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カーブアウト買収時の知的財産キャッシュフロー関連項目

知的財産デューデリジェンス(IPDD)は、M&A取引における投資意思決定の参考とするために、対象会社が有する重要な技術や特許権といった知的財産について必要な情報や問題点を調査・分析することを目的としています。ここでは確認すべき知的財産のキャッシュフロー関連項目について解説します。

出願、維持費用1

対象会社の買収後も継続的な研究開発を実施し、新規の特許出願を行ったり、既存の特許権を保有し続けるためには、特許の出願から権利満了までの各ライフステータスにおいて様々な費用を必要とする。必要となる費用を支払先に分けて考えると、(1)特許庁、(2)外部専門家の2種類が存在する。

(1) 特許庁へ支払う費用

知的財産は属地主義 (*1)であり、国ごとに個別に権利が存在する。このため、特許権を保有するためには、各国の特許庁への個別の手続き、支払いが必要となる。特許権を保有するために必要な主な費用としては、出願料(*2) 、審査請求料(*3) 、特許(登録)料(*4) 、特許維持年金(*5) 等がある。

(*1) ある国において認められる特許権というのは、その国で出願され、審査を経て特許登録されたものに限るという考え方
(*2) 特許出願をする際に特許庁へ支払う法定費用
(*3) 特許出願した技術が特許権と認められるために必要な要件を満たしているか審査を受けるために特許庁へ支払う費用
(*4) 特許権を取得するために特許庁へ支払う費用。登録から3年分の特許料が必要である
(*5) 特許権を維持するために特許庁へ支払う費用。登録から4年以降は1年毎に支払いが可能である

出願、維持費用2

(2) 外部専門家へ支払う費用

多くの企業は、特許を出願する際には、明細書作成、翻訳、中間処理(*6)等の特許庁とのやり取り、手続きの代理人として、特許事務所等の外部専門家を利用している。特に費用として大きいのが、特許の出願手続き、書面作成のために依頼する特許事務所への支払いである。国内の特許出願だけの場合には国内の事務所のみに依頼すればよいが、海外へも特許出願をする場合には、各国の特許事務所を通して手続きをすることとなり、事務所毎に費用が発生する。すなわち、必要な費用としては、国内事務所への費用と各国事務所への費用がかかる。

(*6) 特許庁から特許性がない旨の通知が来た際に、特許性を認めるよう反論等する応答処理
 

(3) 費用の算出

対象会社の特許出願・維持費用を見積もる場合には、過去に出願、中間処理、権利維持等の各ステータスで支払った1年あたりの費用(1)および(2)を、今後必要とされる出願・維持費用とみなすことが考えられる。なお、手続き中の特許出願や特許出願予定の技術は費用の発生時期が確定していないため、対象会社の出願傾向が1~2年で大幅に変化している場合には、想定費用と実績費用が大きく乖離することがある。例えば、出願件数が大幅に増加していたり、出願国が増えたりしているような場合には、費用発生額の増加を考慮する必要がある。 

特許補償金1 (*7)

会社の従業員、役員等(以下、従業員等)は、職務発明(*8) につき特許を受ける権利または特許権を使用者等に承継すると、会社に対し相当の対価請求権を取得する(特許法第35条第3項)。現在の特許法によれば、職務発明によって生み出された特許は、原始的に従業員等に帰属している。このため、会社が職務発明によって生み出された特許を保有するためには、債権者である発明者に対して相当の対価を報奨金として支払う必要がある。(*9) なお、複数の会社が合併するようなカーブアウト案件の場合、職務発明規定が各社で異なることが想定されるため、買収後に新会社としての統一された職務発明規定をPMI (*10)として検討する必要がある。

(*7) 出願時、登録時、自社実施時、ライセンス契約時などに、企業から発明者に対して支払われる報奨金
(*8) 使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為が従業者等の現在又は過去の職務に属する発明
(*9) 職務発明の帰属先については、研究開発費の出資者である法人に帰属する方が望ましいという論も存在する
(*10) Post Merger Integration; 新会社に必要な機能をM&A後に統合すること 

特許補償金2

一般的に、報奨金は特許出願時、登録時、当該特許発明の実施等により利益が得られたときに支払われることが多い。売り手企業が負っている相当対価支払義務は、合併等により対象会社の特許が包括承継される場合には、特許により利益を受ける買い手企業に承継される。よって、買収後の出願、登録、特許発明の実施を想定して発生する特許補償金を費用として見積もる必要がある。具体的な見積もり方法としては、対象会社の従前の特許補償金を基準にして見積もる。 

ライセンス料1

知的財産権の権利者は、第三者に対して実施許諾をすることによりライセンス料を得ることができる。対象会社がライセンス契約を締結している場合には、その契約内容を調査し、事業移転による契約への影響およびライセンス収支を調査する必要がある。主なライセンスの種類として、ライセンスイン、ライセンスアウト、クロスライセンスがある。 

ライセンス料2

(1) ライセンスイン

ライセンスインとは、第三者(ライセンサー)が保有する知的財産について対象会社(ライセンシー)がライセンス料を支払い、実施許諾を受けることを意味する。ライセンス料の支払方法には、契約時の一括支払、所定期間毎のランニングロイヤリティ支払、これらの組み合わせ等がある。発生するライセンス額と共に支払方法についても確認が必要である。
また、対象会社がカーブアウト後に別会社と合併する場合は、製品やサービスの仕様が変更される場合があり、変更によってライセンス契約が不要となる可能性がある。例えば、製品機能の簡素化や代替手段の選択による仕様変更の結果、ライセンス対象の特許が不要となる場合が考えられる。特許の他に商標権についてもライセンス契約が不要となる場合がある。例えば、対象会社が親会社と商標権に関するライセンス契約を結んでいる場合、カーブアウト後の新会社は当該商標は使用しないため、ライセンス契約は不要となり、新会社のキャッシュフローにはプラスに働く。

なお、対象会社が締結しているライセンス契約のチェンジ・オブ・コントロール条項 (*11)次第で、カーブアウト後の新会社に対して契約が継続されない可能性があるため、契約の負担義務、契約終了・継続に関する事項についても調査し、ライセンス収支に反映する必要がある。

(*11)契約の一方の当事者の支配権を有する者の変更を、当該契約の解除事由とする条項 

ライセンス料3

(2) ライセンスアウト

ライセンスアウトとは、対象会社(ライセンサー)が保有する知的財産権について第三者(ライセンシー)に実施許諾をし、ライセンス料を得ることをいう。ライセンス契約をしている知的財産権を事業と共に承継する場合、当該権利の契約について、ライセンス料および契約年数について調査、見積もりをする。

さらにライセンス収入とあわせて、どのような内容の担保責任を負っているか等の調査も必要である。すなわち、ライセンスした特許が無効理由を含んでいたり、ライセンスした権利が第三者の権利を侵害していたりするような場合には、権利に瑕疵があるとして損害賠償責任や契約解除を内容とする担保責任を負う可能性がある。このような事項が契約において免責されているか、もしくは保障の範囲等について、対象会社が負っている潜在的なリスクの大きさを検討するために確認が必要である。潜在リスクがある場合には、ライセンス収入とは別に、損害賠償額を別途見積もることも必要である。 

ライセンス料4

(3) クロスライセンス

クロスライセンスとは、自社と第三者がそれぞれ保有する個別の特許権について、両者が相手方に実施許諾をすることをいう。また、包括クロスライセンスの形態をとっている場合もある。包括クロスライセンスとは、特定の特許権を定めずに会社単位や事業単位で契約する場合のライセンスである。それぞれのクロスライセンスには、有償の場合と無償の場合とがあり、互いの権利バランスによって決定される。有償の場合には、支払いか受け取りかに応じて費用を見積もる。

売り手企業がクロスライセンス(包括クロスライセンスの場合を含む)を締結している場合、売り手企業の知財ポートフォリオ、および売り手企業のクロスライセンス相手の知財ポートフォリオによって対象会社の事業が守られていることがある。カーブアウト時には、このクロスライセンスの傘から対象会社が外れるため、訴訟リスクが発生する可能性がある。具体的な訴訟額の算出は困難である場合が多いが、少なくとも対象会社への影響は検討すべきである。 

管理費用1

(1) 知財管理システム

特許件数が多くなると管理システムは必須となる。管理システムは導入時に多額の費用が発生し、その後の保守、管理等のメンテナンス料は一定となる傾向がある。事業移転時に同じ管理システムが使用できれば多額の費用発生は避けられるが、複数の事業統合の場合には、使用している管理システムが全く同じであることはほとんどないと考えられる。管理システムを統合する場合には、統合にかかるデータの移行およびシステム開発費等、さらに費用が発生する。

(2) 知財管理人員

事業移転に伴って知財管理人員も移動が必要である。複数の事業が移転して統合する場合には、必ずしも移転前の全ての人員が必要とは限らない。統合により、移転事業分野に従事する人数を削減することも考えられる。一方で、知財管理人員は所属が移転事業にない場合もあり、売り手企業に残る場合もある。その場合には新たに知財人員を配員することも考えられる。新会社の事業規模、特許権の出願件数など、想定される知財活動の程度を考慮して、適切な知財人員を検討し、その人件費を見積もることが必要である。なお、人件費については、人事DDのインプットを参考として見積もるとよい。 

管理費用2

(3) 管理業務委託費

管理業務は知財部内で行っている場合もあるが、特許出願や権利化、権利維持に係る手続等の管理業務を外部に委託している場合には管理業務委託費が発生する。委託先としては、親会社の知財管理部や知財管理を業務とする関係会社等がある。カーブアウト後には委託先変更の可能性があり、別の委託先を見つけるか、新たに管理人員を雇用して新会社内で管理を行うかの二択が考えられる。すなわち、管理業務形態によって見積もり費用が異なる。委託を継続する場合には管理委託費用として見積もり、管理人員を雇用する場合は、人件費に上乗せする。 

管理費用3

(4) 名義変更費用

特許権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)は、登録しなければ、その効力を生じない(特許法第98条)ため、カーブアウト時に特許権を移転する場合には特許庁への届出が必要となる(実用新案権、意匠権、商標権も同様)。出願中の権利については、出願人名義変更届を特許庁へ提出する必要がある。また、特許権等の権利情報の登録申請を行う場合、登録免許税法の規定に従い、登録免許税を納付することが義務付けられている。

<カーブアウト時に必要となる日本特許庁へ支払う費用>(※特許庁HP産業財産権関係量意金一覧よりDTFA作成)
・出願中の特許・実用新案・意匠・商標:4,200円/件
・登録後の特許権:15,000円/件
・登録後の実用新案権:9,000円/件
・登録後の意匠権:9,000円/件
・登録後の商標権:30,000円/件

上記は日本の場合であり、海外の権利については各国の手続について確認が必要である。さらに、外部に名義変更手続を委託する場合には外部委託費用についても見積もる必要がある。 

その他のキャッシュフロー関連項目1

事業移転により、知的財産権に関連した訴訟の被告、原告となる可能性が新たに発生する。訴訟となった場合には多額の訴訟費用が必要となるため、対象会社に対して、リスクの有無の認識およびリスクがある場合には必要費用の確認をし、必要に応じて訴訟費用を見積もる必要がある。

(1) 被告となる場合

対象会社の事業が第三者の特許権を侵害している場合、通常であれば差し止め請求を受ける、又は損害賠償請求を受ける。しかしながら、移転事業が大企業の傘下にあるような場合には、大企業の知財ポートフォリオに守られているために訴訟を提訴されていない可能性がある。

例えば、A事業およびB事業を有するX社およびY社(第三者)を想定する。A事業ではX社がY社の特許権を侵害しているが、B事業ではY社がX社の権利を侵害している。Y社はA事業についてX社に差し止め請求をしたいが、B事業においてX社の権利を侵害しているためにアクションを起こせない。ここで、X社のA事業が移転して新会社が設立され、X社の傘下から外れたとする。新会社はX社とは資本関係のない会社である。この場合、新会社はX社の特許ポートフォリオに守られておらず、Y社は新会社に対し、差し止め請求をすることが可能となる。以上のような潜在的なリスクは売り手企業が大企業であるカーブアウト案件の場合に起こりやすいと考えられる。 

その他のキャッシュフロー関連項目2

(1)被告となる場合(続き)

通常、対象会社は第三者の特許権の侵害状況について調査しており、リスク回避の対応をとっていることがほとんどである。しかし、調査は完全とは限らないため侵害している第三者の権利の有無を完全に把握することは難しい。特に海外において事業を行っている場合には思わぬ特許権が存在している可能性がある。侵害状況を認識しているか否かは最低限必要な調査であるが、必要に応じて第三者の特許調査をどの程度行っているかも合わせて確認することが望ましい。また、侵害していることを認識しつつ対応していない場合、特許無効調査費用や弁護士費用等訴訟準備費用・損害賠償費用の見積もり、もしくは製品の仕様変更に係る費用および仕様変更による売上への影響を見積もることが別途必要となる。

(2) 原告となる場合

カーブアウト前に、対象会社の移転予定特許を第三者が侵害しているという事実を認識しているが相手に何の請求もしていないような場合、第三者に対して権利行使し、ライセンス料の請求をすることができる場合がある 。この場合には、侵害している相手製品の価格、販売数量、特許権が製品に貢献している貢献度等を推定し見積もることになる。その他、実際に侵害相手と争う際には、相手方との交渉費用、人件費、弁護士費用等が必要となるため、あわせて費用として見積もる。 

まとめ

カーブアウト時において知的財産を承継する場合には、出願・維持費用、特許補償金、ライセンス料、管理費用等、考慮すべきキャッシュフロー関連項目が多数存在する。しかしながら、カーブアウト時の損益計算書、貸借対照表を作成する時には、知的財産関連の項目が考慮されていないケースが多い。対象会社の知的財産についてキャッシュフロー関連項目を確認し事業計画に反映させることで、買い手企業がM&A交渉時に取引価格を下げる有力な材料として知的財産を利用することが可能となる。

<参考文献>
TMI総合法律事務所、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー株式会社 編, 中央経済社, 2013/4/10, 「M&Aを成功に導く 知的財産デューデリジェンスの実務(第2版)」 

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