最新動向/市場予測

構造要因への早期対応:FOMCの金融政策

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.77

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

米国のFRB連邦公開市場委員会(FOMC)は12月の定例会合で、資産購入終了時期の前倒しを決定。FOMC委員の経済予測によれば、2022年の利上げ回数は3回に加速した。当方では従前より現在のグローバルなインフレは相応に持続的なものであると見ていたことから、今回の決定は首肯しうる。特にインフレが新型コロナ後の経済や国際関係の変化にともなう構造的なものであると考えられ、インフレ対策を早期に実施する必要があろう。

現在のインフレを放置した場合のリスクを考えてみる。短期的に見ると、特に先進国では新型コロナ対応給付金等が100%消費に回らず家計貯蓄が蓄積していることから、個人消費など経済への短期的影響はマクロの中では小さいと思われる。しかしながら、家計の所得格差により、特に低所得層の消費への影響は大きく、社会問題を通じて政治経済に影響する可能性がある。またインフレは生産コスト上昇を通じて中期的には企業マージンを圧迫し、賃金や投資抑制につながりうる。また、人手不足にともない米国では現在時間当たり賃金の上昇が加速しているものの、既にインフレ率が賃金上昇率を上回っており、実質賃金の伸びがマイナスになっている。外的要因によるコスト上昇は際限がないのに対して、企業の利益確保のためには賃金をインフレに合わせて無制限に引き上げるわけにはいかないであろう。こうしていずれはインフレが実質賃金の目減りを通じて消費の抑制要因にもなるだろう。

確かに、今回のような供給サイド起因のインフレを金融政引き締めで解消するのは極めて困難である。ただ、少なくとも現在の米国FRBのような量的緩和とゼロ金利政策が長期化すれば、中期的に更になるインフレ高進を招く恐れがあることは識者も指摘しているところである1。金融政策が中長期的な物価安定と雇用最大化を目指すものであることから、不確実性の高い現時点において少なくとも金融政策を中立程度に回帰させることが将来の中央銀行の政策行動の自由度を高めるためにも得策と考えられる。現在、新型コロナウイルス感染症のオミクロン株が大きな不確定要因であり、状況によっては金融緩和拡大を再開せねばならない可能性もある。ただ経済の下方リスクが拡大した場合は2020年のFOMCのように、利下げ幅の拡大や資金供給により緩和政策に回帰することは比較的容易である。インフレへの対応が遅れた場合にその遅れを取り戻すことが困難になるリスクの方が高いと見たい。

なお、米国の金利先高観がもたらす他の副作用も考えられる。トルコ、ブラジル、南アなど一部新興国通貨が大幅に下落しており、インフレや財政リスク拡大のおそれが高まっている。これらの新興国の通貨安は、トルコの中銀総裁交代と利下げの実施、メキシコの中銀総裁人事、ブラジルの景気後退と政治への信頼後退、南アフリカは経済悪化とオミクロン株の感染など、各国の個別事情を要因としている。しかし、11月に米国でFRBパウエル議長が再任候補として大統領に指名されたことも新興国通貨安の一つの契機になったことを考え合わせると、米国の金融政策正常化が新興国リスクへ波及する可能性は無視しえないといえよう。新興国通貨安はインフレ圧力を更に高め、特に低所得層の生活への影響から政治・社会の不安定化につながりうる上、財政・対外債務問題にも発展しうるので留意が必要である(詳細は今月のメルマガレポート「2022年は新興国通貨に注意」参照)

1 Kevin Warsh, The Fed Is the Main Inflation Culprit, Dec. 12, 2021, Wall Street Journal

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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