Posted: 16 Oct. 2019 3 min. read

アメリカ経営者団体による「脱株主資本主義」宣言が示すもの

今年8月19日、大手アメリカ企業の経営者団体Business Roundtable(BRT)が発表した声明が世界的な話題になっている。

1997年以来堅持してきた「株主資本主義」の考えを、「我々CEOの日々の業務を正確に反映していない」と明確に否定し、これに代わる原則として、「アメリカ企業は、従業員、顧客、サプライヤー、外部社会・コミュニティなどすべてのステークホルダーに奉仕するために存在する」と宣言した。

この声明に対するCEOたちのコミットメントを額面通りに受け止める声は少ない。なぜなら、「額面通り」に実行しようとすれば、CEOたちは株主とそれ以外のステークホルダーの利害に対立が生じる事項(例えばサプライチェーンを含む労働分配率の向上、天然資源再生への投資、税務戦略の見直し、ひいてはガバナンス体制へのステークホルダーの迎え入れなど)について、株主の要求を少なくとも短期的には退けざるを得ない局面が起こりうるし、規制導入の是非について、業界の支配的意見と袂を分かつ必要が生じる可能性もあるためで、生半可なコミットメントでは立ち行かないことばかりだからだ。

このため、署名した181名のCEOたちの今後の取り組みの実際の深度という意味では、筆者も懐疑的に見ている。しかし同時に、彼らをしてこのような声明を発表せしめた政治的・社会的圧力の存在については、決して軽視すべきではないと考えている。どういうことか。

まず、自国市場が小さい欧州の大手企業の場合、EU域内に一律適用され、グローバルルールの叩き台になることも多いEU指令などの規制策定プロセスに関与することは戦略的命題であり、その過程で規制当局のみならず、社会的影響力の強いNGOなどのステークホルダーとの交渉にも慣れている。「ステークホルダー資本主義」的作法が半ばデフォルト的に経営戦略に組み込まれている彼らにとって、国連というマルチステークホルダーの交渉で策定したSDGsは一種の応用問題だったと言える。

対して米国企業は、良くも悪くも多国間ルールに依拠しない政府を頂き、国内市場も巨大なため、欧州企業ほど国連アジェンダに配慮する必要性を感じずに経営してきた。しかも現政権は、前政権までの環境規制や移民受け入れ、ダイバーシティ&インクルージョンなどについて、およそサステナビリティとは真逆指向の姿勢を採っている。

その米国企業のCEOたちが敢えて「ステークホルダー資本主義」へのコミットメントを、たとえ見せかけだったとしても誓った背景には、そうせざるを得ない国内の政治経済の状況がある。

2016年の大統領選で政治の門外漢を現職大統領に押し上げた主因の一つが、米国経済を支えてきたという自負に反して大企業と政治に見捨てられてきたと感じる、製造業を中心とする労働者層のエスタブリッシュメントに対する「怨念」であるということは広く指摘されていることだ。

また、これから従業員やマーケットの中核を成すことになるミレニアル世代・Z世代の間では、「東西冷戦における勝利」よりも、格差拡大や温暖化の激化といった「資本主義の失敗」の方が実体験的な説得力があり、ギャラップ社の最新の世論調査では、同国の15歳から29歳の資本主義に対する支持率は、ついに半分を下回った。

こういった世論の状況を受けて、2020年大統領選では、勝ち組企業の解体や大幅な法人税増税を含む、ラディカルな政策が議論されるようになっているし、社内に目を転じると、若年世代を中心に、勤務先企業に温暖化や経済格差、ジェンダー差別などへの取り組みを求めてストライキに出るなどの、「従業員アクティビズム」もテック系企業などを中心に盛り上がっている。

つまり、バズワードこそ「SDGs」ではないものの、米国企業にビジネスのサステナビブル化を求める圧力は強大であり、それは、これまで外部性(Externality)とされてきた環境負荷や社会負荷を内部化(Internalize)した収益モデルへの変換を求めているという意味において、SDGsを軸に企業への働きかけを強めるグローバルなステークホルダーの動きと実質的に同根のものである。

欧州企業をSDGsへの能動的関与に駆り立て、米国企業に脱「株主資本主義」を宣言させた社会力学は、日本にいては肌感覚的には理解できない。しかし、「外部性の内部化」に経済合理性を同期させる動きはグローバル市場においてさらに加速することが予測され、それは日本企業のグローバル戦略にも必ず影響してくることになる。

悠長にしている時間はない。

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