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最新動向/市場予測
金融危機に至るまでの「時間差」
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.92
マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
米国発のグローバルな金融不安は本格的な金融危機には発展しないというのが現時点での当方の想定だが、危機が深刻化する可能性も低くはない。今月の「リスクの概観」では考え得るストレスシナリオを説明したが、本稿ではそうしたシナリオが発生するまでの「時間差」に着目したい。
金融危機というと、一つのイベントをきっかけに一気に混乱が広がるというイメージがある。しかし過去の事例を踏まえれば、金融システムの機能不全に至る少し前から散発的なイベントが発生し、場合によっては途中で状況が改善するような局面も挟みながら、一定の時間をかけて危機が進行していく、というパターンも想定しておく必要がありそうだ。
例えば世界金融危機では、リーマン・ブラザーズが破綻したのは2008年9月だったが、最初に金融不安が広がったのは2007年夏であった。米国大手投資銀行ベア・スターンズ傘下のファンドがサブプライム関連商品の巨額損失で破綻したことに続き、8月には欧州大手銀行傘下のファンドも新規募集・解約を凍結した(いわゆるパリバ・ショック)。その後もサブプライム関連商品の価格下落や金融機関の大規模な損失発表など金融不安が収まることはなく、英国政府による大手銀行ノーザンロックの国有化(2008年2月)、米大手銀によるベア・スターンズの救済(同年3月)へと続いていくが、辛うじて金融システムが崩壊する状況は避けられていた。特にベア・スターンズの破綻後は、米国の株価はやや持ち直し、先行き不透明感を表すボラティリティ指数(VIX)や金融機関の信用リスクを表す指標も低下しており(図表1)、信用不安が一服した状況であった。米国FRBをはじめとする各国の中央銀行が様々な資金供給の枠組みを設けたほか、当局が金融機関を無秩序に破綻させることはないとの一定の安心感が広がったことが背景にあると考えられる。
図表1 2007〜08年の米国の金融指標
日本の1990年代の金融危機でも、97年秋以降に大手証券会社・大手銀行が相次いで破綻したことが注目されがちだが、既に94年には複数の信用組合の破綻が発生していた。95年以降も信用組合や第二地銀等の破綻があったが、その都度他の金融機関による直接・間接的な救済といった対応が取られ、綱渡りの危機対応が続いた。それでも、循環的な景気回復や円高の巻き戻しもあって1995年半ばから96年にかけて株価は持ち直しており(図表2)、やはり金融不安の最中ながら「凪」と言える局面があった。
図表2 90年代半ばの日経平均株
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いずれのケースも結局は全面的な金融危機へと発展している。証券化商品の価格下落や増大する不良債権といった根源的な原因が残り続けたため当然だが、危機が進む中でも金融システム不安が和らぐ時期があり得ることは特筆される。
状況の改善が一時的な動きにとどまるというリスクは、インフレ率が大幅に上振れしている現在のような経済環境では特に生じやすいと考えられる。すなわち、米銀からの預金流出や各国の銀行株価の下落といった動きが今後数週間で解消すれば、中央銀行がインフレ抑制のために利上げを続けたり、高金利を維持したりする可能性が高まるが、金利が高止まりすればするほど、流動性危機に陥る脆弱な銀行は増えやすくなる。逆説的だが、目先の銀行不安が収まると、将来の金融危機リスクが高まるという構図だ。
インフレの下降トレンドはしばらく続く見込みであるうえ、仮に金融危機に至れば強力なデフレ圧力が生じることから、金融政策に占めるインフレ抑制のウェイトはこれまでより引き下げても良い局面にあると考えられる。しかし継続性を重んじる中央銀行の路線転換が難しいとすれば、今回の中堅銀行の破綻というニュースは後から振り返れば危機の序章であった、という展開も想定しておく必要があるだろう。
執筆者
市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー
2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。