最新動向/市場予測

米国金融システム不安のシナリオ

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.92

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

 

3月中旬に、米国の中堅地方銀行の破綻・清算が続いた。いずれも暗号資産関連企業やスタートアップ企業との取引が多い銀行であり、長期金利上昇による含み損拡大と、これに伴う風評等による預金流出が直接の原因である。米国当局の対応は迅速であった。3月12日、財務省/FRB/連邦預金保険公社(FDIC)は、一部銀行の破綻処理への以降、うち2行について預金を全額保護する特別措置、ならびにFRBによる銀行向けの新たな資金供給プログラム(Bank Term Funding Program=BTFP)の創設を決定、また政府は米国の金融システムは健全であるとの声明を公表することにより、危機の伝染を防ぐ手立てとした。

本金融システム不安の背景は、住宅ローン担保証券などの信用リスク顕在化に起因する2008年の世界金融危機とは異なる。主因は金利上昇による銀行保有米国債等の含み損の拡大、そしてスタートアップや暗号資産関連企業からの預金が想定以上に速く流出したことにあり、各銀行のALM運営や資本戦略にも課題があったことが背景だと言える。さらに、SNSによる信用懸念の拡散が預金流出や株価下落に拍車をかけた模様だ。こうした側面からは、今回のシステム不安は、破綻・清算となった中堅地方銀行固有の課題でもあり、リスク管理の進んだ大手金融機関に同様の脆弱性があるとは考えにくく、この金融不安は数週間でいったん沈静化するとみたい。

ただし、この金融不安がさらに拡大するリスクは十分にあると言えよう。金利上昇による債券含み損を抱える他の中堅地銀等への波及は考えられる。また、米国政府は世界金融危機の教訓から、銀行救済には税金を投入せず、預金保険、銀行の株式・債券保有者に損失を負担させる方針だ。その中で、預金保険の上限(1口座当たり250千米ドル)を超える預金の全額保護措置や、破綻処理にはおのずと限界もある。また今後他の銀行が流動性確保のためによりハイリスクな資産を売却することで、株式やレバレッジド・ローンなどのリスク資産価格が急落するなど、危機拡大のシナリオも考えられる。

以下の図表は、当方が考えるこれらのシナリオを一覧にしたものである。現状程度で金融システム不安が抑えられるのがベースラインシナリオ、金融システム不安が他の米国地銀等に拡大するのがストレスシナリオ①、さらに不安が大手銀行や信用市場に拡大し、世界的な金融危機に発展するのがストレスシナリオ②である。税金を投入しない金融システム安定化策の限界、リスク資産投げ売りによる信用市場と大手銀行への波及が危機拡大の要因となる。インフレ対応として金融引き締め策をとってきた米国FRBや欧州中央銀行(ECB)も困難な判断に直面している。米国銀行破綻後の3月の定例理事会でECBは予定通り50bpsの利上げを決定したが、今後の金融政策のパスについては明確なコミットをせず「data dependent」との視点を強調した。当方では、下記ベースラインシナリオの通りいったん金融市場が沈静化すれば、従前通りの利上げスタンスを各中銀は維持するとみている。しかし、金融システム不安の拡大によりリスクシナリオ①、②に移行する場合は、利上げの停止、利下げの前倒しもしくは最悪の場合緊急利下げ実施などのシナリオもありうべしである。この米国金融システム不安の動向には予断を持たず、想定されるシナリオに基づいた予防的リスク管理が求められよう。

図表 当面のシナリオ

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なおスイスでは、大手銀行の経営難に鑑み、政府主導の救済合併や政府保証の発動など、一部異例措置も含む金融安定化策が実施された。こうした対応が金融安定を維持する効果を発揮すれば、金融危機の教訓が生かされたことになるが、市場の反応によっては金融システム不安をさらに拡張する要因になるリスクもある。

参考リンク:米国金融システム不安のシナリオ|Deloiite Japan (deloitte.com)

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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