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最新動向/市場予測
コーポレートガバナンスの潮流<前編>
世界的な動向と日本企業への影響
デロイトにおいてコーポレートガバナンスサービスのグローバルリーダーを務めるDan Konigsburg氏の来日に伴い、コーポレートガバナンスの世界的な潮流と日本企業への影響について、インタビューを行ったので紹介する。
グローバルリーダーの自己紹介
Konigsburg氏: Dan Konigsburgと申します。デロイト トウシュ トーマツ(DTT)でコーポレートガバナンスと公共政策を担当するマネジングディレクターです。普段はニューヨークで勤務しています。
私の役職は主に2つあります。まず、世界のコーポレートガバナンス関係業務のトップとして、全世界34カ国を統括しています。コーポレートガバナンスについて、クライアントに助言とコンサルティングを提供することが私たちの役目です。具体的には、世界中の経営者と語り、取締役会との良好な関係を構築しています。また、マーケットに対して調査結果を提供することもあります。
第2の役目は公共政策に関するマネジングディレクターです。ここで「公共政策」とは、デロイトがどのように政府と関わり、世界中の政策担当者と対話し、デロイトの視点、つまり、失業や投資、仕事、経済における女性の役割などの幅広い社会的問題という視点を浸透させていくか、ということを意味します。20カ国地域首脳会議(G20)、経済協力開発機構(OECD)、アジア太平洋経済協力会議(APEC)などの組織とDTTの関係構築も私の責任範囲です。その一部として、パリのOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)コーポレートガバナンス諮問委員会の委員長を務めています。
以上が私の役目です。世界中を巡っていろいろな人と会い、取締役会のメンバーとコーポレートガバナンスについて話し合うという、とても幸運な仕事に就いています。世界各地の人と出会えるので、恵まれていますね。
コーポレートガバナンスのトレンド
●さて、コーポレートガバナンスに関してですが、日本では会社法の改正に向けて国会審議が進んでおり、2015年4月1日から新法が施行される見込みです。新会社法に従い、大企業、多くの企業に対し、1名以上の社外取締役の選出が義務付けられます。社外取締役を選出できない場合は、選出できない理由を事業報告等で説明する必要があります。また、東京証券取引所がJPX日経インデックス400という新しい株価指数を導入しました。このインデックスにはコーポレートガバナンスの要素も加味されています。
これらがいずれ企業経営者の姿勢を変えると言われていますが、日本企業の経営者の中には、まだコーポレートガバナンスに注目していない例も見受けられます。政府は日本のコーポレートガバナンスを重視し、日本企業の経営者もコーポレートガバナンスの重要性を考慮し始めています。
世界全体あるいは英国でのコーポレートガバナンスのトレンドについて教えて頂けますか。
Konigsburg氏: それは重要な質問ですね。まず、言及された2つの例、「社外取締役を指名するか、そうできない場合には理由を説明すること」という新たな義務、そして「株価指数」について述べたいと思います。
どちらも日本にとり非常に良いイノベーションであると思いますが、そのような試みは日本が初めてではありません。他国の制度と経験を比較することは、とても興味深いと思います。例えば英国は、開示を義務付ける同様の制度を導入した最初の国です。1992年に、英国はコーポレートガバナンス規範を導入しました。有名なキャドバリー・チョコレートの元会長、エイドリアン・キャドバリーが規範を策定した委員会の委員長を務めたことから、導入時はキャドバリー規範と呼ばれました。この規範では、コーポレートガバナンスの改善を目指し、3~5項目のきわめて具体的な提案が行われ、当時としては革新的な内容でした。もちろんその1つは、社外取締役です。もう1つは取締役会長とCEOの職務分離でした。
他にもありましたが、日本と同じく、もっぱら関心が集まったのは社外取締役です。そしてやはり日本と同様に、「規則に従うか、さもなければ理由を説明せよ(comply or explain)」というアプローチが採用されました。開示が必要とされ、1名の社外取締役を指名して法を順守するか、そうしないのであれば、そうしなかった理由を説明しなければならないということです。英国の運用はうまくいきました。フランス、オーストラリア、アイルランド、カナダなどの他の国々でも成功しています。
ただし、あらゆる国で成功したわけではありません。英国でうまくいった理由のひとつは、企業に属する人々が規範に従うことを望むからです。自社が他のすべての会社と同じように見えるようにしたいのです。私の母国、米国では、規範に従わないことを良しとする企業が珍しくありません。「comply or explain」方式は、企業に対し、周囲に同調して他社と同じになるよう強いプレッシャーがかかるタイプの文化で、最大の効果を上げるのではないでしょうか。そうであるとすれば、この方式は日本で効果を発揮するのかもしれませんね。いずれにせよ、他の国々はこのような経緯を経ているのです。
言及された第2の例は株価指数です。これも前例があり、よく知られているのがブラジルの例です。10年ほど前、ブラジルのBOVESPA(Bolsa de Mercadorias e Futuros:サンパウロ証券・商品・先物取引所)に、株価指数のような特別な上場区分が設けられました。それはコーポレートガバナンスという点での優良企業のみが上場できる区分で、上場する条件として一定の決まりがありました。社外取締役が義務付けられ、取締役会にも
条件があり、浮動株の下限、つまり、証券取引所で取り引きされる株数の下限も定められていました。買収防衛策に関する規則もありましたが、たぶん日本ではあまり重要ではないでしょう。いずれにせよ、たくさんの規則があり、そこに上場したければ、それに従う必要がありました。当初は徐々に認知が広まりましたが、後に大成功を収め、今日、恐らくブラジルのコーポレートガバナンスに関して最も成功した例の1つでしょう。それはブラジルの経営実務の改善を促す役割を果たしました。
その経緯を踏まえ、ブラジルに続こうとした国がいくつかあります。中でも特筆されるのが、インド、ロシア、ルーマニアです。しかし、ブラジルでの好例が、他国でも有効とは限らないのです。さまざまな要因が絡むため、原因は一概には言えません。当時のブラジルでは、株を発行して資本を集める強いニーズが存在しました。ブラジルには借入資本を利用できる機会があまりありませんでした。そのため、証券取引所を利用しなければならないという強いプレッシャーがあったのです。銀行が非常に強力で、別の方法で資本調達が可能な国では、その方式はうまくいかないかもしれません。私はこの分野においては専門家ではないので、ブラジルでなぜうまくいったのかという正確な答えは分かりません。ただ、言えるのは、それが大いに役立つ場合があり、経営実務の改善を大幅に前進させる可能性があるということです。
●とても興味深いお話です。おっしゃるように、ブラジルはコーポレートガバナンスという点では最先端の国の1つです。ただ、経済的には発展途上の国なわけですが。
Konigsburg氏: 確かに途上国です。
●でも、コーポレートガバナンスという点では、先進国ですよね。
Konigsburg氏: その通りだと思います。 コーポレートガバナンスで興味深い点の1つは、先進国と途上国の間で、はっきり線引きできないということです。
経済的には紛れもない先進国であるのに、正直言ってコーポレートガバナンスはお粗末、という国があります。オランダやイタリアのコーポレートガバナンスなどは、深刻な問題が見られることがあります。どちらも先進国ですが、たびたび問題を抱えてきました。また、私の母国、米国も先進国ですが、スキャンダルが相次いでいます。コーポレートガバナンスと先進国であるかどうかの間には、常に結びつきや相関関係があるとは限りません。
コーポレートガバナンスにおける世界のCEOの関心
●企業経営という観点からお聞きしたいのですが、世界中のCEOは、コーポレートガバナンスの分野において、どういった事に関心を抱いているのでしょう?
Konigsburg氏: そうですね。従来からの問題もあれば、新しい問題もあると思います。従来からの問題としては、取締役会の構成に関するものがあります。取締役会をどのように編成すればいいのか。だれを取締役会のメンバーにするか。企業の取締役会長の役割とは何か。多くの企業と取締役会で、それが相変わらず問題になります。報酬、給与も常に大きな問題です。CEOに対する報酬はどうするのか。ストック・オプションという形にするのか。直接、株で支払うのか、現金か。その各方式で、どのようなインセンティブを提供するのか。この問題についてはさまざまな議論があります。これは、常に討論の的になってきた問題です。
比較的新しい問題としては、多様性(ダイバーシティ)に関する問題があります。女性の役員を増やすことが最近のトレンドです。また、子会社をどのようにコントロールするか。これはインターナルガバナンスまたは子会社ガバナンスと呼ばれることがあります。ベトナムや中国に子会社を設立する場合、その子会社の取締役会をどのように編成すべきか。その取締役会に日本人を加えるか、加えないか。これらは重大かつ、最近検討されている問題です。
投資家や株主との関係も新しい問題だと思います。世界中のアクティビスト株主(いわゆる「物言う株主」)にどのように対処するか。最近では、借入コストが大幅に低下したことで債券市場で資金を調達しやすくなっています。このため、ヘッジファンドが債券市場で資金調達を行い、株を買い、攻勢をかけ、企業に影響を与えようとする傾向があります。それに対して企業はどう対応すべきか。これはとても難しく、新しい問題領域です。
世界の投資家から見るコーポレートガバナンス
●投資家の見方についてご意見を伺いたいのですが。あなたは以前スタンダード・アンド・プアーズ(S&P 米国に本社を置く投資情報会社で、信用格付け機関としても知られる)にお勤めだったということで、投資家としての視点もお持ちですね。世界の投資家は、コーポレートガバナンスについてどのような見方をしているとお考えですか?例えば、企業収益の増大を牽引する要因と考えているのでしょうか。コーポレートガバナンスをどのように見ていると思いますか?
Konigsburg氏: それはどのような人で、どのようなタイプの投資家であるかにより違うと思います。そもそも私がS&Pで扱っていたのは、株式ではなく債券だったので、コーポレートガバナンスの意味が皆さんにとっての意味とは違うと思います。債券を所有している場合、価値の向上はありません。投資した金額よりも多くの利益を得ることはできず、投資分を取り戻せるだけです。一方、価値の下落の方は無限で、100%失うこともあります。ですから債券所有者が望むことは、株主が望むこととかなり違うのです。コーポレートガバナンスを考慮するのは、リスクを低減し、できるだけ危険を冒さないようにしたいからです。企業の安定性と戦略の方が気になるかもしれません。後継者選びがはるかに重要になり、あるCEOから次のCEOへの交代が安定した形で進むかどうかと気を揉むでしょう。また、事業が複数の方が望ましいと思うかもしれません。それは戦略に影響を与えます。例えば、複数の会社を傘下に持つコングロマリット(多岐に渡る業種・業務に参入している複合企業)であれば、その間で相殺し合い、キャッシュフローが安定するので、そちらの方が望ましい、というようなことです。債権者として、債券所有者として、キャッシュフローの安定を望むのです。
それに対し、株主の場合状況は全く異なり、価値の向上が無限になります。最初の投資額しか失うものはないので、価値の下落は有限です。このように考えるので、投資家の望むことはかなり異なります。株主であれば、高い運用益が目標なので、経営者に大きなリスクをとってほしいと思うものです。さらに大きなリスクを引き受ける気になるよう、ストック・オプションを中心とする報酬を与えようとする場合もあります。投資回収率を高めるために、経営の重点を絞ることを求めるかもしれません。このような大きな違いがあります。
株主の中にもいろいろなタイプがいて、タイプにより、コーポレートガバナンスの期待するところが違います。ヘッジファンドにとっては、コーポレートガバナンスは経営に影響を与え、運用益を増やすために利用できるツールやメカニズムといったものです。一方、大規模な日本政府の年金基金のような年金基金にとっては、ガバナンスは違うものを意味するでしょう。30年も先に定年を迎える人のための投資ですから、長期にわたりきわめて安定した経営を望みます。ですから、株式という資産区分の中でも、ガバナンスの意味については、かなり異なる考え方と取り組みがありうるのです。
それから投資家についての質問で、政府についてもお話したいと思います。ガバナンスの意味について考えるとき、ほとんどの人が何を考えるかというと、先ほど言われたように、正しい定義が1つだけあるわけではないのです。これはコーポレートガバナンスにとって問題だと思います。コーポレートガバナンスとは、取締役会、経営陣、株主、従業員といった集団すべての間の関係性であり、それにより企業が長期的に高い財務リターンを上げるようにすることです。会社が成功し、高い財務的な投資回収率を上げるために、株主、経営陣、取締役会、社員が一丸となって働くようにするにはどうすればいいのか。財務的に求められる投資回収率は、裏返せば株主への分配率と債券利回り、つまり株式及び債券所有者への分配率の両方を意味します。また、それは来月や次の四半期の投資回収率だけではありません。何年も先を見越した長期的な投資回収率です。その各々を検討すれば、違う結論が出るかもしれません。現在主に利用されている投資回収率は、従業員のためにならない、短期的な投資回収率かもしれない、そういったことです。あくまでも私の意見ですが。
投資家と株式市場
●実際、日本政府は日本のコーポレートガバナンス制度を変えようとしています。その背景としては、安倍首相が日本の株価をアベノミクスの取り組みの1つと関連付け、外国人投資家による日本の株の購入を進めようとしたという事実があります。
日本のコーポレートガバナンスと外国のコーポレートガバナンスの間に違いがあるため、外国人投資家は日本株について不安があり、それが日本市場に対する障壁になっているかと思うのですが。
Konigsburg氏: 日本の株式市場で株主を見てみると、すでに外国人投資家が最大のプレーヤーになっています。30%近く、すべての株式の30%前後を所有しています。ですから外国人株主が日本を避けているわけではありません。同時に、日本をフランスや英国を比較すると、それらの国では外国人投資家がマーケットの50%以上を占めます。そうすると安倍首相の方向性は正しく、もっと可能性が残っていると主張できるかもしれません。一方、外国人投資家がマーケットの過半数を所有するというのは、その国にとってとても難しい状況です。国内の株主がコントロールを維持する方が安心です。例えばアメリカでもそうですが、外国人投資家がマーケットの過半数を所有する状況はとても不安です。自国の国民である株主が、株のほとんどを持っていたいと思うものではないでしょうか。
とは言え、コーポレートガバナンスに注力することは、日本株の安心感と魅力を増すことは確かです。安倍首相が言っているようなことは、私が思うに、責任ある有益な変化であり、それは段階的な変化でもあります。ご存知のように、安倍首相はあらゆることを直ちに変えようとはしていません。最大の変化は、もちろん、社外取締役を加えることです。日本のコーポレートガバナンスはいまだに世界の中では異色な存在で、アジアの中でさえ、他の国とかなり違います。日本では「委員会設置会社」というモデルを選択しない限り、普通は社外取締役を採用しません。そのモデルを選ぶのは1%か2%しかないと聞いています。中国、香港、マレーシア、ベトナムなどの他のアジア諸国では、取締役会の30%を社外取締役とすることを義務付けています。インドネシア、韓国では、20%から30%です。日本を除くアジアで最も低いのはフィリピンですが、それでも20%です。
社外取締役が有益である理由は、彼らが部外者としての視点を提供できることです。確かにその会社についての知識は少ないかもしれませんが、とても新鮮な部外者としての視点を提供し、きわめて建設的な形で、経営姿勢を問うことができます。「その意思決定は確かですか?」、「これについて考えてみましたか?」、「それについては考えましたか?」という問いかけが可能です。世界中で私たちが確認したことの1つが、社外取締役のいない取締役会は、常にとは言いませんが、業務に関する問題に重点を置く傾向があることです。戦略的な大きな問題について考えることにはあまり時間を割かず、会社に対する外部からの影響についても、あまり話し合いません。内部にばかり目を向ける傾向があり、コンプライアンスと業務に焦点を絞る傾向があります。当然、日本のすべての企業がそうだとは言いませんが、取締役会のメンバーが社内の人のみの場合、世界中で見られる傾向です。
企業業績とコーポレートガバナンスの関連性
●企業業績とコーポレートガバナンスの間には直接的な相関関係はないという意見があります。それについてはどうお考えですか。
Konigsburg氏: 企業業績とコーポレートガバナンスの関連性を実証しようとする試みは、これまでにもなされてきましたが、とても難しいのです。「強い相関関係がある」ことを示した研究があるかと思えば、それを示していない研究もあります。ブラジルの株価指数を見ると、年により、他の企業よりもはるかに良い業績を上げていることがあります。
正直に申し上げて、問題は投資家が欲張りだという点にあります。ある企業のガバナンスが悪いとしても、投資回収率が非常に高いことがわかれば、投資家はいつでもそちらに投資するのです。国が非常に腐敗していて、企業も非常に腐敗しているような国の例があります。ところが、それらは同時に収益性の高い企業でもあり、投資家は「この会社に投資しなければならない」と感じるのです。その状況が変わらない限り、この点については、常に難しいデータを抱えることになるでしょう。それが問題の一部です。
スタンダード・アンド・プアーズは、コーポレートガバナンスとそれが信用格付に与える影響について同様のことを言っています。コーポレートガバナンスが良好であっても、それで格付が上がることはないというのです。ただし、格付が下がらないよう支えることはできます。つまり、価値を守れるのです。価値を付加することはできなくとも、価値を守ることはできるということです。私は心の底で、業績とガバナンスの関係もこれだと感じています。ガバナンスだけでは戦略の改善はできません。経済も改善しません。金利や石油価格についても何の影響を与えることもできません。でも、間違いをしないよう守ることはできます。良い戦略を提供することはできませんが、悪い戦略から守ることはできるでしょう。疑問を投げかけることで、取締役に対して異議申立てができるからこそ、そのような関連性があると考えています。また、いつかは正の相関関係も示すことができればと願っています。ただ、それは実に複雑な問題です。