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ライセンス契約の締結プロセスと留意点

ライセンス料の算定方法およびライセンス契約に起因した技術流出事例を紹介

ライセンス契約の締結プロセスに焦点を当て、各プロセスについて解説するとともに、重要な論点であるライセンス料の算定方法およびライセンス契約に起因した技術流出事例を紹介します。ライセンス契約は、特許権や商標権等の知的財産権や、技術ノウハウ等の知的財産の実施や利用に関する契約です。ライセンス契約は、知的財産を活用することで、事業展開の迅速化や効率化・収益の獲得につながることから、重要性が高まっています。

ライセンス契約の概要

ライセンス契約は、特許権や商標権等の知的財産権や、技術ノウハウ等の知的財産の所有者(ライセンサー)が使用者(ライセンシー)に、その経済的価値や独占・排他権を考慮して、ライセンス(実施権、利用権)を許諾する契約である。ライセンス契約により、ライセンサーは、ライセンス収益による特許の出願・維持費用や研究開発費の回収や、技術や製品の普及による業界の裾野の拡大等を期待でき、ライセンシーは、許諾を受けた知的財産を実施・利用することにより自社技術の補完や他社の権利侵害の回避等を期待できる。ライセンス契約は、対象となる知的財産権や知的財産が無体物であり、考えの異なる2企業間の継続的な契約関係であることから、不確定要素や不安定要素が多いことに留意することが肝要である。

ライセンス契約の締結プロセス(1)

(1) ライセンス契約の締結プロセス
ライセンス契約は対象となる知的財産権や知的財産が無体物であり、考えの異なる2企業間の継続的な契約関係であることから、不確定要素や不安定要素が多い。ライセンス契約の特徴を踏まえ、契約を締結しようとする場合には、ライセンス契約の基本方針を策定する事前準備、契約内容やロイヤルティ料についての契約交渉といった段階を経る。なお、事前準備及び契約交渉の段階から、締結後の維持管理までを視野に入れておくことが望ましい。

ライセンス契約の締結プロセス(2)

(2) 事前準備
企業の事業活動における知的財産の重要性の高まりから、経営戦略や知的財産戦略と連動したライセンス基本方針を策定することが望ましい。ライセンス契約で規定すべき事項は多岐にわたる。契約当事者は、基本方針に則った契約交渉に臨むことが重要である。

<ライセンス基本方針のポイント>
1.ライセンスの目的
2.技術・特許の取扱の原則
3.必要技術・特許の獲得方法(自社開発による獲得、他社技術・特許の導入)
4.経済性と取引の安全・信用に対する方針
5.ライセンスに対するアプローチ(他取引を含めた総合的判断、ライセンス単独の判断)
6.クロスライセンスの考慮
7.ライセンスの世界戦略

そして契約当事者に関する事前調査を実施し、契約候補者の選定やライセンス対象の適切性を検証する。ライセンサーは、ライセンシーの経営基盤の安定性や、販売力、契約遵守の気風、技術レベル等、相手方の実態を把握することが重要である。そして、ライセンシーは、ライセンス対象の技術性や自社にとっての必要性の評価、権利の侵害・被侵害の有無等を確認することが重要である。

ライセンス契約の締結プロセス(3)

(3) 契約交渉
契約交渉の段階においては、ライセンス対象の特定や、許諾する権利の範囲、ライセンス料の計算方法や支払い方法等について定める。ライセンス契約には、通常の契約書の一般条項に含まれる項目に加え、ライセンス契約特有の項目について定めることになる。

ライセンス契約の締結プロセス(4)

<ライセンス契約の主な項目>

A)ライセンス対象
・対象商品、地域:対象商品の範囲、販売可能地域
・対象期間:初年度の期間や自動更新の有無、対象期間は「暦年」か「契約年」か
B)ライセンス内容
・権利の種類:ライセンスされる権利(製造ライセンスや製造販売ライセンスか等)
・対象知財の種類:ライセンスされる知財の内容(特許権やノウハウ等)
・許諾形態:独占化否か、ライセンサーによる直接販売の可否
・技術支援:ライセンサーからのノウハウ提供の有無や形態
C)ライセンス使用範囲
・サブライセンス:サブライセンスや製造委託の可否、認める場合の条件
・並行輸入:域外の第三者が許諾地域で販売できるか
D)ライセンスの対価や支払条件
・対価算定方法:実施料の定義(イニシャルペイメント、最低保証額等)、ライセンス料の基準量(売上高や販売数量の定義。特に返品・値引等の扱い)
・支払方法:支払手続、租税条約の確認やライセンサーの協力義務の定義(特に源泉徴収)
・報告方法:報告事項や監査権の有無、監査条件
E)知財の維持・利用
・改良、創作:改良や創作の可否(一定範囲で認めるのが通常)
・知的財産侵害:侵害発見時の通知や防御義務の有無、不正使用の防止義務の有無(通知義務や協力義務、費用負担義務の明確化)
F)その他
・競業避止:類似製品の販売等に関する制限規定の有無
・契約解除:契約解除条件、ミニマムライセンスの不達成時の取扱

知的財産・知的財産権の評価(1)

ライセンス契約において、ライセンス料は最も重要な検討項目であり、当事者にとって重大な関心事である。ライセンス料の算定の根拠となる、知的財産・知的財産権の評価には、各種の方法がある。知的財産・知的財産権の評価方法の検討にあたっては、評価対象の性質や評価目的を勘案する必要がある。

<知的財産・知的財産権の評価方法>

1.コスト・アプローチ
資産を生み出すために必要となるコストに注目するアプローチ
長所:資産に対する投資金額や再調達コストがそのまま価値となるため、客観性が高く恣意性が入りにくい
短所:投下した支出内容と経済的成果(将来成果を生み出した場合の価値増分)との関係が必ずしも明確ではない

2.マーケット・アプローチ
第三者間の取引を通じた価格を評価額の基礎として、その価値を検討するアプローチ
長所:第三者間の取引を通じた価格を評価額とすることから、客観性が高い
短所:類似する取引事例が存在しないこともあり、採用が困難なケースがある

3.インカム・アプローチ
資産を活用することによって将来生み出される利益の現在価値に注目するアプローチ
長所:資産を実際に活用することによって将来獲得される利益を評価の対象とすることから、価値概念に最も近い評価方法
短所:将来予測についての不確実性が伴うため、評価に際して使用した数値の信頼性や安全性の確保が重要

知的財産・知的財産権の評価(2)

知的財産権・知的財産の評価方法には先述の3つの評価方法があり、それぞれ長所と短所があるため、評価の目的や対象の性質に合わせて採用する必要がある。なお、評価方法として一般的に多く採用されているのは、当該知的財産・知的財産権によって将来生み出される価値を基に評価を行うインカム・アプローチである。コスト・アプローチは、評価対象とする知的財産の獲得にかけたコストが大きくても、それに見合った結果が得られるとは限らない点、マーケット・アプローチでは、各取引の個別性が高く、且つ、特許の流通マーケットが発展過程にある点から、評価方法として採用しようとする場合には、慎重に検討する必要がある。

知的財産・知的財産権の評価(3)

ここでは、インカム・アプローチの代表的な評価方法の1つである、ロイヤルティ免除法の評価手順について解説する。ロイヤルティ免除法は、仮にその知的財産を所有していない場合に支払わなければならないコスト(ライセンス料)の見積額を算定し、評価対象期間内で当該金額の現在価値を算出することにより対象の知的財産の価値を検討する。ロイヤルティ免除法に基づいた価値評価方法の手順を下記に記す。

1.評価対象の知的財産による製品の売上高を予測
※ポイント
・技術動向の調査(対象技術の市場シェアや経済的有効期間)
・ライセンシーの販売力及び生産体制
・対象製品及び対象地域による市場規模の予測

2.想定されるライセンス料率を検討
※ポイント
・利益率の水準と業界の平均的な料率や類似取引における料率の水準を検討材料として採用する

3.予測ライセンス収入を算出
※ライセンス収入の算出
・1・2の仮定で算出された売上高およびライセンス料率から、ライセンス収入額を算出する

4.割引計算による現在価値の算出
※現在価値の算出とライセンス支払モデル
・対象会社の財務構成や同業他社のデータ等から、割引率を算出し、現在価値を算出
・算出された割引現在価値の金額を元に、ライセンス料の支払モデルを検討する

ライセンス契約の維持管理

維持管理の段階においては、ライセンサー、ライセンシーそれぞれの立場から、ライセンス契約に則った対象知的財産・知的財産権の利用状況や、価値や権利の保全、ライセンス料の正確性の確認等を実施する。

<ライセンサーとしてすべきこと>
1.ロイヤリティ報告内容の正確性を確認する(必要に応じてロイヤリティ監査を実施)。
2.ライセンシーの経営状況のウォッチ。破産等の懸念がある場合には、債権回収の手当てを行う。
3.ライセンシーの改良発明・技術についてライセンシーから報告を受ける。
4.ライセンス対象となる特許等の権利の保全に努める (年金不払い等による権利消滅を防ぐため、ライセンス対象とした権利は他の保有権利と区別して管理、等)。
5.ライセンス対象となる特許等についての第三者の侵害の有無に注意を払う。

<ライセンシーとしてすべきこと>
1.対価の支払、改良発明の通知など、契約履行に必要な事項を管理(不履行による契約違反から契約解約を防ぐ)する。
2.自社製品へのライセンス契約による権利(特許権等)の利用状況を把握(ロイヤリティを支払う必要性の確認)する。
3.第三者による許諾特許の侵害行為を監視し、発見次第、ライセンサーへ通知する。

出典:石田正泰 監修 発明協会 編(平成13年6月)「ライセンス契約実務ハンドブック 」

締結プロセスの重要性

知的財産に関する紛争や、技術流出等が企業の事業活動に与える影響は、知的財産やライセンス契約の重要性が高まるにつれて大きくなっている。ライセンス契約の不備により、技術流出が発生し、損失を被るだけでなく、事業活動まで制限されてしまうこともある。ライセンス契約の締結過程の段階に応じた準備や検討、交渉を経ることにより、ライセンス契約に端を発する紛争の回避や技術流出リスクを低減し、安定した契約関係の維持を図ることができる。

ライセンス契約に起因した技術流出事例(1)

ライセンス契約をきっかけに意図せずに技術が流出してしまうケースがある。ライセンス契約は、ライセンサーのコントロールの及ばない領域で自社の知的財産権・知的財産が実施・利用されることが、大きな理由である。技術流出を防止するためには、契約締結のプロセスや契約締結後の維持管理の段階で予防策を講じるとともに、技術流出が発生した場合の対応策を講じておく必要があるだろう。

(事例1)契約内容の曖昧さによる技術流出
1. 契約範囲が曖昧な状態で、相手先の説明を鵜呑みにして契約締結した結果、自社が意図する範囲を超えて技術が活用された
2. 自社のコア技術をライセンスし、製造ノウハウも開示したが、想定を超える技術レベルに達したライセンス先従業員が自ら会社を立ち上げ模倣品の販売を開始した。契約上は退職者に関する規定が無かったため、有効な法的措置がとれなかった

(事例2)契約違反による技術流出
1. 契約では、第三国に輸出する場合は事前協議を行うことを定めたが、ライセンシーが事前協議なく第三国に輸出し、廉価販売を行った(結果、当該市場の自社代理店から損害賠償を請求された)
2. 契約ではサブライセンスを禁止していたが、合弁先の監督を怠ったことにより、合弁先から別の企業にサブライセンスされ、被害を受けた

ライセンス契約に起因した技術流出事例(2)

(事例3)現地工場の管理不備に伴う技術流出
1. 合弁会社の工場の夜間や休日の管理が不十分だったため、時間外に契約外の製品などを製造・横流しする等の被害を引き起こした
2. 現地従業員が毎早朝出社し、コピーにより文書を不正に持ち出した
3. 最先端製品の海外生産を行った際、装置等に含まれる重要な情報や農法の管理が不十分であったため、当該製品の製造技術が流出した

(事例4)技術研修に伴う技術流出
1. 現地法人を立ち上げるに際し、従業員を日本で研修させたところ、現地の同業他社に転職してしまった
2. 材料管理が不十分だったため、技術指導先の企業から受け入れた研修生が生産現場で使用材料のメーカーや品番をメモし、後で当該メーカーに同じ材料を発注した
3. 取引先から工場見学等を求められ、営業上の観点から見学を認めたところ、製造ノウハウのメモをとられ、当該情報が競合企業に流出した

<参考文献>
石田正泰 監修 発明協会 編(平成13年6月)「ライセンス契約実務ハンドブック 」
淵邊善彦/吉野仁之 著(平成20年2月)「ロイヤリティの実務―ライセンスビジネスでの契約と監査のノウハウ」
淵邊善彦/吉野仁之/寺内章太郎/長谷部智一郎 著(平成24年9月)「ロイヤルティの実務詳解」

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