事例紹介

取締役会で戦略の議論を意義あるものとするために

議長として、社外取締役として心がけていること

デロイト トーマツ グループでは、コーポレートガバナンスの観点から、持続的な成長及び中長期の企業価値向上に資する情報提供を目的として、事業会社、機関投資家の考えや取組みをインタビュー形式で紹介いたします。今回は、アサヒグループホールディングスの代表取締役会長である泉谷直木氏に、取締役会議長という立場から取締役会における中長期戦略の達成にいかに貢献するか、お考えを伺いしました。また、複数の上場会社の社外取締役に就任されていることから、社外取締役という立場でいかに取締役会に貢献するか、についても伺いしました。

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CEO職を社長に任せ会長は取締役会議長に専任した狙いは、執行と監督の役割分担をより鮮明かつ具体的にすることがグループの持続的な成長につながるから

泉谷さんは会長兼CEOとして経営執行の最高責任者を担われてきましたが、2018年3月よりCEOは小路社長にお任せし取締役会議長に専任されました。その背景や狙いについて教えてください。

泉谷:基本的には、経営と執行を分離してそれぞれの役割を明確にし、ガバナンスの実効性を高めていくことが狙いです。もともと「会長」「社長」という役職と、「CEO」「COO」という言葉には混乱があって、日本に入ってきたときに何となく「CEO=最高経営責任者」、「COO=最高執行責任者」という考え方が一般的となり、当社もそうしてきたわけです。でも、CEOって本当は「最高経営執行責任者」であり、いつか役割を明確に整理しないといけないと思っていました。ちょうど当社が新しいステージを迎えるにあたり、このタイミングで変えてしまおうと、切り替えました。しかし、まだ議長である会長に「代表取締役」という肩書は残っています。代表権者は会社法上の執行責任を負います。この問題についても引き続き検討していく必要があると思っています。

 

経営執行と監督を明確に分離したということは、執行権限は取締役会から相当程度CEO(執行側)に移譲されたということですね。

泉谷:教科書通りですけれど、取締役会のミッションは「事業の持続的成長」「企業価値の中長期的な向上」であり、これを遂行していくためには透明性・客観性ある運営をしつつ、一方で積極果敢なスピード感のある意思決定をしていくことが必要になります。役割を分担することで、この点がより鮮明かつ具体的になります。スピード感が非常に求められる今の事業環境を踏まえると、執行の決断が遅れてしまったのでは成長のチャンスを逃すということになりかねません。

 

執行に権限を委譲するということは、同時に取締役会の監督機能の強化ということも重要になってくると思うのですが。

泉谷:今、お話しした取締役会のミッションだけではなく、取締役会は株主からの受託責任を負うと同時に説明責任を伴うことになります。このロジックがしっかり理解できていないと、執行と監督で役割を分担しても旧態依然たる社内ヒエラルキーが残って「監督側」と「執行側」という形だけの単純なものとなり、成長を伴うものにはなりません。

また、株主と経営陣の情報の非対称性があります。この株主と経営陣の情報の非対称性に対応するために「情報開示」と「エンゲージメント」があるのであり、それにより株主にコミットメントしたことを確実に実行・達成できるかを監督することが取締役会に期待されていることだと思います。

 

取締役会がより実効性を伴った監督機能を果たすために、議長に就任された以降、何か変化はありましたか。

泉谷:一般論として、従前の取締役会は会社法で求められている手続きをこなしていくことが主たる役割だったと思います。取締役会議長が議題を選定するまでもなく、事務局が実務的に挙げてくるというのが実態でしたよね。

しかし、これからは社外も含めた取締役の意見を聞きながら、あるいは経営の流れを見ながら、取締役会議長が議題を提案していくような形に変化していかないと実効性はあがらないと思います。そのためには時間がかかっても「基本的な価値観」なり「中長期的な方向性」が共有できるような工夫、取組みをしていかないと有意義な議論はできません。例えば、取締役会は事業執行側の報告として主要な子会社単独の売上高と営業利益等の報告を受け、最後はグループ全体の連結利益をみて、成長している/していないと判断しているわけですが、さらにEPS3の成長、総還元性向、あるいはエクイティスプレッドはどうなっているのか、のようなことを議論しないといけないわけです。でもそのような報告が事業執行側から出てくるとは限らないので、そのような場合は取締役会側が議題として取り上げないといけない。取締役会は中長期的な企業価値の向上を株主にコミットメントしているわけですから、取締役会自体が資本政策や中長期戦略について、さらにはサクセッションプランや経営幹部の選解任についても主体的に課題意識をもっていないと議題に出てきませんよね。

取締役会は、執行とは違う様々な「複眼」を常にもち、ビジネスモデルの戦いを見ている。ビジネスモデルの変革こそが差別化につながり、株主の期待に応えることができる

貴社の取締役会には様々な属性の社外役員の方が入られており、多様な視点から意見が出ているものと思います。多様な議論を踏まえ一定の方向へと導いていくためには、議長の采配が重要かと思いますが、泉谷さんはどうお考えでしょうか。

泉谷:議長の采配以前に、まずは、取締役会にどのようなダイバーシティが求められるのかを検討することが重要です。ダイバーシティというと外形的・スペック論的な話になり「女性や外国人が何人必要か」といった話になりがちですが、そうではないでしょう。大事なことは、取締役会には企業価値を向上させるという責任があるわけですから、それを達成できる方たちを取締役として招くことが大切です。だから「何のために、どなたに来ていただくのか」「何をしてもらうのか」といったことを候補者本人と最初から合意しておかないといけないです。

私は社外取締役全員を訪問し「我々はこの先、こういう動きをしようと思っています。それについて当社に足りない能力をお持ちのはずであり、それを指摘してほしい」とお願いしています。例えば。例えば、小坂達朗さん(現 中外製薬株式会社 代表取締役社長兼最高経営責任者)ですが、なぜ製薬会社の方を社外取締役として招いているのかというと、製薬会社はパイプライン、つまり開発のフェーズを作っているのです。このような考え方は当社の商品やブランドの開発育成に繋がるわけですね。また、中外製薬はロッシュとの関係があるので、グローバルなガバナンスをご存知ですし、一方でリスクマネジメントにもとても豊富な経験をお持ちです。そのようなことを含めて、一人ひとりの方に期待を持って当社の社外取締役をお願いしているわけです。

従って、人選の段階から社外取締役と期待役割を明確に合意し、かつ、発言を遠慮されているような時があれば、議長から「〇〇さん、いかがですか」と球を投げる。このようなプロセスを経て、社外取締役が入ることによって、具体的に当社の目指す方向性なり成長性を支援していく、ということが実効性を高めることにつながると思っています。

 

重要な課題が挙がった時には、その議論をリードしてくれるような社外取締役に指摘してもらい、他の取締役からも意見をもらうようなイメージでしょうか。

泉谷:そうです。重要な業務執行案件に関していえば、事業に精通している現場の社員・幹部達が案件を上申してくるわけですから、当然、彼らのほうが詳しい。だから、取締役会は執行とは違う目線が必要であり、複眼をもって議論をすることに意義があるわけです。

例えば、

  • 短期(足元の状態)の視点と、中長期の視点
  • 成長投資の視点と、リスクの視点
  • 目に見えるアセットの視点と、インタンジブルなアセットの視点
  • 社内事情の視点と、社会状況の視点
  • ローカルな視点と、グローバルな視点 など

社外役員を含めて取締役会は常にそういう複眼思考を持ってないと、株主の思考と離れてしまいます。取締役会は株主とのコミットメントを果たすために議論しているわけですから。ただ株主のためだけではなく、やっぱり社員がいて、お客様がいて、社会があって、取引会社の方がいて、最後に株主がいます。このステークホルダーとの関係作りに全部きっちり成功していれば、必ず株主に対して還元ができます。この順番の上位がどこかでおかしくなると、株主に還元できなくなります。

執行の現場では日常的に業績の戦いをしています。でも取締役会が見ているのはビジネスモデルの戦いに変わってきているわけです。執行側も取締役会も能力を磨かないといけない。それがビジネスモデルの変革につながり、差別化につながる。差別性プラス競争優位性のある「持続的な成長」にならないと、株主の求める本当の中長期の企業価値の向上にはならないと思います。

 

続きはPDF『取締役会で戦略の議論を意義あるものとするために - 議長として、社外取締役として心がけていること -』をご覧ください。


※所属・役職はインタビュー当時のものを掲載しております

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