誤のプロセスが重要となる。従前の金融業界のステークホルダー中心での検討から一歩も二歩も進み、幅広い産業との連携・協力や情報交換、国際的な議論への積極的な参加など、2022年は、従来の枠組みにとらわれない取り組みが一段と活発化すると予想する。

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.77

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  1. 構造要因への早期対応:FOMCの金融政策(勝藤)
  2. 2022年は新興国通貨に要注意(市川)
  3. 気候変動に係るリスク管理と監督当局の動き~バーゼル銀行監督委員会のハイレベルな原則と2022年に向けた課題(対木)
  4. 講演最新情報(2021年12月時点)

執筆者

対木 さおり/Saori Tsuiki 
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター シニアマネジャー

財務省入省後、大臣官房にて経済・政策分析業務、関東信越国税局(国税調査官)、理財局総務課・国債課にて、国有財産・債務管理や国債発行政策策定に従事。米国コロンビア大学にて修士号(MPA)取得(IMFインターン等を経験)、その後大手シンクタンクにて、政策分析・経済予測、関連調査・コンサルティング業務を担当。

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