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エネルギー不足に見る脱炭素化へのハードル

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.80

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

2021年11月の当レポートで指摘した、脱炭素化の過程でのエネルギー価格高騰リスクが顕在化しつつある。昨年11月のレポートで述べたのは「化石燃料の供給が低減する一方、再生可能エネルギーの供給もしくはその利用態勢が十分でない状況で、エネルギー需給バランスが外的要因などで大きく変動した場合に、エネルギー価格高騰やエネルギー不足が長期化して経済に著しい悪影響を与えるリスク」である。脱炭素化目標達成に向け、一部のグローバル大手石油会社は既に原油生産と設備投資の縮小計画を公表している。中東の産油国の中でもサウジアラビアは昨年10月に、2060年までのカーボンニュートラルを達成する計画を公表済である。こうして原油をはじめとする化石燃料の生産能力が削減されつつある中で、外的ショックにより原油供給に大きな制約が生じると、エネルギー価格の高騰やエネルギー不足によりグローバル経済に大きな影響を与える。ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギーショックはこのリスクが早くも顕在化している例と言える。

2月末のロシアによるウクライナ侵攻開始を機に、原油先物価格(WTI)は一時1バレル=130ドルを超え、欧州天然ガス先物価格(ICE蘭TTF)は一時1MWh=225ユーロを超え昨年初時点の約5倍の価格となった。地政学リスクの顕在化に伴うエネルギー価格の急騰はこれまでに世界が何度も経験したことである。しかしながら、脱炭素化計画により化石燃料の生産量や生産能力に制約がある中では、外的ショックは従前以上に構造的な影響を経済に与えうる。本来であれば化石燃料に代わり再生可能エネルギーをもってエネルギー供給を維持することが理想であるが、世界の再生可能エネルギー生産はかかる外的ショックをカバーできるほどの生産能力を備えていない。今後も、地政学リスクのみならず自然災害等の外的ショックによる化石燃料の供給制約は発生しうるであろう。その際に脱炭素化政策以前の時代に比べて経済への影響も大きく構造的になる可能性があり、これを勘案したシナリオを各企業は想定しておく必要があろう。

2050年のネットゼロに向けたエネルギートランジションは極めて厳しい道のりである。国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロシナリオによれば、エネルギー供給における化石燃料のシェアは、2020年の約80%から2050年には20%に減少することとなっている。いいかえればネットゼロ実現のためには、再生可能エネルギー供給のシェアを現状の20%から80%に引き上げる必要がある。他方、同じくIEAの現状の既存もしくは計画済の炭素削減政策のみを前提としたシナリオでは、再生可能エネルギーの供給量は大幅に増加するものの、主に石炭や天然ガス需要拡大に応じた供給が増加することにより、化石燃料の供給シェアは6~7割程度までにしか低下しない1。再生可能エネルギー生産利用への新たな投資や実用化が現状計画以上に進展しない限り、2050年ネットゼロに向けた新たなエネルギー需要は満たしにくい。ネットゼロ達成のためには、政府・産業界全体では今後、再生可能エネルギーへの投資拡大を進める必要がある。そしてこれは結果的に経済に対して大きなプラスの効果をもたらすものである。

かかる状況に鑑み、脱炭素化政策を一部見直す前兆のような政府の動きもみられる。欧州委員会(EC)は2月2日に、EUタクソノミー規則の委任規則案の補遺案として、一定の条件のもとで原子力と天然ガスをタクソノミーに含める(「グリーン」に分類する)案を公表した。原子力と天然ガスをEUタクソノミーに含めることは、今後原子力発電をもって脱炭素化を図る方針のフランスと、ロシアからの天然ガス供給にエネルギーを依存しているドイツがそれぞれ提案したとされる。また米国バイデン大統領は、3月8日付大統領令でロシア産の原油・天然ガス・石炭等の輸入禁止を決定すると同時に、記者会見で米国内の原油増産で原油不足をカバーする可能性を示唆した。こうした措置は、ある意味で脱炭素化の条件緩和もしくは遅延につながる可能性を孕んでいるものである。
 

1 IEA, Net Zero by 2050 :A Roadmap for the Global Energy Sector, May 2021

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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