デロイト トーマツ サイバー 上原 茂が訊く 自動運転社会でデロイト トーマツが果たす役割とは ブックマークが追加されました
『自動車×サイバーセキュリティ』をテーマに、デロイト トーマツ サイバー合同会社シニアフェローの上原茂が、自動運転社会の実現に携わる有識者を招いてお話を伺う本シリーズ。今回はデロイト トーマツ サイバーの代表執行者である桐原 祐一郎と、同じくデロイト トーマツ サイバーで執行役員 自動車セクター担当の泊 輝幸をゲストに迎え、自動車サイバーセキュリティのリーディングファームとしての視点から、自動運転車の社会実装に向けてデロイト トーマツが果たすべき役割を議論しました。
【登場者】
(写真中央)
デロイト トーマツ サイバー合同会社
代表執行者
桐原 祐一郎
(写真右)
デロイト トーマツ サイバー合同会社
執行役員 自動車セクター担当
泊 輝幸
(写真左)
デロイト トーマツ サイバー合同会社
シニアフェロー
上原 茂
上原:これまでのシリーズでは自動運転車のセキュリティ対策や普及への取り組み、社会実装に向けた課題を取り上げました。そこから見えてきたのは、自動運転車が普及するには「社会受容性が必要」だということです。
社会受容性とは何かを突き詰めると、利用者をはじめとする各人が「自分ごととして捉え、自動運転車と積極的に関わりを持つ」ことです。行政や自動車メーカーにルールづくりや商品開発を任せるのではなく、「自動運転車がこれからの豊かな社会づくりに貢献できるよう“どうあるべきか、どうあってほしいか”を自分ごととして考え、育てる意識」を持つこととも言えます。これまでお招きしたゲストは皆、こうした意識を醸成していくために自動車メーカーや関連団体が積極的な取り組みを行い、利用者がその活動に積極的に参加することの重要性を説かれていました。
桐原:自分ごととして捉えることは非常に大事ですし、まさに自動運転の社会実装のキーとなる考えだと思います。私は過去に、空飛ぶクルマを日本で最初に検討したチームに属していました。そこでも同じように「空飛ぶクルマが発展するには社会受容性が大事」という結論に至りました。まずは利用者に身近に感じてもらい、認知してもらうこと。そのうえで「空飛ぶクルマは便利で安全、なおかつコストメリットがある」と実感してもらえるステップを踏むということです。開発側は、それぞれのステップで何ができるのかを考えることが重要です。
社会受容性の醸成には地道な努力が必要です。空飛ぶクルマでは、認知段階で人が乗れる模型を作って展示したり、テレビドラマに露出させたりといった活動をしました。便利だと感じてもらうために「新幹線の駅から空飛ぶクルマに乗り換えて移動すれば、日本全国をカバーできる。だからどこへでも最短時間で行くことができる」といったこともアピールしました。
上原:既存の移動手段の代替ではなく、これまで行きにくかった場所にもスムーズに行くことができる「便利で価値のある移動手段」という価値を付加したのですね。
桐原:はい。自動運転車も同様のアプローチが有効だと考えます。「自動運転車があればよいな」と思っている人は多いでしょう。まずは、自動運転車の便利さを理解する人を増やすことが重要です。そのためには、実際に試乗できる機会を提供したり、ユースケースを紹介したりするなど、長期的な視点で活動することが大切です。こうした取り組みを通じて、「自動運転車は便利で安全」という認識を社会に広げていく。デロイト トーマツはこの活動を支援し、普及を促進する役割を果たせるのではないでしょうか。
桐原 祐一郎(デロイト トーマツ サイバー合同会社 代表執行者)
泊:私の故郷では高齢化・過疎化が進行しており、車がないと生活が困難な地域もあります。地方のこうした状況に鑑みると、自動運転車は必要です。将来的に自動運転車が各地に普及し、社会全体でそのメリットを享受できることが望ましいと考えています。
ただし、現時点では本当に実現できるのか懐疑的な部分もあります。
私の体験をお話しします。私は先進運転支援システムを装備するクルマに乗っているのですが、先日に高速道路の急カーブで壁に接触しそうな危険を感じ、とっさにハンドル操作をしました。もちろん、何もしなくても衝突はしなかったと思うのですが、現在の先進運転支援システムがドライバーに安心感を与えるレベルではないことをあらためて実感しました。「自動運転だとぶつからないから安全だ」という一方的な訴求ではドライバーは受け入れません。命に代えられるものはないのですから。
そう考えると、桐原さんが言ったように、体験を通じて理解を深めるアプローチが有効です。便利さも安全性も自分自身が実感し、「これなら大丈夫だ」と思えるような状況を地道に作っていくことが大切だと思います。
上原:泊さんが指摘したとおり、自動運転を今まさに必要としているのは、移動手段の確保が容易でない社会的弱者や、過疎地に住む高齢者でしょう。国や社会が抱える課題の解決手段として自動運転を社会実装することが、社会受容性を醸成する近道だと考えます。
ただ、こうした社会課題に直面する方々が自動運転にどこまで関心を持っているのか。実際のところ、自動運転を推進したり、技術やトレンドに興味を持ったりしているのは都市部の就労世代のほうが多いでしょう。彼らは「自動運転車がないと生活できない」層ではありません。社会課題解決の一助として社会実装していくには、このギャップを解消する必要があります。
泊:過疎地の高齢者にせよ都市部の就労世代にせよ、各々が「自分ごと」として捉えられるようになるには、どのようなアプローチが考えられますか。
上原:自動運転車が自らの生活に密接に関係する状況を作る必要があるのは確かです。肯定するわけではありませんが、少々乱暴な意見として、将来的にマイカーの所有や利用に対する税率を高くしてシェアリングを後押しするといった声も聞かれますね。過疎地でバス会社が運行を縮小、撤退するのは、人口減少や人手不足もありますが、それ以上に住民のマイカー保有率が高く、バスを利用せずお客が乗っていないバスが走っていることが大きな要因と聞きます。ですから「自家用車を保有するよりも自動運転バス・タクシーを利用したほうが安くて便利」だと実感し、使いたくなるようなスキームを作ることが重要です。これは都会でも同じでしょう。
泊:「利用すると便利」「利用しないと損」という両面からのアプローチは、効果が期待できますね。コスト面から考えると、自動運転車は人件費がかからないので、既存の交通機関に比べてコストメリットが出るはずです。
泊 輝幸(デロイト トーマツ サイバー合同会社 執行役員 自動車セクター担当)
上原:おっしゃる通りです。コストメリットに加えて、安全面でも自動運転車には大きな可能性があります。国土交通省の調査によると、2021年にはタクシーおよびハイヤーの運転手が原因で389件の事故が発生し、乗員41名が死亡しています*1。さらに全国ハイヤー・タクシー連合会の調査によると、全国のタクシードライバーのうち65歳以上の高齢運転者が占める割合は約46%だそうです*2。10年後にはますますドライバー不足になることが予想される中、自動運転タクシーは事故率の低下やドライバー不足解消にも貢献し得るのです。
桐原:自動運転車はタクシーのような「利用したい人が、利用したい時だけ占有する」という利用形態が最適であり、シェアリングが基本になるでしょう。将来的に自動車を所有するのは移動手段としてではなく、クラッシックカーを所有するような趣味の領域になるかもしれません。
上原:サイバーセキュリティと安全性能の話に移りましょう。サイバーセキュリティで最も脆弱なのは、ユーザーである人間です。ヒューマンエラーやルール違反が攻撃の窓口になるからです。その考えを自動運転に当てはめると、システムに人間を介在させないほうが安全性は向上するとの見方もあります。この点についてはどのようにお考えですか。
桐原:例えば、複数搭載された車載カメラと人間の目が誤認識する可能性を比較すると、車載カメラを騙すような攻撃でもない限り、両者に差はないと考えます。今後、車載カメラの性能はますます向上しますから、将来的には圧倒的に車載カメラのほうが誤認識率は低くなるでしょう。ドライバーが信号を見落とし、通行者をはねてしまうといった痛ましい事故は、残念ながら今も起き続けています。自動運転車であれば、こうした事故はなくなるでしょう。
難しいのは、自動運転車と人が運転する車が混在する環境です。例えば人間が運転している自動車が横断歩道手前で停止している自動運転車に追突したり、道路標識を無視して急に進路変更をしたりして、もらい事故を起こすことも考えられます。こうした事故が起これば、自動車メーカーがいかに安全な自動運転車を開発したとしても、「自動運転車は信用ならない」といった風潮になりかねません。
泊:人々が自動車メーカーの伝える安全性を疑問視しているとすれば、そこにデロイト トーマツが果たす役割があると考えます。私たちデロイト トーマツは監査法人を祖業とするグループです。会計監査で培った知見をもとに、さまざまなアシュアランス(保証)業務を提供していますが、この自動運転のテーマにおいてもアシュアランス業務の知見を活かせる可能性があるのではないかと考えています。
具体的には、自動車搭載ソフトウェアの脆弱性診断や、自動車業界の標準規格への準拠状況の確認といったことが考えられます。さらに、「サイバーセキュリティ対策が適切に実施されているか」という観点から、セキュリティ設計の評価、セキュリティ開発ライフサイクルの検証、インシデント対応計画の確認、セキュリティ監視体制の審査なども考えられます。このような第三者的な評価を通じて、「この自動運転車はセキュリティ基準を満たしている」という信頼性の確保に貢献できるのではないかと考えています。
こうした取り組みはデロイト トーマツ1社だけでできることではありませんが、基準や評価プロセスの策定、各種枠組みの構築などを支援することは十分にできるでしょう。「安全」は技術的に担保できますが、「安心」は人間の心の問題です。サービスや商品を提供するメーカー側が「安全です」と言っても不安が残るのであれば、それを払拭しなければなりません。ですから中立的な第三者がきちんと評価することで、安心感は上がるはずです。
上原:その考え方は非常に重要ですね。他に考慮すべき点はありますか。
泊:認証に関しては、グローバルでの協議が必要です。各国の相互認証が無いと国ごとに最初から認証作業をしなければならず、時間もコストもかかってしまいます。また、国家の方針として特定国からの輸入車には高い関税を課すようなこともあります。例えば、貿易摩擦や自国産業保護のために、一部の国が他国からの自動車輸入に高関税を設定するケースは多々あります。デロイト トーマツはこういった問題を総合的に捉え、課題解決を支援できる知見と人材を擁していますから、企業のグローバルビジネスのさらなる拡大にも貢献できる可能性があります。
上原:デロイト トーマツが中立的な目線でアイデアを出し、自動車メーカーや行政、自動車業界の各団体とともに自動運転車の社会実装を後押しし、社会受容性向上を実現する――。青写真が見えてきましたね。
上原 茂(デロイト トーマツ サイバー合同会社 シニアフェロー)
桐原:私たちは自動車メーカー、ユーザー、行政それぞれに対して貢献できると考えています。まず自動車メーカーに対しては、「セキュリティ・バイ・デザイン」の原則が適用される仕組みになっているか、サプライチェーンのセキュリティ評価が行われているかといった領域で支援が可能です。
ユーザーに対しては、デロイト トーマツが実施する安全性の認証で、安心感を持ってもらえるようになるでしょう。前述した「自動運転車は安全で人々の生活を豊かにするものだ」と感じてもらえるような広報活動やユースケースの作成など、他にもできることはたくさんあります。また行政に対しても、政策立案や安全基準策定、各プロジェクトでの複数のステークホルダー間の折衝や調整といった領域で役に立てると考えています。
さらに、サイバーセキュリティの視点では、自動運転車に対して何らかの攻撃が発生した時の社会影響を評価し、それに対する対策を提言するといった貢献が考えられます。攻撃者が存在する以上、どんなに対策を講じてもセキュリティリスクはゼロになりません。しかし、「リスクの可能性があるモノはすべて取りやめる」のではイノベーションは起こりません。
何か事が起こった時に社会が一斉に批判すると、メーカーは萎縮して挑戦を恐れてしまいます。安全第一主義で手堅くなった結果、日本企業の国際競争力が低下することにもなりかねません。だからこそ、認証プロセスの設計は非常に重要だと思います。
泊:「現在、こういったリスクがあります。しかし、それはこうした方法で対処できます」と発信すれば、説得力がありますよね。
上原:そうですね。リスクが「ない」と言ったら嘘になってしまいます。しかし、過度に心配する必要はないということを、具体的な根拠とともに示していくことが私たちデロイト トーマツの役割だと考えます。
桐原:デロイト トーマツは、日本の自動運転車におけるサイバーセキュリティの中核的な役割を果たしていきたいと考えています。会計監査の分野では、私たちはすでに“インフラ的な存在”であると自負していますが、自動運転社会の実現においてもセキュリティと信頼性を担保するインフラとしての役割を果たし、よりよい社会の一翼を担う存在になりたいです。
上原:自動運転車は現在の社会課題を解決し、人々の生活を豊かにする手段であって、普及すること自体が目的ではありません。重要なのは、技術の進歩と社会受容性の向上を図りながら、持続可能で安全な自動運転社会を構築していくことです。ここにデロイト トーマツの真価が問われていますね。本日はありがとうございました。
*1:参考「自動車運送事業用自動車事故統計年報」(国土交通省 自動車局)
*2:「ハイヤー・タクシー業 高齢者の活躍に向けたガイドライン」(一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会 ハイヤー・タクシー業高齢者雇用推進委員会)
製造業を中心に10年以上のコンサルテイング経験を有する。特に航空宇宙・防衛業界においては機体メーカー、エンジンメーカー、サプライヤー、関連商社、エアライン等の業界全体をカバーする経験を有し、事業戦略、新規プログラム立上、M&A、組織・業務設計、IT戦略、企業風土改革など幅広い課題解決のためのプロジェクトを手掛ける。 関連サービス ・ 資源・エネルギー・生産財(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ
情報セキュリティ、危機管理、事業継続管理、等のリスクマネジメント全般のコンサルティングを多数手掛ける。 近年はサイバーセキュリティ領域に主軸を置き、サイバーセキュリティ戦略立案、対策導入、等のコンサルティングに加え、24時間365日でサイバー脅威を分析・監視するDeloitte Cyber Intelligence Center(CIC)の統括責任者を務める。 また、デロイト自動車セクターにおけるリスクアドバイザリー領域の日本責任者でもあり、コネクティッドカー領域や、工場設備制御領域のセキュリティも手掛ける。