事例紹介

実質の深化に向けた変革を続けていくために大切なこと

資本コストを意識した経営を投資家が求める背景

デロイト トーマツ グループでは、コーポレートガバナンスの観点から、持続的な成長及び中長期の企業価値向上に資する情報提供を目的として、事業会社、機関投資家の考えや取組みをインタビュー形式で紹介いたします。今回は、大場昭義氏に、企業自らが持続的に変わろうとするガバナンスへの取組みを通じて、その「実質」を備えるために大切なことは何か、豊富な投資運用経験だけではなく、運用会社の経営者経験も有する大場氏に、個人としての率直なご意見を伺いました。

過去のインタービュー記事についてはこちらをご覧ください

企業と投資家の行動が活発化していることが感じられ、相応の効果が漢方薬のようにじわじわと効き始めている。投資家はそれが長続きするのか、その方向に向かって変革を続けていけるのか、それを今は見極めようとしている

過去30年位のスパンで株価トレンドを見ると、日本は30年前と今とでちょうど同じ株価水準にありますが、日本以外の国は概ね大きく伸長しており、例えばアメリカでは10倍になっています。しかし、過去10年もしくはより短期の「安倍政権が発足しガバナンス改革が動き出した2013年以降」で見れば、アメリカ、ヨーロッパなどの先進国も日本も概ね2倍位の株価水準に伸長しています。その意味では、2013年以降、日本企業も投資家も相応の成果は出しているといえると考えます。大場さんは、どう評価されていますか。

大場:コード導入前との比較で見れば、企業と投資家の行動が活発化していることが感じられ、相応の効果が漢方薬のようにじわじわと効き始めているのかなという感じはします。もともと、企業経営はこうすれば企業価値が上がるというような即効性のあるものではありません。私の理解では、即効性があり、直ぐに効果が出るようなことは期待しない方が良い、そもそも持続的に企業価値を高める努力を続け、時間をかけてじわじわとそういう方向に日本企業が改善していくことに意味があるわけですから、その意味からも当初の期待効果は認められつつあるのではないかと、全体感としては思います。

 

確かに2013年以降、日本企業の株価は右肩上がりの傾向が続いています。ただ、欧米先進国と比べるとPBR の水準は相対的に低く、投資家はこの傾向が継続するのか、ここ数年の動きに注目しています。要するに、この動きがサステナブルなものかどうかを今判断しようとしているところなのではないでしょうか。

大場:そうだと思います。アベノミクスによってスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードができ、それによって日本企業が変わろうとする期待感を持ったと思うのです。そういう企業が増えてきたことも事実だと思うのですが、政府主導で2つのコードが出来ましたから、これが長続きするのか、その方向に向かって変革を続けていけるのかを投資家が今見極めようとしているというのはその通りだと思います。

 

日本では政府主導の改革となりましたが、民間が自主的に改革できなかったということに何らかの懸念を感じておられますか。

大場:はい、民間が何故自主的にできなかったのかとの想いはあります。例えば、民間である監査法人も「監査の結果は適正である」という監査証明を超えたアドバイスが期待されていたと思います。会計処理が適正でないと困るのですが、「監査の結果は適正である」という意見表明だけで公認会計士の使命は果たせたのかと自ら問いかけられなかったのか。公認会計士法第1条に何が書いてあるかというと公認会計士の使命です。使命として「国民経済の健全な発展に寄与すること」と書かれている。私たちは監査はしていました、適正です、という判断で片付けていいのだろうか。投資家もそうなのです。長期にわたって株式からリターンが得られないのに何故自ら声を上げられなかったのか。そういうことからすると、安倍政権以降、先進国と同じ歩調で動き出したということは、評価に値すると思います。

しかし、過去数十年間、日本では企業価値が上がらない状況が続いていたのに、企業や投資家から自主的にこのようなコードの必要性についての声が挙がることはなく、民間が主導する自助努力の形で導入できなかったということには真摯に向き合う必要があると思います。

 

その背景についてどのようにお考えですか?

大場:戦後の日本企業が何故うまくいったのか、それは国としての目標が明確だったからだと思います。豊かな社会を作ろう、健康で文化的な生活ができる国にしようと、一丸となって同じ方向に向かうことができたのです。しかし、そういう水準に達した今、目標は一体何なのか、これが人により異なっており、一本化できていないのだと思います。かつて、戦後日本の高度経済成長の要因を分析し、日本的経営を高く評価した「Japan as Number One」という本がありました。企業を銀行がガバナンスし、その銀行を政府がガバナンスするといったことが機能することを前提にすれば、日本は凄いシステムを作ったというのがJapan as Number Oneです。戦後日本が作り上げた凄いシステムが、ありとあらゆる所で機能してきたので、それを変え難くなっていると思います。根はそこにあると思います。

 

その根を変える方法、もしくはヒントはありますか。

大場:成功したものを見直し、次の仕組みを作ることは誰がやっても難易度は高いでしょう。しかし、私はそのヒントは先進国の歴史の中にあると思います。

今の日本でガバナンス強化の潮流を根付かせるためのヒントになると思うのは、アメリカの大恐慌後の対応だと思います。第一次大戦後、1920年代のアメリカは自動車産業の躍進などで大変景気が良かったのに、1929年には大恐慌に見舞われ、大量の失業者を出して、あのアメリカで歴史上はじめて餓死者も出ました。なぜこのような事態になったのかについて調査委員会が立ち上がり、大手金融機関の背信行為も要因の一つだったとのレポートがまとめられました。有名なペコラ委員会レポートです。当時のアメリカでは銀行による間接金融が中心でしたが、大手金融機関が損失を投資家や預金者に負担させ、自分たちは損失を逃れていた。これを契機にアメリカでは金融システムを資本市場中心とする直接金融に変える取り組みが始まりました。まさに体制の変革です。その直接金融の仕組みを作るときの大事なキーワードとして「ディスクロージャー」と「フィデューシャリー」の2つが掲げられ、これを根付かせるようにアメリカは法律を作っていったわけです。私は今、日本が同じような過程にあると思うのです。間接金融中心で成長し、失われた数十年を経て、現在の日本の状況には類似しているところがあると思うのです。

資本市場中心のガバナンスの仕組みを作らないといけないということで動き出し「ディスクロージャー」と「フィデューシャリー」がキーワードとなる2つのコードができたというのが私の理解です。バンクガバナンスからエクイティガバナンスへの変革と言えるかもしれません。アメリカの大恐慌の歴史に学び、何が大事なのかを日本は今学ぶ過程にあるのではないかと考えます。そこにヒントがあると思います。

 

ここで日本が足踏みしてしまうと資金が海外に流れる「キャピタルフライト」が起きてしまう

ガバナンス強化の潮流について、現状は一定の評価は受けているものの、今後、日本が足踏みしてしまったら、日本の資本市場ひいては日本経済にどのようなことが起こると思われますか。

大場:一番怖いのは国内から海外へ資本が一斉に流出する「キャピタルフライト」が起きることではないでしょうか。日本にはまだ民間の資金があるので、この低金利が継続し、今の株価で収まっているのですが、財政赤字も踏まえるとその資金がいつまで続くのかとの疑念はついて回ります。日本国内でファイナンスできなくなった時、海外の投資家も日本に投資しないということになると日本の資本市場は激変に見舞われるということが想定されなくもありません。
そういう問題意識が政権にはあったかもしれません。

 

経済全体としての成長が難しい中、企業はリスクを取り、付加価値を創出することで、投資家の期待リターンを稼ぐ、そしてそのリスクをテイクできる企業体質になることが求められ、そうでないと淘汰されてしまう。国全体として、それがうまく回らないとキャピタルフライトにより、血液が回らなくなり、深刻な状況に落ち入ってしまうと。

大場:仮定の話と思われるかもしれませんが、現実にはそういうことも起きているのではないでしょうか。例えば、日本では個人資産が預金に回ることが多いですが、これを資本市場に集め、日本経済の好循環に繋げたいという議論があります。しかし、日本の資本市場に投下しても中長期的なリターンは上がっていないわけです。だったら世界の資本市場に分散投資すれば良く、別に日本市場にこだわる必要はないという議論もあります。

個人の投資先として「つみたてNISA」制度 があります。これは対象のファンドが選定されていますが、国内外の株式や債券に分散投資するファンドがすでに大半になっていると思います。つまり、「つみたてNISA」として個人が積立てているお金の相当程度は自動的に海外投資に向けられているということです。絵空事ではないのです。今は個人の月々の積立てだから大きなインパクトが現れているわけではありませんが、それが積み上がってくると危惧しなくてはいけないことも起こりかねません。
 

続きはPDF『実質の深化に向けた変革を続けていくために大切なこと - 資本コストを意識した経営を投資家が求める背景 -』をご覧ください。


※所属・役職はインタビュー当時のものを掲載しております

デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリー

デロイト トーマツ グループでは、コーポレートガバナンスに関するインタビュー記事や、各種の調査・研究結果レポートをリリースしております。デロイト トーマツ コーポレートガバナンス ライブラリーでは、これらの調査・研究の結果を公表しております。

デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター

デロイト トーマツ グループでは、デロイト グローバル コーポレートガバナンス センター(Center for Corporate Governance) のポータルサイトを通して、企業に世界各国のコーポレートガバナンスに関する情報を提供しています。日本を始めとする世界各国のデロイト メンバーファームが緊密に連携し、海外で積極的に事業活動している企業のグローバルなコーポレートガバナンス活動をご支援いたします。

コーポレートガバナンスに関するご相談、お問合せは以下からお進みください。

≫ お問合せフォーム ≪

お役に立ちましたか?