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NAFTA 改定が日本企業に与える影響

~工業製品を中心に~

※世界経済評論2019年5・6月号に寄稿した内容を一部変更して掲載しています

NAFTAの改定には米国トランプ政権の自国第一主義が色濃く反映されている。特に自動車分野において顕著だ。自動車のNAFTA域内での現地調達率は62.5%から75%に引き上げられ、複雑な労働賃金要求も導入された。一方、デジタル貿易や国有企業などNAFTAを「近代化」するルールも導入された。これらは台頭する新興国へのけん制効果があると捉えられる。米国議会が「ねじれ」の状態にあるなか、新NAFTAの発効は依然として不透明だ。新NAFTA、通商拡大法232条、米中貿易摩擦など米国を取り巻く環境は日々変化している。日本企業の北米事業は難しい舵取りを迫られている。

NAFTA 改定が日本企業に与える影響(PDF, 438KB)

米国の自国第一主義が色濃く反映された改定案

1994年に発効したNAFTA(North American Free Trade Agreement:北米自由貿易協定)は、米国、カナダ、メキシコによるFTAだ。NAFTAはこの北米3国の間で取引される物品の関税をなくすことに加え、サービス貿易の自由化や知的財産権の保護、政府調達の開放などについても定めている。工業製品については例外なく関税がゼロになっており、自動車業界を中心として北米地域のサプライチェーンはNAFTAによって強固に構築されてきた。

米国、カナダ、メキシコの3国が障壁なく1つの経済圏となったとき、仕事の量が増えるのは、相対的に人件費が安いメキシコ。メキシコに工場を建て、生産した製品を関税ゼロで米国に輸出する企業が多い。米国に雇用を増やすことを公約にして就任したトランプ大統領にとって最も許しがたいのはこの状況だ。NAFTAの内容を改定する必要性をカナダとメキシコに訴え続け、2017年8月より改定のための交渉が行われた。約1年にわたる交渉の結果、2018年9月末に改定内容に合意、11月末に首脳によって署名された。改定後の協定の名称は「USMCA(United States–Mexico–Canada Agreement)」に変更され、34章から成る2,000ページ超の協定文が公表された(本稿では、改定後のNAFTAを「新NAFTA」と表記する)。

図1: 新NAFTAの章立て
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新NAFTAにおいて最も特徴的なのは、米国トランプ政権の掲げる「自国第一主義」が色濃く反映された点だ。自動車の原産地規則をはじめ、これまで世界で結ばれてきたFTA・EPAには含まれてこなかった、厳しくかつ独特なルールがいくつか導入されている。また、3ヶ国間の共通のルールではなく、カナダとメキシコのみに新たに課される義務が多く含まれている点も特徴だ。自動車及び自動車部品に関する米国への輸出数量制限や、カナダとメキシコが輸入時の非課税枠の対象範囲を拡大させられたこと等だ。

この一方で、デジタル貿易や国有企業など、従来のNAFTAには含まれていなかったルールも新たに導入された。NAFTAは1994年に発効した協定であり、現代のビジネス環境に即していない面もあったため、NAFTAを「近代化する」ことも、改定交渉の目的のひとつであった。

NAFTAを活用してきたのは米国やカナダ、メキシコの企業だけではない。多くの日本企業もNAFTAのメリットを享受してきた。JETROが行った「2017年度 米国進出日系企業実態調査の結果(2018年1月)」によると、米国で生産・販売活動を行う日本企業の販売先としては、米国を含めたNAFTA市場向けが89.4%1、NAFTA利用率は32.9%だった2。「2017年度 中南米進出日系企業実態調査結果(2018年1月)」によると、メキシコに進出している日本企業においては、輸出入ともに80%以上の企業が「NAFTAを活用している」と回答している3。NAFTAの改定は、北米でビジネスを行う日本企業にも大きな影響を与える。

1 447社が回答
2 793社が回答
3 メキシコへの輸入では9社が回答。メキシコからの輸出では53社が回答

 

自動車産業は前例のない原産地規則を満たさなければならない

FTAがない国の間で貿易を行う場合、通常は「MFN税率」と呼ばれる高い関税率が適用される。図2で、3国間の貿易量が多い品目と「NAFTAがなかった時に支払わなければならない関税率(MFN税率)」を例示する。例えばメキシコから米国へは年間約154億ドル(約1.7兆円)の小型トラックが輸出されている。NAFTAがあれば関税はゼロだが、NAFTAがなければ25%の関税がかかる。3国間のいずれの商流でも自動車関係が上位にランクインしている。つまり、NAFTA活用のメリットが大きい代表的な分野が自動車だ。
NAFTA改定交渉における米国の「本音」はトランプ大統領の掲げる“Buy American, Hire American”の実現だった。それが自動車分野に顕著に表れていたことも理解できる。

改定交渉に際して米国は、交渉当初よりNAFTAを活用するために必要な自動車分野の「原産地規則」をより厳しくすることを求めてきた。NAFTAを活用して関税ゼロで貿易するためには、製品のうちの一定の割合が米国、カナダ、メキシコの中で生産された「NAFTA原産品」であることが必要だ。旧NAFTAでは、自動車の場合、NAFTA域内で62.5%の部材を調達することが求められる。言い換えれば、37.5%分に関しては、日本や中国などの「NAFTA以外」の地域で生産した部品や材料を使ったとしても、NAFTAを活用してメキシコやカナダから関税なしで米国に輸出することができる。米国は改定交渉の当初、この「原産地規則」をより厳しくし、NAFTA域内の調達率を85%にした上、米国製の部材を50%以上使用する仕組みに変えることを要求していた。これに対して、カナダとメキシコは、現在のサプライチェーンに影響を及ぼすとして強く反対していたが、最終的には米国の意向を大きく反映するかたちで合意に達した。
 

図2: 現行のNAFTAの活用メリットが大きい品目の例
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交渉の結果、乗用車及び小型トラックの現地調達率を62.5%から段階的に75%に引き上げることが決まった4。これに加え、エンジン、エンジン部品、ギヤボックス、駆動軸など「重要部品(Core Parts)」と定義される部品の現地調達率も段階的に75%~85% に引き上げられることとなった(図3参照)。完成車の現地調達率を85%に引き上げることは避けられたが、これら部品の調達率は大幅に引き上げた。さらには、乗用車、小型・大型トラックに使用する鉄・アルミの年間購入額の70%を北米産とすることも合意されている。メキシコ、カナダから米国に輸出される鉄・アルミには米国の通商拡大法232条によってそれぞれ25%、10%の関税がかけられているため、米国で生産した場合、両国からの調達にはコストがかかる。

図3: 新NAFTAにおける「重要部品」の一覧
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さらに厄介なのが、日本国内でも多く報道された労働賃金にかかる要求だ。協定原文では「Labor Value Content」と記されている。乗用車、小型・大型トラックの一定割合を時給16ドル以上の賃金の労働者が生産すること等が規定されている。その計算方法は、①生産にかかる純費用等または年間の部材の購入費のうち北米にある工場の時給16ドル以上の賃金の労働者のコストの割合5、②北米地域での生産に必要な賃金のうち研究開発及び情報技術に支払われる割合6、③エンジン、トランスミッション、先進的な電池が、北米に所在し、時給16ドル以上の労働者が従事する工場で組み立てられていること等の合計となる。極めて複雑だ。

米国内の報道によると、米国及びカナダの自動車工場の労働者は時給16ドルの要件を満たすが、メキシコの労働者は満たさないという。このような「Labor Value Content」は、これまでに世界で締結されてきた一般的なFTA・EPAでは例を見ない。複雑な要件を各国の税関が適切に執行できるかどうかも疑問だ。

いずれにせよ、これら新しい原産地規則によって北米における自動車生産のコストが引き上がることは間違いない。新NAFTAを活用するためには、米国、カナダ、メキシコに進出している日本企業も自ずとサプライチェーンの変更を強いられることとなる。
 

4 新NAFTA発効から段階的に引き上げられ、乗用車は2023年以降は25%とされている
5 新NAFTA発効から段階的に引き上げられ、乗用車は2023年以降は25%とされている
6 LVCに計上できるのは乗用車は10%未満とされている

米国の「脅し」によってWTOが禁止する「数量制限」が導入された

新NAFTAでは、乗用車に関しては原産地規則に加えて輸出数量の制限にも合意した。カナダ及びメキシコから米国に輸出する乗用車は年間260万台までは、新NAFTAの原産地規則を満たせば関税ゼロで輸出ができる。260万台を超える輸出に対しては、米国の通商拡大法232条(以下、232条)によって高関税(25%前後を想定)がかかる。232条は、輸入が米国の安全保障を脅かすと判断された場合、大統領の権限で関税発動等の措置を実施できることを定めている。2019年1月末時点、米国は同法に基づき鉄・アルミ製品にそれぞれ25%、10%の関税をかけている。さらに今後、自動車及び自動車部品に対しても25%前後の関税をかける可能性がある。米国の乗用車のMFN税率は2.5%のため、232条による高関税がなければ、複雑な原産地規則を満たすコストよりも2.5%の関税を支払うコストの方が合理的である場合もあろう。だが、関税が25%に上がると劇的に状況が変わる。「関税の3%は法人税の30%に相当する」とされている7 ことからも、そのインパクトの大きさがわかる。

WTO(World Trade Organization:世界貿易機関)は、数量制限を原則として禁止している。カナダとメキシコが、前例のない原産地規則や数量制限を片務的なかたちで受け入れざるを得なかったのは、米国が232条を「脅し」に使っていたためと考えられている。実際にトランプ大統領は、NAFTA改定交渉に合意した際、「脅しがなければ誰も交渉に応じてくれなかった」と発言している。

カナダ、メキシコから米国に輸出される乗用車は両国ともに年間180万台前後(2017年時点、図4参照)で、今のところは上限に達していないが、大幅な輸出増加計画は立てられない。なお、乗用車に加え、自動車部品に対しても輸出制限が課されている。カナダから米国へ輸出する自動車部品は年間324億ドルまで、メキシコから米国へ輸出する自動車部品は年間1,080億ドルまでをNAFTAによる関税撤廃の対象としている。「自動車部品」に何が含まれるかによっても状況は異なるが、一般的な「自動車部品」と考えた場合、今のところは両国ともに上限に達していない。

新NAFTAの原産地規則や数量制限について、米国の自動車業界の反応はどうか。Fordは、改定案を歓迎するプレスリリースを発表した。232条によってカナダとメキシコから輸入する乗用車に高関税を課される不安があったが、260万台までは高関税の対象にならないという安心を得たための反応とも言われている。なお、小型トラックについては、そもそも232条の高関税の対象にしないと明記されている。米国の自動車メーカーがメキシコで生産した小型トラックを米国に輸出しているためであろう。

図4: カナダ・メキシコから米国への乗用車の輸出台数の推移
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7「稼げるFTA大全」(日経BP社)より引用

 

化学品など原産地規則が満たし易くなる産業もある

NAFTA改定によって自動車分野の原産地規則は厳しくなったが、条件が緩和される産業もある。原産地規則において関税分類変更基準が採用されている場合、デミニマス(僅少の材料)の基準値が変更になる。デミニマスとは、生産に使われる部材の価格が製品全体の価格のある一定程度以下の割合だった場合、その部材については原産地規則を満たさなくても良いという規定だ。7%だった基準が10%に引き上がる。これまで使われていなかった部材を活用してNAFTAの低関税で輸出できる可能性が生まれる。例えば蒸気タービンに使用される部材などが該当する。

また、化学品に関しては、非原産材料を使用する場合、これまで関税分類変更基準と付加価値基準しか認められていなかったが、「加工工程基準」と呼ばれる基準も新たに認められることとなった。完成品に非原産材料が含まれている場合、HSコードの変更(関税分類変更基準)や価格に基づく基準(付加価値基準)のみでなく「精製され」「粒径が変更される」等の「化学反応」がNAFTA域内で行われた場合でも原産性があると認められる基準だ。これまで日本が締結したEPAでも採用されている。化学分野にとってはNAFTA活用の可能性が広がる。

付加価値基準の計算方法として「完全累積」も認められることとなった。これまで、原産地規則を満たさず「非原産品」とされる部材においては、その部材を構成する一部がNAFTA域内産であっても、当該部材の全部を「非原産品」として計算しなければならなかった。新NAFTAでは、「非原産品」に含まれる部材の一部に原産品が使われる場合、その部分だけを「原産品」として計算することができる。2018年12月末に発効したTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定:CPTPP)等で採用されている計算方法だ。計算は複雑だが「救済」措置に分類されるこの規定によって活用できる部材の幅が広がる。

自動車分野の原産地規則の厳格化に注目されがちだが、自社製品の原産地規則が改定によって緩和されている可能性がある点にも注目しておきたい。
 

投資や政府調達などでグローバル化に逆行する合意

原産地規則以外でも、グローバル化の流れに逆行する合意がなされた分野がいくつかある。

そのひとつが、ISDS(Investor State Dispute Settlement:国家と投資家の間の紛争解決)だ。ISDSは、投資家と投資受入国との間で投資紛争が起きた場合、投資家が当該紛争を国際仲裁を通じて解決する仕組みだ。二国間の投資協定やFTA・EPAの投資章において規定されている。投資協定は、投資受入国による収用や法律の恣意的運用から投資家やその財産を保護する目的で締結されてきた。投資が実施された後の紛争解決を主要な要素とする「保護型」の協定が主流だ。これに対し、外資規制など投資に伴う参入障壁についても扱う仕組みが1990年代から取り入れられた。これらは「自由化型」の協定と呼ばれ、NAFTAの投資章は先進的な「自由化型」の規定の代表例だった。だが、改定によって対象範囲が制限された。

まず、米国-カナダ間、米国-メキシコ間ともに、新NAFTAの発効から3年間、ISDSの対象はNAFTA発効以降の投資に限るとされた。その上で、発効3年目以降は米国-メキシコ間ではISDSの対象範囲を内国民待遇、最恵国待遇、収用と補償等に限定し、いわゆる「自由化型」だった協定を「保護型」に後退させた。さらに、ISDSの対象となる分野を限定した。対象となるのは、国家当局が管理する石油、天然ガスの探査・掘削・精製・輸送等、発電サービス、通信サービス、輸送サービス、道路、鉄道、橋等の管理等に制限される。さらにカナダ-米国間では、新NAFTAの発効3年目以降は、公益企業を除いてISDSを「廃止」することにも合意した。1994年の発効当時、先進的と捉えられた仕組みが現代になって廃止された。カナダや米国に進出する日本企業の子会社等もISDSを活用できなくなる。ただし、カナダ政府が米国の投資家から訴えられた件数も多く、ISDSの廃止にはカナダも反対していなかった。必ずしも米国の一方的な主張だけを押し付けたわけではない。

ISDSのほか、政府調達でもグローバル化からの「後退」と捉えられる合意がなされた。政府調達章では、政府機関が購入やリースによって行う物品及びサービスの調達のうち、一定金額に達する案件の入札を加盟国の企業に開放すること、他の加盟国に対する内国民待遇及び無差別待遇、公正・透明な調達手続き等を定めている。WTOのGPA(Agreement on Government Procurement:政府調達協定)と類似の規定だ。

米国は改定交渉の当初から、メキシコ、カナダの政府機関が米国企業に対して政府調達を開放していないと訴え、米国企業への更なる開放を求めていた。交渉の結果、米国とカナダの間ではNAFTAでの約束を取り消し、開放の内容をGPAで両国が合意した範囲に戻すこととなった。例えばカナダは、従来のNAFTAでは100の中央政府機関の調達を米国とメキシコの企業に対して開放していたが、GPAでの開放は約80機関だ。米国企業が入札できる対象が減ることになる。

「グローバル化」と呼ばれる時代のなかで、一般的には、投資の保護対象、政府調達の開放の対象はともに拡大していく傾向にある。新NAFTAはこの時代の流れに逆行するルールを取り入れたことになる。

 

NAFTAの近代化では新興国のルールを意識

“Buy American, Hire American”の実現がトランプ大統領のNAFTA再交渉の第一の目的ではあったものの、発効から25年が経つNAFTAを時代に合わせて「近代化」することも交渉目的のひとつだ。カナダとメキシコも「NAFTAを近代化する」ことには反対していなかった。

「近代化」の代表例が、改定によって新設された「デジタル貿易」にかかるルールの導入だ。1994年と現在ではデジタル貿易の状況が大きく異なる。たとえば、McKinsey Global Instituteの分析によると、2014年に国境を越えたデータの流通量は2005年の約50倍になった8。世界におけるインターネット利用者数も、2007年の約13.7億人から2017年には約35.7億人に増加した9。かかる状況においてデジタル貿易にかかる国際ルールの整備が求められている。

デジタル貿易の分野では、「自国内にサーバーの設置を要求することの禁止」「個人情報を含むデータの自由な越境移転」が規定された。これらの規定は、TPP11でも導入されている。なお、TPP11では、金融分野は国内サーバー設置要求の禁止の対象外であったが、新NAFTAでは対象(国内設置要求は禁止)となった。世界では、中国のサイバーセキュリティ法やベトナムのサイバー情報保護法など、データの国内保存を義務化し、データの越境移転を制限する「データローカライゼーション」の規律が増え始めている。米国にはGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)に代表される巨大IT企業がいるため、これら企業の足かせとなる規律を排除し、データを自由に流通できる経済圏を広げたいという思いがある。新NAFTAのルールは直接的に中国やベトナムには及ばないものの、デジタル貿易に関するこれらのルールを世界基準として広めていくための礎を作ったとも言える。

また、TPP11と同様に、音楽やゲーム等のデジタルコンテンツのオンライン上での取引に関税を賦課しないことやソースコードの開示要求を禁止することにも合意した。ソースコードの開示は中国政府が一部の政府調達品に対して要求しているとされている。データの流通とともに、中国を念頭においたルールだと想定される。

政府が保有するデータについても、機械による読み込み、検索や使用が可能な状態での公開を奨励することを新たに合意した。日本政府が推進する「Society 5.0」とも共通する発想だ。トランプ政権は、物品貿易ではグローバル化に逆行する保護主義政策を一貫して実行してきたが、デジタル分野では必ずしも保護主義ではない。

新NAFTAでは国有企業に関するルールを新たに導入した。国有企業が物品やサービスを提供する場合・購入する場合の両面において商業的考慮に従って行動することを求めるものだ。電力供給やインフラ建設等を除き、国有企業に対して政府や他の国有企業がローンや保証等を非商業的な条件で供与することも禁止している。これらの規定もTPP11と類似している。中国政府は「中国製造2025」に基づき、国有企業に補助金等の非商業的な援助を与え、米国企業にも比肩するような次世代産業を育てていると言われている。新NAFTAにこのようなルールが導入されたものも、米国が中国を強く意識したものと捉えられる。

このほか、労働分野では、ILO(International Labour Office:国際労働機関)の4原則である①結社の自由及び団体交渉権、②強制労働の廃止、③児童労働の廃止、④雇用・職業の差別の廃止のための制度整備を行うことに合意した。メキシコが①結社の自由及び団体交渉権の一部を批准していないことを米国はかねてより問題視していた。人権擁護の観点もさることながら、メキシコの労働法制が未整備であるがゆえに安価な労働力を供給し、米国の競争力を阻害する一因になっていると考えるためだ。米国ホワイトハウスは、メキシコが歴史的な労働制度改革を行うことを約束したとしている。

新NAFTAではグローバル化の流れから「後退」したルールもある反面、「近代化」の名のもとに先進的なルールも導入した。これらはカナダ、メキシコのみをターゲットにしたものだけでなく、NAFTA域外の新興国で生まれつつある動きをけん制する役割が期待されているものも多い。

 

8 総務省(2017)「平成29年度情報通信白書」より引用
9 経済産業省(2018)「通商白書2018」より引用。2017年は推計値

 

米国はNAFTAでも中国包囲網を築く

周知のとおり、米国は中国からの輸入超過を問題視し、約2,500億ドルに及ぶ中国からの輸入品に高い関税をかけてきた。NAFTA改定交渉においても、米国が中国を封じ込めようとする動きが見てとれる。

自動車分野では、NAFTA域内の現地調達率を引き上げ、中国をはじめとする域外産の部材の活用可能性を大きく減らした。デジタル貿易や国有企業等中国の動きをけん制するようなルールも新たに導入した。

これに加え新NAFTAでは、加盟国が「非市場経済国」とFTA交渉を行う場合のルールも導入された。「非市場経済国」とは、貿易救済措置を実施する目的でいずれかの加盟国が定義する国であり、いずれの加盟国もFTAを結んでいない国が該当する。言うまでもなく中国を念頭に置いている。この条件に当てはまる「非市場経済国」とFTA交渉を行う場合は、少なくとも交渉開始の3ヶ月前に通知を行うこと、署名から少なくとも30日間は、他のNAFTA加盟国に対して当該「非市場経済国」との間のFTAのレビュー期間を与えることが決められた。「非市場経済国」とFTAを締結することまでは禁止されていないものの、当該FTAが締結されたことを理由に加盟国がNAFTAを離脱できることが併せて定められている。将来的に「非市場経済国」とのFTA締結の抑止力になることは間違いない。

 

新NAFTA発効までの道のりは依然として不透明

米国では、2018年11月の中間選挙の結果、上院は共和党が過半数を維持したものの、下院では民主党が過半数をとる「ねじれ」の状態が生じている。この「ねじれ」状態で新NAFTAが米国議会を通過するかが今後の焦点となる。

新NAFTAは、2018年11月末に3国の首脳によって署名された。その直後に米国のトランプ大統領は、NAFTAを離脱するプロセスを正式に開始すると発言した。NAFTAでは加盟国が書面で離脱を通知した場合、当該国は通知の6ヶ月後に協定から離脱することとなっている。2019年2月8日現在、実際に米国が離脱を通知したと確認できる情報は確認されていないが、トランプ大統領が得意の「取引材料」としてカードを持っている状況だ。もっとも、議会の承認を経ずに大統領の一存でNAFTAから離脱できるかという点は米国内でも意見が分かれるところではあるが、トランプ大統領がこれまでの「常識」を破って実行に移す可能性が全くないとも言い切れない。

トランプ大統領のこの「取引」は、米国議会、そしてカナダとメキシコに対しても向けられている。米国議会には、発動中の鉄・アルミ製品に対する高関税を撤回しない限り新NAFTAを批准しないという意見が目立ち始めている。民主党は、新NAFTAが米国内の雇用及び環境を守るものとして実行力を持つものにならなければ批准しないとの立場だ。ただし、反対派も、米国がNAFTAから離脱した場合に米国で大量の失業者が出ることを警戒し、NAFTAから離脱するよりは新NAFTAを批准する方が良いと判断する可能性もある。NAFTAを活用し、北米地域一体の経済圏を築いてきたカナダとメキシコにとっても同様だ。

さらにトランプ大統領は、カナダとメキシコに対するもうひとつの「取引材料」を持っている。米国の232条による自動車・自動車部品への高関税の賦課だ。当初、カナダとメキシコは、鉄・アルミ製品に対する高関税を撤回しない限り新NAFTAを批准しないという立場をとっていた。だが、新NAFTAによって一定数量までの自動車・自動車部品には232条による高関税が課されないことが確認されると、新NAFTAが発効しこの規定が守られることを最優先にするという見解が多く見られるようになった。つまり、発動中の鉄・アルミの高関税によるコストよりも、自動車・自動車部品に高関税がかかる不確実なリスクの方が深刻だと捉えられている。

 

米国事業は俯瞰的な視点でシナリオ分析をすべき

NAFTA改定の影響を最も大きく受けるのは自動車産業だろう。米国のホワイトハウスが署名後に公開したリリース文でも、「新NAFTAによって、米国における自動車及び自動車部品の生産が増える」ことが最初に書かれている。自動車産業は裾野が広く、カーエレクトロニクスや金属・化学等の素材産業、繊維産業等にも幅広く影響が及ぶ。

トランプ大統領は、“Buy American, Hire American”を掲げ、製造業の米国内回帰を求めている。では、日本企業が米国内の工場を拡張、あるいは新設すれば恩恵を受けることができるのか。その答えは単純ではない。米国の工場では、今回のNAFTA改定により原産地規則を満たすための部材調達、人件費などのコストが上昇する。中国などNAFTA域外から輸入していた安価な部材が新しい原産地規則を満たさなくなる可能性も高い。同時に「Labor Value Content」によって労働者の人件費も上昇する。

また、米国では232条によって鉄・アルミ製品の輸入コストも増加している。今後、自動車部品にも高関税が課されることになれば、カナダ、メキシコを除く全世界から輸入する自動車部品のコストが上昇する。232条については、複数の国が米国に対する報復措置を導入しているため、米国の輸入のみならず、米国からの輸出品にも関税がかかっている。

さらに、中国から米国に輸出される約2,500億円ドル相当の品目にも高関税がかかっている。中国側も、米国からの輸入品約1,300億ドル相当に高関税をかけている。米国は、自身で蒔いた種によって生産コスト、調達コスト、販売コストともに増加する「八方塞がり」の状況にあるともいえる。

このような米国への投資を増やすことが日本企業にとって良いかどうかは一概には判断できない。NAFTA改定、232条による自動車関税、米中貿易摩擦.. 米国を取り巻く通商環境は日々変化し全てが複雑に絡み合っており、いずれかひとつだけにフォーカスしていては判断を誤る。経営には、複数のシナリオを分析した上での難しい舵取りが求められる。


※本資料は一般的な情報を掲載するのみであり、個別の事案に適用するためには、本資料の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適切な専門家にご相談ください。

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