日本企業のAIトランスフォーメーションを加速させるための戦略的な問い ブックマークが追加されました
本稿は2022年5月発行の「グローバルAI活用企業動向調査 2021」に掲載の「日本の見解」の再掲です。調査結果とも併せて、ご一読いただければと思います。
人工知能(Artificial Intelligence / AI)の研究は、数十年前から、その言葉がイメージさせる世界感への期待の高まりと、「実用にはまだ…」という揺り戻しを何度となく繰り返してきました。しかし、テクノロジーの進化に伴う、いわゆる“データ爆発時代”の到来と、計算能力の劇的増大、そして深層学習のような機械学習手法のブレークスルーが合わさって、近年のAI技術は、高まり続けた期待を優に超え、AIで得られる力を競争優位性に変えてビジネスを変革する現実となったのです。今やAIを使いこなすことがビジネスの前提であり、その流れは年々加速しています。
その傾向はAIを取り囲む市場の指数関数的な成長が如実に表しています。例えばそれはAIソフトウェア市場規模の推移に見て取れます(図1)。
今回のデロイトの調査でも、企業がAI投資を増加する傾向にあるという結果が出ています。また、同様の結果が国内外のいくつもの調査で得られています。COVID-19によってビジネス環境が大きく変動している中でもAI投資は増加傾向にあり、AIで先行している欧米の企業が取り組みを加速しているのです。AI市場が急速に伸びるのも当然のことと言えるでしょう。
さらに興味深い研究結果があります。IT業界では、過去数十年に渡って、テクノロジーの進化速度を「ムーアの法則」になぞらえてきました。それは「半導体のトランジスタ集積率は18ヶ月で2倍になる」というものです。身近なところで言うと「コンピュータのCPUの性能が18ヶ月ごとに2倍になる」ということです。現在私たちを取り囲むサイバー社会はその指数関数的な速さで進化したということに他なりません。
ところが2019年、米国スタンフォード大学が、2012年以降AI演算システムの演算能力は3.4カ月ごとに2倍になっている、という研究結果を発表しました2。ムーアの法則という進化の目安を、AIの進化スピードが凌駕するようになったのです。同研究では、例えば大規模な画像分類についてクラウドインフラ上で学習させるのに要する時間が、2017年10月に約3時間だったのが、2019年7月には約88秒に短縮され、学習に伴うコストも2桁減少している、としています。これだけの力をビジネスが放っておくわけがなく、AIを取り囲む市場の加速的成長は今後も続くでしょう。
日本国内では、2016年1月に内閣府の「第5期科学技術基本計画3」において、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」、すなわちSociety 5.0が提唱されて、我々が目指すべき大きなビジョンが示されたと共に、一気にAIが身近な現実であることが浸透したと感じます。
その後2019年2月に経団連が「日本企業として、いかに AI の適切な活用を進め、AI の力を使っていくか」という問題意識のもと「AI 活用戦略~AI-Ready な社会の実現に向けて~4」を策定し、AI を活用するための準備(AI-Ready 化)からAIによる価値創造への変革(AI-Powered 化)の道筋を示しました。その中では経営層、専門家、従業員、システム&データのステップアップの目安が、レベル1「AI-Ready化着手前」からレベル5「AI-Powered企業として確立・影響力発揮」の5段階に整理されています。
そしてコロナ禍を経て今、日本企業のAI活用ひいてはDXの状況はどうなっているでしょうか。今回のデロイトの調査でより鮮明になった結論としては、昨今色々なところで言われていることと同じで、日本のDX/AI活用は遅れているのです。図2でも見て取れるように、AIに係る取り組みを結実させ、広く組織の変革に活かすことができている「トランスフォーマー」が、グローバルと比べると日本は半分以下で、全体の半数近くが逆の立ち位置である「スターター」、つまり取り組み始めた段階にあります(図2)。
しかし、私たちが本当に向き合うべき課題は「遅れていることではなく、遅いこと」です。前述のとおり確かにスターターが多く、後れをとっている結果となっていますが、取り組みは確かに始まっているし前進しています。見方を変えれば遅れている分オポチュニティがたくさんあって期待が高まる好環境です。しかし問題は前進の遅さなのです。
例えば、AIの活用目的が技術起点で考えられている場合(例:チャットボットを導入して有人の対応業務の一部を自動化してコスト削減する)、一定の成果は得られるが、それだけだと加速的成長の動力となる競争力にはつながりません。なぜなら同じ技術は競争相手もアクセスできて差別化にならないからです。しかし、日本企業の活用目的が技術起点である傾向が強めであることが、昨年の情報処理推進機構(IPA)の調査結果(「DX白書20215」)から考察できます(図3)。
図3の上部の矩形(青)で示した「アナログ・物理データのデジタル化」や「業務の効率化による生産性の向上」については、「すでにある程度の成果が出ている」としている企業も含めると、技術起点の取り組みでは日本と米国で成果にそれほど大きな差異は出ていません。
一方、図3の下部の矩形(赤)で示した「根本的な変革」については約40ポイント分の大きな開きがあります。「今後の成果が見込まれている」としている企業を含めるとだいぶ挽回できる点に希望を感じるものの、ビジネスモデルの変革では実に40%の企業が実質的には取り組めていません。変革を目指さない過去や現在の延長線上の成長ではスピードが遅過ぎて、加速する先頭集団にどんどん離されてしまいます。ギアを変えて加速しないといけません。
ここで改めてDXの本質について明確にしておきましょう。世の中には色々なDXの定義がありますが、経済産業省「デジタルガバナンス・コード6」での「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」という文言が要諦を表しています。AIは変革による競争優位性確立のためのエンジンであり、データは言わばその燃料です。エンジン自体の活用ではなく、エンジンを使ってどのような競争優位性を確立するか、という観点が発想の起点となるべきなのです。この起点がずれると、AIに係る取り組みが思ったように結実せず苦しいレースを強いられるでしょう。
しかし日本では、自社のAI活用が協業他社との差別化につながっていると捉えている企業がわずか15%で、グローバルの半分以下です(図4)。加速してスピードを上げるためには、まずはグローバルと同じレベルかそれ以上の、競争優位性を確立する発想が必要です。
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とはいうものの、山積みの業務課題を目の前にして、期待膨らむAIですぐにそれらを解きたくなる誘惑も大きく、「AI活用」を起点に考えてしまうこともあるでしょう。しかし敢えて一旦AIから離れることも肝要です。そのために最初に問うべきはポジショニング戦略の問い、すなわち「自社の主戦場においてどの競争軸で誰にどう勝つのか」というものです。競争軸と勝ち方がクリアになって初めて「AIをどのように活用すればその競争軸で勝つための差別化を図れるのか」という問いを立てることができるのです。
これらの問いは経営陣、リーダー層にしか答えを出せません。IT部門や現場に「AIを使って何するか」とお題を出す組織も少なくないと思いますが、その前にこの問いを立てれば、AI活用で今以上の原動力・推進力を得られるでしょう。
まず、現時点で自社がどのステージにいるのか、デロイトの「Becoming an AI-fueled organization」の「How does your organization measure up?」という簡単な自己診断テストをぜひ試してみてください。「スターター」または「アンダーアチーバー」という結果が出た場合、自社のAI活用の取り組みについて、前述の2つの問いに答えが出ていない可能性があります。
また具体的にAIの取り組みが進行している場合は、取り組み課題の難易度に合った環境や条件が整っているか確認するのも良いでしょう。それはデロイトの「AI Complexity Calculator」の自己診断で確認できます。
今、日本企業のDXを加速するのに必要なのはたった一つの発想の転換です。そのリミッターさえ外してしまえば、世界で最もクリエイティブといわれているこの国は、本格化したAIの産業展開の追い風を受けて、 AI先進国に躍り出ることでしょう。
参考文献
清水 咲里
デロイト トーマツ コンサルティング AI&Dataユニット ディレクター
グローバルIT企業のソフトウェア開発研究所においてアーキテクトとしてトランザクション管理やデータ管理のソフトウェア製品を担当。その後、データアナリティクスを主軸としたAI/データ利活用の構想・戦略策定、オペレーション設計のITコンサルティングに従事。
2020年よりデロイトにて AIトランスフォーメーション戦略策定支援を担当。Deloitte AI Instituteメンバー。